第二十話 『ノルデンミストへ至る道Ⅰ』
ノルデンミストへ向かう道の一方、ゼーカルマール帝国寄り北東の道では二人の男がトボトボと歩いていた。
一人は黒髪に少し銀色の髪が混ざった髪色、空色のような透き通った目。腰にはシノノメ刀と魔法銃を差した少年。もう一人は黒髪の少年より背が高く、シッフル国特有の魔獣の毛皮を用いた軽装鎧を身に着けている。顔は獅子のようで流れる黄金の毛がその者の威厳を表していた。それは一般的に獣人族と呼ばれる者であり、
「道が長ぇな、キール」
黒髪の少年がもう一人の獣人族の少年へと話しかける。
キールと呼ばれた獣人は、額の汗を拭って答える。
「こっちは迂回路だったみたいだな。アキラ、少し走ったほうが良さそうだぞ」
キールが顎でしゃくった方向には魔獣の群れがいた。魔獣たちはまだこちらに気付いていないようだが、できれば目的地までの戦闘は避けたい。
「うえっ……オーク以外の魔獣も群れるのかよ」
「種類によっては群れる奴らもいる。だが妙だな」
「何がだ?」
キールの疑問はアキラにはさっぱりわからない。
「あの魔獣たち、全く動いている気配がない」
数分後。アキラとキールは先程まで遠目に見ていた魔獣たちの群れの中へと入っていた。
「全部死んでやがるな」
群れで死体になっていたのはエルドベアーと呼ばれている熊のような魔獣だ。このエルドベアーは非常に温厚な魔獣で草原の草を食んで生きている。群れて行動する性質のある魔獣で、10匹前後で生活している。
「すべて氷漬けだ。しかも体の内部から」
「氷魔術って事は、これをやってのけた奴は火魔術もお手の物ってわけか」
メロディから聞いた事がある。基本的には四属性があり、それぞれ火、水、風、土である。また今は失われつつあるが光属性と闇属性もあるらしい。そしてこの火属性のもう一つの要素として氷属性の魔術が存在している。
一節では火魔術の生みの親である、火の女神フォーユにもう一つの人格があり、それが氷の女神アイシャであると言われている。また火極めれば氷に転ずとは先人魔術師の言葉であるらしい。
「エルドベアーに対してここまで徹底的にやるって事は、相当な理由があるはずだな」
「調べるかキール?」
アキラがキールに聞く。かつてない程の異変に不安が拭えないのは二人の共通の感情である。
「いや、先に進もう。おそらくもうすぐ村に着く。この件はこの先の村と何か関わりがある気がする」
キールは先に村へ向かうことを選んだ。そして後にキールの悪い予感は的中する事になるのだった。
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暗くなりきる前には村に到着することが出来た。着いてすぐに、この村の真ん中にあるこの村の長のものである他より大きめの家に尋ねてみた。
「いやぁ良く来てくださいました。お待ちしておりましたよ」
ここ、スルグ村を治めている長であるスラージ・ハロルドがアキラたちへ挨拶をする。
人族である彼は胡散臭い笑みを浮かべたまま二人に握手をした。
「いや、早速本題で申し訳ないんだが…村を脅かす魔獣に困っていてね。どうにかしてもらいたいのだ」
スラージはお茶の入ったカップを傾けながら、尚も嫌な笑みのままで依頼内容を言ってくる。
「氷を操る厄介な魔獣でね。私の邪魔ばかりしてくるのだよ。村人も皆恐れてしまっていてね」
「なるほど。ああ、そうだ、依頼を受けるに当たって少し調べごとをしたいんだがいいか?」
「ええ、ええ!構いませんよ!村の者にも伝えておきますよ!」
その言葉だけ確認するとアキラもキールも、お茶も飲まずにそそくさと出ていってしまう。
本当に少し話をしただけだったが、ここでも二人は全く同じ感情を抱えていた。
「えらく嫌な笑みだったな、キール」
「そうだなアキラ。あれは嘘を吐いてる人間の顔だ」
『私あの人嫌いー』
「吾輩もだ」
あの場にいた四人全員が同じ意見であった。あのスラージという男、とにかく胡散臭いのだ。
「二手に分かれて、村人に聞き込みをしよう。終わり次第酒場に集合で」
アキラの言葉に三人が頷く。そしてアキラ・ココルル組とキール・ルフニール組に別れて、スラージという男と魔獣について聞き込みへと走ったのだった。
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スルグ村の酒場は村の規模と比例して少し小ぢんまりとした印象だった。アキラとココルルが酒場に入ると、既にキールとルフニールが来ており、酒場の店主と話し込んでいるのが見えた。
「キールおつかれ。ルフニールもな」
「来たかアキラ、どうやら今回の依頼はきな臭い感じがするぞ」
キールは開口一番そんな事を言ってみせる。だがアキラもさして驚いたりはしない。
「それは俺もいろいろ聞いてきて思ったことだ。長をやってるスラージ…怪しすぎる」
アキラたち四人は酒場の隅でなるべく声を抑えて話していた。
村人たちから聞いた話を整理しよう。
まずあのスラージという男。前の長であるスラージの父親のラムゴがまだ健在の頃に、他所で好き勝手暮らしていたスラージがふらっと帰ってきたのだという。
それからというもの、ラムゴとスラージは毎日の様に口論、それのせいか、唯一ラムゴが一緒に過ごしていた精霊もいつの間にかいなくなってしまった。そしてとある日、ラムゴは裏山に山菜採りに入ったっきり戻ってこなくなったという。
村の者はスラージを疑ったが、彼は証拠不十分で不問。ラムゴが死去した為、結局スラージがそのまま長となってしまった。
それでここ数年スラージに妙な動きが見られているらしい、それが。
「父親の残した遺産を探しているという噂だ」
キールが神妙な面持ちで聞き込みの結果を話す。
「父親の隠した、遺産か」
「よくある話だな。スラージは随分と出来の悪い息子だったらしい。そのせいで村も随分に苦しんでいるとね」
キールは鼻をすんと鳴らして更に続けた。
「明朝、裏の山へ行ってくる。何かあるかもしれない。アキラはスラージを見張っていてくれ」
「わかった。ココルルかルフニールを連れて行くか?」
「いや、今回は一人で行く。その方がいい気がしてな」
アキラは一瞬だけ明後日の方を向いて何かを考えるが、すぐに視線をキールに戻して答える。
「わかった。気をつけていけよ、親友!」
「ああ、ありがとうアキラ!」
その日はそのまま酒場で夕飯を食べて、酒場の提供している宿で就寝した。
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翌朝。
日が昇るのと同じ頃に、装備を整えたキールが宿を出た。
向かうのは村の裏手にある山だ。昨日エルドベアーの群れが氷漬けになっていた平原からほど近いこの山は、古くは山菜などがよく取れる山だったと言う。だがラムゴが死去してから例の「氷の魔獣」が住み着いてしまい、長らく氷漬けの山となってしまった。
「流石に冷えるか…」
肩に生えた金色の毛をなでながらキールが呟く。
北部の村になるので南に比べればそれは寒い地域にはなるのだが、山が氷漬けになってそれが数年も続いているというのは明らかに異常だ。
山の中腹だろうか。道なき道を登っていたキールは立ち止まってしまった。
「こんなところに崖が」
かなりの高さがある崖が目の前に現れた。まだ辺りが暗いせいで底が見えない。落ちたらひとたまりもないだろう。
その時だった。
「ウウゥウウ……ウァウ…!」
「!!?」
背後で気配がしたので振り返ると、体に氷をまとったソレが、キールに牙を向けていた。
「おいおい、マジかよ。冗談じゃねぇぞ」
例の氷の魔獣に違いない。エルドベアーを体の内側から凍らせ絶命させたソレが今目の前にいる。
「背後は崖、目の前には敵。どうするキール!」
自分自身に問うキールだが打開策など何もない。
しびれを切らしたのか氷の魔獣がキールより先に行動を起こした。
氷の魔獣が空中に無数の氷の杭を作り出し、それをキールに向けて撃ち出す。
「ぐッ!ちィッ!!」
そのうちのいくつかを躱し、いくつかを手甲で叩き落とすが、取りこぼした二本がキールの右腿と左肩に突き刺さる。
「あぁッ!ガァぁぁあ!!」
キールは一瞬よろけるもなんとか踏みとどまった。だが氷の魔獣は更に氷の杭を作り出し、次の攻撃の準備へ入る。
「できればお前とは戦いたくないんだが、俺の話を聞いてはくれないか」
「フシュゥゥゥゥウ……!!」
キールの思いは氷の魔獣に届かなかった。再び撃ち出された氷の杭がキールの体の至る所を抉っていった。
「万事休すとは良く言ったものだな……。アキラ…すまん、先に休ませてもらう」
そう言って体毛と同じ金色の瞳が閉じられた。後ろに向かって倒れたキールの体は抵抗を受けること無く、ゆっくりと長い時間をかけて落下していった。
後に残ったのは静寂。崖の上にはキールの姿も、氷の魔獣の姿もなく、静かで物悲しい氷の森だけが残った。




