外伝1「旅の終わりと始まりに」②
「……利根! まだ初霜から連絡はないのか! 突入から、36時間を経過して、未だに一切の連絡がないのはどういうことなんだ!」
柏木艦長様……。
かなり、苛ついている様子なのですけど、わたくしも返す言葉がありません。
……心配なのはわたくしも一緒。
初霜さんが次元穿孔に突入した瞬間……白い閃光とともに、大規模重力震が発生。
その規模は極めて大規模で、わたくし達の想定を遥かに上回る規模でした……。
おかげで、わたくしの利根も甚大な被害を被りましたの。
遥か後方にいた龍驤ですら横転しかけ、由良艦隊も重傷者が多数出るほどの損害を被りました。
沈む艦が出ても不思議ではない状況でしたけど……幸い、初霜さんからの事前警告があった事と、全艦示現体による操艦状態でしたので、なんとか全艦無事に乗り切れましたの。
退避中だったゼロ隊も、初霜さんの警告のおかげで高空退避飛行中で、難を逃れ全機無事に帰還。
……重力波が流体面にそって、横方向へ広がったのが幸いでしたの。
けれども……至近距離にいた雪風機はまともに重力震の直撃を受けて、空中分解を起こして墜落……。
雪風さん本人は一応無事、回収にも成功したのですけど。
凄まじい速度で流体面に叩きつけられた事で、意識不明の状態となってしまい……最優先で後送されましたの。
……何らかのイレギュラーが発生したのは、間違いないのですけど。
何が起きたのかは全く不明。
……観測された重力波は……重力爆弾の無制限解放時の波形に酷似しており、瞬間的にマイクロブラックホールが発生した可能性すらありました。
もし、そうであれば……初霜さんの帰還は……。
こちらからは、安否確認も出来ず……さりとて、撤収を決断するには判断材料が足りなくて……。
結局、敵襲に怯えながら、手をこまねいているだけの状況が続いているのです。
「……初霜さんが連絡できる状況なら、連絡を試みているはずなのです。あの方が簡単に沈むなんて思いませんけれど……。状況的に、彼女が連絡不能の状況に陥った可能性が高いと考えてますの」
「それは、あくまでお前の推測だろう? 仮にそうだからと言って……さっさと引き上げる訳にもいかん。……ギリギリまでここで待つんだ」
「はい……あの方を失う訳には参りませんからね。わたくしもあれから、自分達に何が起きたのか考えてみたのですけど……。あの統合意識体に取り込まれて、ひとつになってた時に解った事……。あれは初霜さんを中心として、広がったものでしたわ……あの方は何か特別な存在という気がしますわ」
「あんな真似が出来るなんて……俺も聞いてなかったし、技術開発部も全くの想定外だったらしい……。それにしても君達は……いったいなんなのだ?」
「さぁ? ブラックテクノロジー……古代先史文明……。わたくし達も元はと言えば、その技術を用いて、古代の軍艦の魂と言うべきものを召喚固定化したものなんですよね?」
「……利根……何故、君がそれを? それはトップクラスの機密情報だぞ」
「……あの時、わたくし達には、アーカイブから膨大な情報が流れ込んできましたの……これは、その情報の一部ですわ……」
「アーカイブ? 君達は……いったい」
「正直言って、良く解らないのですけどね。わたくし達の共用データベースのようなもの……ですかね。それに加えて、わたくし達は自己進化と言う新たな力を得ましたの……。つまり、あれですら、まだまだ片鱗に過ぎないのですわ。けれど、ご安心を……わたくし達は何があっても、皆様を……この日本国をルーツとする桜蘭帝国を裏切ることはありませんから」
「……そうか。その言葉を聞いて安心したよ。そうだな……俺も長年、君と共に戦ってきたからな……君が起こした奇跡だって一度や二度じゃない」
「ありがとうございます……柏木様。ところで……龍驤さんはその辺りどう思ってますの?」
「はいなーっ! 利根はんお呼びかいな?」
艦橋のモニターのひとつに赤い袖なしの被布を羽織った白基調の和服姿の少女が映り、軽い雰囲気で応える……あの時、覚醒し稼動状態となった軽空母龍驤の示現体がコレ……なのですわ。
髪は後ろで結ったポニーテール……身体の大きさは、わたくしよりも小さめ……130cmくらい。
どうにも子供っぽい感じで正直、バカっぽい方。
……わたくしのようなレディには程遠い、実に騒々しい方ですの……レディの道は甘くないのですわ。
わたくし達の新しい仲間の一人なのだけど、桜蘭帝国軍にとっては完全に予定外の存在と言えますの。
元々、龍驤自体はサードフェイズに至る前の無人航空機運用の実証実験艦でもあったのですけれど……。
先の一件で完全に示現体が稼動状態となり、本人が頑としてカプセルに戻る事を拒否した為に、戻すに戻せず……。
結局、由良と4隻の駆逐艦共々セカンドフェイズに、組み込まれることとなってしまったのです。
ただ……袖なし被布って、過去データベースを見る限りだと日本の古い服装で、10歳未満の女児が和服を着る時用のものみたいなんですね……。
そんなで良いのかしらと……思わなくもないです。
「なんや、なんか用があったんとちゃうか?」
「……自力で稼動状態にまで持ち込んだ挙句、史上初のスタンドアロン無人空母として、自己進化した龍驤さんに、どうしてそうなったのか、ご説明いただかこうかと」
「ふふん……アタシは、一日も早く立派な空母としてインセクター共と戦いたかったんや! あん時の初霜はんの申し出はまさに渡りに船! いやぁ……外の世界……自由に動ける身体ってやっぱ、最高やな! あの窮屈なカプセルなんて、もう絶対戻らんよっ! それにアタシも4機までしかできんかった航空機同時運用も、いまや40機同時制御が可能や! 一気に10倍や! 10倍! スゴいやろ!」
「……よく解らんが……要するに戦いたくてウズウズしてたから、色々すっとばして、自前で進化したと言うことか……。まったく、お前らも良く解らんな。それはそうと、龍驤君……セカンドへのプローブ投下は上手く行ったか? それと敵情強行偵察の結果報告はどうなってる?」
……この龍驤さん、ホウレンソウがまるで駄目なんですわよね……。
なりゆきで、柏木提督の傘下に収まっちゃったんですけど……提督も扱いに難儀してるみたいです。
先輩として、そのうち、ビシっと言ってあげないと……ですわっ!
「せやな……まずこの流域の上流についてなんやけど……。重力震の影響で、もう重力場がめちゃくちゃになってしもうとってな……。どうも、インセクターも近づこうとせんようなんや。過去の酷似例を参照した限りやと、重力爆弾による回廊閉鎖と、同等の効果が出ておる様子やな」
「……あら、いいニュースね……それ。どおりで、こんな小艦隊で粘ってるのに、一向に敵襲が来ない訳ね」
「まぁ、当面の安全は保証出来るで! あと有線プローブの投下は……プローブともども彩雲が向こうに引っ張り込まれてしもうてな……。結局、何も解らんかった!」
「はぁ? ダイレクトリンク制御してたんじゃなかったの?」
「しとったんやけどな……一発ブラックアウトで、制御もぶった切られてしもうたんや。それに、上流域へ強行突入させた彩雲も、途中で重力断層に巻き込まれて墜落。……結局、彩雲を2機とも失ってしもうたんや……アタシも辛いんやで……。ついでに言うと、もう彩雲は打ち止めや……次の偵察は、ゼロでも飛ばすしかないんやけど、有人用のゼロやから、あんま期待はできんよ?」
「……何か少しでも情報は入手できなかったのか? 向こう側について……」
「いや、待ちや……せや、プローブが引き込まれた瞬間に、ノイズと言うか信号みたいなのを受信できたで……利根はんちょっと解析してな」
龍驤さんが音声データ化したそれを送信してくる。
一見、1秒にも満たないノイズにしか聞こえないのですけれど。
音波解析するとそれに明確なパターンがある事が解ります。
「圧縮された長音と短音の繰り返し信号ですわね……これ」
「……何か意味がありそうだな……解析できそうか?」
「はい、暗号の類ではなく、特定パターン音声信号の繰り返し送信ですの……。長音と短音の繰り返し……これは……ヒ連送っ!」
再生速度を低めることで明らかになったそれは、ツーツートトツーの繰り返し。
カタカナの「ヒ」を連続で送信するヒ連送……その意味はわたし達にとっては明白でしたの。
「モールス信号の圧縮情報やったんか……ヒ連送……我、敵の邀撃を受けつつあり……最悪のケースやな」
「……柏木提督様……これを送ってきたということは、初霜さんの帰還の見込みはもう……」
……セカンドで、敵対勢力と遭遇し、帰還不能と判断した場合……あの方は、こちらへの敵勢力の流入を防ぐべく、帰還を諦めて、吶喊すると……そう言い残していたのです。
その場合は……無駄に待つことのないようにとも。
ヒ連送となると、敵との遭遇……その上、36時間経過しても連絡もよこせない状況となると……。
なにより、次元穿孔の状態も悪化の一途……。
収束しつつあるのは、龍驤さんの持ち帰った観測情報からも明らか……恐らく、12時間以内には消滅すると言う予想結果が添付されてますの。
提督に気を使ったつもりなのかも知れませんけど、人に嫌な役目を押し付ける……龍驤さんって、なかなか狡猾ですの。
いずれにせよ……わたくしは、初霜さんの最後の願いを遂行せねばなりません。
「龍驤、貴女は直ちに抜錨し撤収準備を……有明と夕暮にもその旨、連絡を……」
「……せやな……インセクター共の行動も日に日に活発化しとるし、アタシも艦体のあちこちがガタガタなんや……利根はんも似たようなもんやろ? 動けるうちに撤退……それが正解やな。有明と夕暮は居残りを希望しとるけど、こうなったらしゃあない……引きずってでも帰るで……」
「お前達! 勝手な事を言うな! まだ作戦時間は残ってるだろうが! アイツが戻ってくる可能性があるのに、みすみす……見捨てろというのか! 初霜はお前達の大先輩で、仲間なんだろうが!」
「柏木提督様……これ以上、この流域に留まる意味はもうありませんの。あのヒ連送自体は、恐らく転送先にプローブを設置して、パワーダウンするまで送信し続けるように、設定していたのですわ。……そもそもあの重力震の爆心地にいたのですよ? 艦体に致命的な損傷を受けた……或いはそれに近い状態での会敵……であれば、あの方は……もう……」
努めて、冷静に説明したつもりでしたのに……。
視界が曇ってしまい、声も涙声になってしまって言葉が続きません。
提督様の前では、冷徹な副官を演じようと思ってましたのに……こんなでは、初霜さんに笑われてしまいますの。
柏木中佐も瞑目すると、わたくしに背中を向けると肩を震わせてますの。
……男は涙を見せない……立派な態度だと思いますの。
雪風さんを先に後送したのは正解でした。
もし、動けるような状態だったら、きっと後を追ってたと思います。
現状は……損傷を受けた艦、航空隊パイロット達は全て撤収済み。
龍驤は無人稼働中で、有明と夕暮も乗員を全員輸送艦へ移送した為、無人。
艦隊司令部要員も撤収させてしまいましたので、本艦に残っているのは、わたくしと提督様の二人きり。
もうこの流域に残っているのは、わたくし達4人の示現体と……そして、提督さんだけなのです。
「……利根、当艦隊は現流域を放棄……俺達の母港、斑鳩基地へ帰投する。……念のため、この流域には超空間通信機能付きの監視プローブを設置していく……以上だ。速やかに撤収行動に移れ」
背を向けたまま……提督様は静かにそう告げましたの。
わたくしも、涙を拭いて無言で敬礼を返すと、その意を実行すべく撤収行動を始めました……。
次回、外伝最終話。
「それぞれの道へ……」
なお、この外伝が終了後。
宇宙駆け、新章を開始予定です。
お楽しみに。




