第九十三話 『霧の夢は灰と消ゆ』
更新遅れました…
今月中にはもう一話更新したい…
アキラの靴音だけがその場で響いていた。王城と言えど人が居なくなればただの大きな箱。そこで人が走ればその足音が大きく響くものだ。
アキラは足早に王城の地下へと向かっていた。そしてその後ろを飛んで付いてくるのは霧夢である。
「むぅ、ここから先は?」
しばらくはアンジェに聞いた通りに道を進んでいたのだが、ここに来て行き詰まる。
王城の地下の道は非常に複雑に張り巡らされている。それは妖魔の国の王城となっている巨木が張っている根よりも複雑であった。
「…あっち……」
霧夢は迷うことなく一つの道を示した。霧夢の示した先、下に伸びる石の階段の先には古びた木製の扉があった。
アキラは霧夢と顔を見合わせると石の階段を下る。そして古くなった扉を開けると、巨大な空間が広がっているのがわかった。
そして中心に見えたのが。
「封邪石だ、よし」
アキラの言葉で霧夢が封邪石に飛びつこうとした、その時だった。
「むぅ、危ないッ!!」
「……!!!」
暗闇より伸びた黒い影が霧夢を捕らえた。そして霧夢はそのまま反対側の壁へと叩きつけられてしまった。
「ぐぁっ……」
霧夢が黒い影から逃れようと瞬時に体を霧化させるも、すぐに元の人の姿へ戻ってしまう。
アキラは伸びた影の元へと視線を移した。
「無駄だ、無駄なのサ。霧夢くん、君は僕と共に生まれし存在。君の持っている能力はこの三百年で全て解析済みなのだヨ」
暗がりから出てきたのはかつて鬼族の国でエンブリーと名乗った老人、世界の敵・邪蛇であった。
「やあやあ初めましてアキラくん、僕が邪蛇だヨ。あれこれ前にも言ったかネ?」
「お前の事は良く覚えているぞ邪蛇。二度目ましてだ」
アキラの鋭い眼光が邪蛇を捉える。邪蛇はそれに対して臆することなくコツコツと足音を立てながら歩いた。
「何だネ、そんな怖い顔をしてサ。一体どうしたと言うんだネ?」
「お前はフラールとデープを殺した」
アキラの声が石のタイルを伝って邪蛇の元へと伝った。
当の邪蛇は顎髭を少し撫で、眉をハの字にしながらとぼけた様子で答える。
「フラールにデープゥ?んー?知らんなァ……。いや、待てヨ待つんダ、確か僕の力を与えた魔族だったはずだナ。僕が与えた作戦に失敗した挙げ句僕に楯突いて死んでいった奴らの事かネ?」
「マトイ、ココルル!!」
次の瞬間にアキラは飛び出した。銀色の毛並みの腕を振りその爪先から精霊術による斬撃を繰り出したのだ。
「ルーヴ・ナーゲル!!」
「素晴らしイ、素晴らしイ攻撃だねぇアキラくん。憎悪の込もった素晴らしい一撃だ。だが……」
邪蛇は片手を上げアキラに手を向ける形で斬撃を受け止めた。斬撃が当たる瞬間にバチィッと強い音が鳴ったがそれが邪蛇に通ることはなく、邪蛇は鬱陶しそうな顔をして巨大な刃となっていたマナの塊を握り潰した。
「そんな力では僕は倒せないヨ。そもそも君では無理なんだヨ。それこそ君が神に近い存在にでもならない限りはネェ」
邪蛇が握っていた拳を再び広げるとアキラへ向けて夥しい量の黒いマナの奔流が放たれた。
「うがぁああっ!!」
アキラは両手を前で交差させ防御の体勢に入る。とっさに人化したルフニールとシンシンがそれぞれ防護壁を展開しようと顕現するも、それも間に合わない程の時間であった。
アキラの脳内で自身の死の光景が駆け巡った直後だった。
不意に視界の端でアキラの横を桃色の髪の少女が通る。
「メロ…ディ……?」
直後、凄まじい轟音と共にアキラの周りを厚いマナ障壁が包み込んだ。
突然の事に隣のルフニールもシンシンも驚きで目を見開いているようであった。
「こんな所でアキラが死んだら…あたしが、あたしのオリジナルが悲しむでしょうがッ!!」
唖然とするアキラたちの前に出てマナ障壁を展開していたのは、メロディ製の立方体の魔道具を手にしたメロディちゃん人形であったのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここであいつと戦ってはダメ。あたしがあいつを亜空間に飛ばして時間を稼ぐから!!」
亜空間に飛ばす?
メロディちゃん人形の言っている事が理解できず反応できないでいると、しびれを切らしたメロディちゃん人形がかなりの大声で叫んだ。
「この魔道具には六つの魔術が込められてるけど、そのうち二つはあたししか使えないの!緊急時に使うためのものだから、で、今が緊急時!わかった!?」
「ああ、わかった。後はどうしたらいい?」
メロディちゃん人形は背を向けたまま横目でこちらをチラッと見た。
明らかな呆れ顔。それをわざとアキラへと向けたのだった。
「最初から決めてるくせに、あたしに聞いてくるのはちょっと意地悪なんじゃない?」
「ああ、ごめん。幽魔の王に、大魔王に会って元の世界への帰り方を探してみるよ」
メロディちゃん人形はそれを聞くと満足そうに笑って再び前を向いた。
「アキラ、あたしとは…、ううん、魔石動力自動操人形・メロディちゃん人形2号機とはここでお別れよ。防護障壁の魔術はともかく、転移の魔術は術者と対象物が一緒に移動することになるから」
「そんな…っ」
「悲しむことはないわ、あたしはアキラを守るために造られたんだから。アキラはこれからも生きてね、アキラは生きているだけで人を幸せにしちゃう力があるんだから」
そう言ってメロディちゃん人形が魔道具に手を当てる。使われていなかった最後の魔術の書かれた面が光り始めた。
「さよならは言わないでね。これはあたしに与えられた使命なんだから」
「メロディ、いや、メロディちゃん人形!」
ただの人形であるはずの彼女に、桃髪の少女の姿が重なった。
「こっちの世界に来て正直不安だったけど、メロディちゃん人形のおかげでやってこれた。本当にありがとう。メロディのコピー体とか関係なく俺はメロディちゃん人形が大好きだ!」
メロディちゃん人形は振り向かない。
だが彼女の両肩がわずかに震えているのをアキラは見てしまった。
「あたしはただの道具だけど、アキラにそういう言葉をかけられちゃうとやっぱり嬉しいわね」
立方体の魔道具がメロディちゃん人形の手から浮き上がり高速回転を始める。
そして回転する立方体から放たれるマナが邪蛇と彼女を完全に包み込む。
「アキラ、生きて。絶対に無理しないように、あなたの手の届く範囲でいいからみんなを…よろしくね…」
メロディちゃん人形を中心に光がどんどん大きくなっていく。
さすがの邪蛇もその光に目を背け苦しそうな顔のまま抵抗を始める。
「くゥッ!愚かナ…、魔道具ごときが僕の邪魔をするなんテ!!」
「あなたにはしばらく別の場所で足踏みをしてもらうわよ!」
魔道具が一際強い光を放ちメロディちゃん人形と邪蛇を包み込む。
そして数秒後、アキラが目を開ける頃にはメロディちゃん人形も邪蛇も姿を消していた。
こうして転移の魔術を使ったメロディちゃん人形はその身を挺してアキラたちから邪蛇を遠ざけたのだった。
「むぅ!大丈夫か!」
邪蛇から開放された霧夢は壁際でぐったりとしていた。わずかに呼吸をしているがそれすらも弱々しい。
だが一番の問題は彼女の体に起こっていた異変にあった。
「むぅ、おい…嘘だろ…」
「ちょっと、油断しちゃった…」
邪蛇からの直接攻撃を受けた霧夢の体はちょうど腹部あたりから白い粉の様なものに変わってしまっていた。それを確認している今も彼女の体はじわじわと灰化を続けている。
「シンシン、治療は!」
『体組織の破損が大きすぎて間に合いません…』
「クソッ…」
「あきら…お人形さんは…?」
力のない瞳が静かにアキラを見ていた。アキラは霧夢の首の後ろへ腕を回して彼女の体を起こした。
「メロディちゃん人形は邪蛇と一緒に別の場所に行った。俺たちを守るために」
「そう……」
今のアキラには霧夢の体の灰化を止める事はできなかった。アキラはそっと、その小さな体を抱き上げた。
「ごめん、ごめんな…霧夢……」
「ううん、いいの…私もどうやらここまでみたい……」
霧夢がふっと息を吐くと、彼女の口から淡い光が浮き出てアキラの体へと入っていった。
「これは私のちから。悪い夢も全部食べちゃうちから…。あきらなら上手く使えると思うから…」
そして薄く開けられていた瞳が静かに閉じていく。
「むぅね、生まれてからずっと、一人だったけど…、あきらとでーぷとふらーるとあんじぇ、あとお人形さん、みんなと出会ってからとっても楽しかった……、ご飯もとってもおいしかった………。もっと…もっと…みんなと居たかった、もっとあきらのご飯も食べたかった…な……」
「おい、おい!ダメだ霧夢、飯ならいくらでも食わせてやる!!だから行くな!行くな!!」
アキラの叫びが巨大な地下空間に響く。
しかしアキラに抱きかかえられた小さな少女から返事が返ってくる事は二度となかったのだった。




