幕間Ⅱ話 『騎士は静かに頭を垂れる』
森の中での騒動の後、ロゼッタはここプリフィロの町でシーヤと静養していた。シーヤの治療を受けてから随分と体の調子が良く傷の治りも早い。軽くなった体を剣を振って慣らしながらロゼッタは考え事をしていた。
「あのヤヌアという男、帝国十二狂月と言っていたな」
一二の月の一番目・影使いのヤヌア。つまり帝国にはあの影ような異質な能力を使う暗殺者があと十一人いることになる。ゼーカルマールの皇帝が亜人種を嫌っている事は知っていたがここまで強硬な手段に出るのかと驚きもあった。
「シーヤなら、変えてくれるかもしれない」
未だ一部地域で差別の対象にある亜人種、獣人族で組織された傭兵団「山猫の爪」はシーヤによって助けられた。理由を聞くと「もふもふが可愛かったから」とかよくわからない答えを言われたが…。彼はきっと困っている人を放っておけない性格なのではないだろうか。
「冒険者シーヤ…か」
もう一度だけ名前を呟いて、ロゼッタは再び剣を振り始めた。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ロゼッタは料理が得意なんだな、うめーぞ」
ロゼッタの作った昼食に対し、そう評価したシーヤ。ロゼッタは少々照れくさくなる。
「ば、ばか!いらん事言ってねえでさっさと食え!」
「なぁんでよー」
聞くとシーヤはラケッソと言う村の生まれで、ずっとそこで過ごしてきたらしい。父母は酒場を営んでおり、またラケッソ村が王国のはずれにあるということもあってか亜人との交流が盛んだったという。
「まあでも獣人の方に会うのは王国入ってから初めてのことだ。村では魔人族や蛇人族が多かったからな」
そう言ってロゼッタの作った肉と野菜を煮込んだスープを一気にかきこむ。
「くはー!うめぇー!!」
そんな子供じみたシーヤの様子を見て少しだけ頬が緩む。
たまにはこういうゆっくりした時間もいいなと、ふと思った。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ロゼッタ、お前は今日限りで退団だ」
獣人族で組織される傭兵団「山猫の爪」の団長・ガルスが言う。ロゼッタはそんな突然の通達に驚いた。
「理由を聞こうか、ガルス」
あくまで冷静にガルスへと問うロゼッタ。どんな場であれ愚かだと言われるのはいつも冷静さを欠いた者であるからだ。
「我々、山猫の爪は今回の仕事を最後に国へ帰る。だがそれにお前を連れては行けない」
「なっ!!」
「お前は、あの男に着いていけ」
ガルスの目は真剣そのものだった。
彼はきっと本気だ。彼の今までを知っているので確信出来たことだ。
「ガルスは、私にサイハテの騎士になれと言うのか」
「お前ならやれる、あの男なら叶えてくれる。俺はそう信じている」
サイハテの地、今はシッフル国と呼ばれているが、ここに遠く昔より伝わる伝承がある。
「サイハテの地に厄災が現れた。サイハテの民は厄災による疫病や飢饉に大変苦しみ、神に救いを求めた。すると天空より神の使いが現れ厄災を鎮めた。サイハテの騎士、感謝の証に神の使いに静かに頭を垂れ仕える。その後共に世界を巡り厄災を鎮める。」
大まかにはこんな内容だった。
「現状の厄災…亜人戦争はきっと終わる。それをあの男とお前で果たしてほしい」
「それならガルス、お前だって」
ロゼッタの言葉を手で制するガルス。
「俺は歳をとりすぎた、他の者もな」
それ以上話すことはなかった。ロゼッタも「考えさせてくれ」とだけ返事してその場を後にした。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
プリフィロの町には大きな聖堂がある。礼拝堂では常に誰かがいて、神へ祈りを捧げている、そんな場所であった。
今そこへいたのは王宮魔術師であるリーゼロッテ・グライヴ、その人である。
「…ここは落ち着くから好き」
王都から少し離れたところにあるが、きれいな内装の聖堂がある町なのでリーゼロッテは足繁く通っていた。
しばらくすると、軽装の装備を身に着けた女性が入ってきた。
「…?…獣人?いや、半分猫ちゃんかな」
リーゼロッテが静かにその人物を分析した。流れるような銀色の髪と空のような透き通った瞳。体は戦士か傭兵だろうか、しっかりと鍛え上げられている。
女性が神前へ座り何かを呟く。リーゼロッテの事は気付いていないようだ。
「…私、まるで空気…。いつものことだけど…」
少ししょんぼりとしていた所、大きな音が聖堂に響いた。
それはちょうど女性の真上、天井部分にあった大きなステンドグラスが割れる音である。
落ちてきたのは灰色のフードをかぶった男。
「ヴァーチェ・ボール!」
ガラスの破片と共に落下していた男が何かを唱えると、男の落下地点に大きな水の塊が現れた。水を使って衝撃を緩和したというわけだ。
「ひえー…まさか割れるとは思わなかった…ってロゼッタ!?」
フードの男は水の玉にうまく着地すると、真下にいた女性に気付いて驚く。彼が大げさに驚いてみせると、ロゼッタと呼ばれた女性がその場に跪いて、男の手を取った。
そして言う。
「冒険者シーヤ、いずれ神の使いとなる者よ。私はロゼッタ・クルールォ。今より私はあなたの剣となり盾となろう。シーヤよ、私を使ってはくれないか」
突然の出来事の連発にリーゼロッテの脳内は混乱気味であった。
そしてフードの男がロゼッタに対して答えを言った。
「なんか全く状況が掴めないけど、旅に同行してくれるなら大歓迎だ。うまい飯をこれから毎日食わせてくれ!」
男がロゼッタのとった手を握り直して握手の形にする。
「冒険者シーヤ、君の提案に乗ろう。ああ、シーヤと名乗るのは良くないな。ちゃんとした俺の本名を教えよう」
シーヤと名乗った男は深く息を吸って、仮ではない本当の名前を言った。
「本当の名前はヤクモ・シモツキだ。便宜上シーヤって名乗ってるが」
握られた手を今一度確信したロゼッタは、ただ静かに頭を垂れる。サイハテの戦士の最大級の敬意の表し方だ。
それを見ていたリーゼロッテはというと。
「…ふんふん、物語の予感…!!」
その様子を手記に事細かく書き記していた。
これがルフニエル全土に知られる英雄譚の始めの一節。
後の英雄三人が紡ぐ物語の始まりの瞬間であった。




