第十九話 『さよなら王都ルフニエル』
とんでもない速度で、王宮への道を走る一匹の狼とそれに乗る二人の女の姿があった。
それはココルルに乗ったメロディとモミジであり、ココルルの頭の上にはたれどらごんルフニールも乗っている。そんな状態で彼女たちが急ぐのには理由があった。
「アキラは大丈夫?どういう状態なの!?」
「わしの旦那様は大丈夫なんじゃろうな!?」
『ええい、やかましい!吾輩にもよくわからんのだ。現場に行ってみないとな』
しばらく進むと王宮前広場に人だかりが出来ているのが見えた。
『あそこだココルル!飛べ!』
『いよっしゃあ!ヴィント!!』
ココルルが広場の手前で風魔術を使って飛翔する。軽々と人だかりを飛び越えてその中心地へ入った。
「アキラ!!」
「旦那様よ!!」
メロディとモミジがココルルから飛び降りて駆け寄った。アキラは気を失っているのか、目を閉じたまま動かない。その横ではシンシンがわんわん泣いている。
『シンシン!泣いとらずに治療をせんか!』
『うきゅ!!うきゅきゅう!!』
『何!?体は何も問題ない?ということは、精神の方か…』
ルフニールがうんうん唸りながら考えている間にキールも現場に駆けつけた。
「おおい、アキラ大丈夫か!って、うおっ!?」
キールが見たのは動かないアキラの体を掴み上げ、頬を張り続けるモミジだった。
頬がパンパンに腫れたアキラをずっと往復ビンタで叩き続けている。
「おらっ!気合いで、起きんかい!!旦那様よぉ!!」スパン!スパン!スパン!
「…………………」バチン!バチン!バチン!
「やめてぇ!アキラが、アキラがじんじゃうよぉおお」
そしてそれを足元で必死に止めようとしているメロディ。
キールには何がなんだか。そしてなにより。
「あれ?アキラ起きてるくね?」
キールがアキラを見ると、うっすら目を開けて口を動かしているのを確認できた。
「あのっ…アキラ起きてるぞ?おいモミジ。起きてるって」
「おらおら!はよ!はよ起きんかい!おどりゃあ!」スパン!スパン!スパン!
「…あの…モミフィさん?起ひてう…、起ひてうから…やめっ……」バチン!バチン!バチン!
「ああぁぁぁあああ、アキラの声が、幻聴が聞ごえでぎぢゃったよぉぉおおお!!!」
「モミジ?あの、本当に死ぬぞ?お前の手でアキラが死んじゃうぞ?バカか?おい、バカなのか??」
結局、アキラの顔がいつもの三倍程までに腫れ上がるまで往復ビンタが止まることはなかった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿屋《グリフォンの巣》。
「どうじゃ!竜人族秘伝のビンタで旦那様が息を吹き返したじゃろう!」
「割と早い段階で意識あったし!ビンタで殺されるかと思ったわ!ビンタで!!」
シンシンに治療してもらってすっかり腫れの引いた頬をなでながらアキラが反論する。
「まあそれはいいとして。とりあえず、旅の準備だな。これから王都北部のノルデンミストっていう町に行こうと思う」
「参考までに、何かあるのか?」
「ああ、アリアーネさんに言われたんだが高難度の依頼が少し溜まってる状態らしい」
王都魔獣ハンター協会東門支店長であるアリアーネ・エメリッヒから言われていた事だ。もし王都を出るならノルデンミストに寄って依頼を受けてくれないかとのことだ。
「だが、溜まってる依頼というのがBランクやAランクらしくてな。俺たちじゃ受けることすら」
「わしが受けれるぞ」
低ランクだと一つ上のランクの依頼は受けることができないのがハンター協会の決まりだ。しかし仲間内に高ランクがいれば、低ランクも付いていく形で一緒に行くことができる。
それをモミジが受けてくれると言うのだ。
そんなモミジのランクは何なのだろうか…。
「えーっと、ところでモミジって魔獣ハンターのランクは何なの?」
「Sランク」
「え?」
「Sランク」
「は?」
「いやだからSランクじゃと言っとるじゃろが!」
メロディに聞いたことがあるが、ランクは上がっていくほど人が少ない。それがSランクともなると世界に数人いるかいないかくらいだと言われている。
そのうちの一人が今、目の前にいるのだ。
「アキラ、お前はとんでもないバケモノに勝っちまったわけだな」
「そうだなキール。そのバケモノが今仲間なんだぜ、信じられるか?」
「失礼な奴らじゃのぉ!わしはか弱き乙女じゃ。守ってもらわんとのぉ」
そう言ってご機嫌にふんふん~と鼻歌を歌うモミジ。だが今回はアキラにはとある思惑があった。
「実はな、アリアーネさんからもう一つ言われていることがある。ノルデンミストに行く道は二つあってな。その道の両方共が、途中の町で依頼を抱えているらしいんだ」
そして今回の旅に関する提案をする。
「今回はキールと俺。メロディとモミジで分かれてノルデンミストに向かうことにする。いいな?」
「わかった、さっさとこなしてノルデンミストに行こう」
「アキラと一緒ならまあなんとかなりそうだな」
「わしも賛成じゃ。人々の不安はなるべく取り除いてやるのがいいけぇのぉ」
満場一致で決定した。
というわけで北東の道はアキラとキールで。北西の道はメロディとモミジで行くことになった。
「じゃあ、準備でき次第北門前広場集合でよろしく!」
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アキラとキールは早い時間に王都北門広場前へたどり着いた。元々旅の支度は整えてあったのとメロディがほぼ毎日、物の整理をしてくれていたので、買い物自体にそこまで時間をとられなかった。
「少し早かったかな。しばらく待っておこう」
「そうだな、女性はいろいろと準備があるみたいだしな」
二人は北門広場にある公園でゆっくりしていた。
ふと気になったことを聞いてみた。
「そういえば、キールの故郷のシッフル国って、ノルデンミストと近いんじゃないのか?」
「目と鼻の先だ。ノルデンミスト自体、ルフニエル王国が我がシッフル国との交易の為に作ったようなものらしいしな」
「へー、じゃあノルデンミストの件が落ち着いたらシッフル国にもお邪魔しようかね」
「それはいい。是非寄っていってくれ」
アキラとキールがシッフル国に関する話に花を咲かせていると、メロディとモミジが旅支度を終えて北門広場へとやってきた。
「じゃあ、しばらく別々になるけど。気をつけてな」
「大丈夫。シンシンも付いてきてくれるし、モミジもいるから」
念のためと言っては何だが、シンシンをメロディたちに同行させる事にした。
離れていても契約精霊とは会話ができるし、万が一の時の二人のサポート役として頑張ってもらう為だ。
「すまんが二人を頼んだぞ、シンシン」
『うきゅう!』
返事をした後にメロディの肩に飛び乗っていつものように身を潜める。
これで離れている間の連絡はなんとかなるだろう。
「ほっほっほ。旅立ちというのは良いものじゃのぉ」
「フェル…床磨きのじっちゃん!どうしたんだよこんな所まで」
一般的にフェルゼーの正体は明かしてはいけない事になっているので慌てて言い直す。
「いやなに、わしの妹分がお主らを焚き付けたんじゃからな。挨拶くらいせんと罰が当たるわい。のぉ、アリアーネや」
「ええ!その通りですよ!」
フェルゼーの後からアリアーネが付いてきていた。トレードマークの金髪を揺らして大げさに手を広げてみせた。
「やあやあ、本当に申し訳ないね。また王都に戻った時は是非訪ねておくれよ!とびきりのお茶を用意するからね!」
「ありがとうございます。また寄りますね」
アリアーネと握手をしてフェルゼーに頭を下げる。
「おお、そうじゃ。もう一人おったわい。これ、出てこんか」
フェルゼーがそう言うとアリアーネの更に後方から如何にも魔女といった雰囲気の女性が現れた。
「リーゼロッテ・グライヴ……。あなた本当に、シーヤとロゼッタにそっくりね」
これがかの有名な三英雄の一人、リーゼロッテ・グライヴその人であった。
できるだけ小さな声でアキラも答える。
「アキラ・シモツキです。その節はどうも、うちの親がお世話になりました」
「ううん、いいの。私のほうがお世話になった…だから、アキラ。あなたも私を頼りなさい。魔術学園も…あなたが訪れるなら門を開けておくわ…」
リーゼロッテは静かに言うとアキラに何かの魔術を施した。
「おまじない…。きっと役に立つ…」
それだけ言ってリーゼロッテは身を翻して行ってしまった。
あまりおしゃべりなタイプではないのだろう。
「まあ、そんなこんなで軽い見送りですまんが。気をつけての」
「ありがとう床磨き。また会おう」
最後にアキラとフェルゼーが握手を、残りの三人も同じく握手をして別れる。
そして四人はノルデンミストへと旅立っていく。王都ルフニエルとの、いろんな人との別れを惜しみながら一行は北の地へと向かっていったのだった。




