外伝1「最終ブリーフィング」③
「提督、その後の予定についてはどうなんだい?」
まずは、雪風が問いかける……これは台本どおりだった。
実を言うと作戦立案の主体はわたし達だから、わざわざ改めて聞くような事はないのだけれども。
事前の打ち合わせで、一般将兵向けに作戦の詳細説明と、わたし達の顔見せも兼ねて、わたし達が逐一適切な質問をし、それに柏木提督が応える……そのような形式で行うことが決められていた。
「爾後の支援艦隊の行動予定は、現場流域から800kmの位置、軽空母龍驤の位置まで後退し全艦待機。同時に補給艦速吸と大型支援輸送艦が合流し、各艦へ洋上補給を実施し、待機の予定だ。72時間以内に駆逐艦初霜より、撤退の意志を示す情報プローブが送信されれば、今度は初霜の撤収支援作戦が実施される。なお、補給の関係で最低でも24時間は撤収支援作戦は不可能だ……。撤退のタイミングについては、初霜次第という事になるが、その辺りは慎重に測って欲しい」
「もし、わたしが情報プローブを送れない状況となった場合や、帰還困難となった場合はどうするのでしょう?」
「仮に72時間以内に初霜からの連絡が途絶えた場合でも、その後最大48時間は待機とする予定だ……だから、簡単に諦めてくれるなよ?」
「待機中に、敵の増援や侵攻があった場合についてはどうなのかしら? 支援作戦自体は、突破支援と同じ要領……左右から突撃すると見せかけて、敵戦力を分散、誘引した上で、初霜は中央突破の最短コースでの撤収。でも……敵の戦力が今より増大した場合や、大規模増援と共に侵攻してきた場合はどうするか……ですわね」
「この次元穿孔の戦略的な重要性は明らかだからな。我々はこの流域を最大120時間なんとしても死守する方針だ。本作戦には予備戦力として、金剛型4隻と翔鶴、瑞鶴を主力とする高速機動艦隊編成の第三艦隊が後詰に控えている……。この作戦が呼び水となり、インセクターの大規模侵攻を誘発する可能性を想定しての事だ。その場合は、第三艦隊と連携し、これを撃退し、次元穿孔をなんとしてでも、確保する構えだ」
そうなると、恐らく……更なる敵の増援の来援となり、なし崩し的に総力戦となるだろう。
インセクターの習性として、こちらの戦力に合わせてくる傾向という物がある。
……小規模艦隊で同等戦力、もしくはそれ以下とみなされた場合、低脅威として増援なしで迎え撃とうとするし、敵戦力を上回る戦力の大規模艦隊を差し向けると、向こうも負けじとばかりに援軍を呼び集めてくる。
この場合、手がつけられないほどの大規模戦力が集結する事も多々あり、一度領域化した流域へ執着する習性もあって、これらの点が対インセクター戦を困難なものとしていた。
「他に質問はないか?」
航空隊の司令、パイロット達からいくつか質問が浴びせられる。
由良艦隊の面々は、現在最前衛で無線封鎖中のため、この最終ブリーフィングの内容を、一方的に中継するに止めている。
……パイロット達の言い分は、要約すると自分達に主攻を努めさせろというもの。
いつぞやの大尉さんと、言っていることは、何ら変わりなかった。
基本的に、彼らは提督の言うように、予備戦力だとわたし達は認識している。
わたし達は彼らが矢面に立たないようにする所存だった。
最前線で矢面に立つのは、わたし達無人兵器群の役割……無駄に人が死ぬことなんて、あってはいけない。
もちろん、状況次第では彼らの投入もやむ無しだろうけれど……それは出来る限り避けたかった。
「最後に、もう一点よろしいですか?」
「何だ? 手短に頼む」
柏木提督が訝しげに応える……これは、想定問答になかった内容なのだから、仕方がない。
「連絡は可能ながら、撤収が不可能となった場合に取るべき、わたしの対応についてです」
柏木提督が苦虫を噛み潰したような顔をする。
実際、このケースについては想定されていなかった。
……柏木提督も気付いていながら、敢えて口に出さなかったようだったのだけど……これだけは、はっきりさせておく必要があった。
「その場合であっても、帰還に向けて最大限の努力をしろっ! 仮に、情報プローブを放てるような状況であるならば、最悪身体一つでもお前達ならば、帰還の見込みがある。だから、希望は必ずあるはずだ……何があっても絶対に諦めるな! これは命令だ……なんとしても、この命令は遂行してもらう……いいな?」
優しい人なんだな……と思ったら、何故か無性に泣きそうになった。
こんな場面で涙なんて、良い笑いもの……だから、ぐっと堪える。
けれども、この流域に長期間とどまると言う試みは、やはりかなりのリスクがある。
そもそも、この流域はすでにインセクターの領域なのだ。
そんな流域に72時間もの調査期間を設け、留まること自体かなり厳しい。
……留まって良いとすれば、せいぜい48時間……いや24時間もすれば、おそらく敵増援の第一波が来襲する。
それ以上留まるとなると、少なくとも二度三度くらいは、相応の規模の敵襲を受けるはずだ……実質、利根と由良艦隊だけの戦力で、果たしてそんな長期間持ちこたえられるのだろうか。
後詰めの艦隊がいると言っても、その戦力だって無限じゃない。
そんな事は、提督も承知なのだけど……。
柏木提督は作戦期間として、各艦の連続作戦行動可能時間の最大限となる120時間を設定していた。
けれども、これはあくまで最大限の数値と言うだけで……そこまで粘れる保証はまったくない。
わたし達示現体も長時間の戦闘だと確実に疲弊する……総合的な戦闘力については、72時間あたりから顕著に下がり始め、120時間を超えると事実上、戦闘不能になる。
そうなると人間で言うところの睡眠状態となり、自閉モードでの長めの休眠プロセスが必要となる。
だからこそ、わたしが帰還は難しいと判断するような状況で、無駄に戦域にとどまるような事態は避けて欲しかった。
「ですが……例えば、セカンドにてインセクターに捕捉されてしまったり、異文明側の戦闘艦と遭遇する可能性も考えられます。先に発見された残骸からも、異文明側もこちらと同等レベルの技術力を持つ可能性が指摘されています。敵をこちら側に連れて行くような状況になるくらいであれば、わたしは戦って果てるか、潔く自沈する所存です……その場合も想定すべきです」
「確かにそれも想定するべきですけど……わたくし達もそんな簡単に仲間を見捨てたくありませんの。わたくしは少なくとも貴女を大切な仲間……いえ、お友達と思ってますの。友達を見捨てるなんてのは、わたくしの……重巡利根の名が泣きますから。せっかく、無事に戻ってきたのに、周りは全部敵なんて……そんな状況には絶対させませんから、ご安心を」
利根さんが優しげに笑いながら、そんな風に言った。
短い付き合いなのだけど、彼女とはすっかり気心が知れてしまっていた。
一緒にご飯食べて、雪風と三人で温泉に行って、裸の付き合いくらいした仲でもある。
あの時は、利根さん……ちょっと大変な事になっちゃいましたけど。
何より、共に研鑽した日々は短いながらも、充実していて……とっても楽しかった。
彼女にだったら、この国の未来を託していい……そう思えるほどには、わたしは彼女を信頼していた。
けれども、だからこそ……彼女の気持ちもよく解る。
もし、わたしが彼女の立場だったら……簡単には諦めないだろう。
例え、待ち続けるのが困難な状況におちいっていたとしても、帰還の可能性に賭けて……その場に留まり、その退路を守るという選択をするだろう。
「では……セカンドに突入後、こちらから6時間毎に、情報プローブを送ると言うのはどうでしょう? ……もし、それが途切れた場合は、速やかに現流域を撤収してください。わたしもセカンド側の次元穿孔からあまり離れない方針ですし、敵との遭遇可能性が出てきた段階で、早期撤収も視野に入れています……。その場合の独自判断による撤収許可を事前にいただけませんか?」
わたしからの提案。
そんな頻度で定期連絡ともなると、行動可能な範囲はたかが知れることとなるのだけど。
初回の突入ですべてを調べようなんて虫が良すぎる……転移先周辺流域のエーテル空間の安全確認と、周辺状況観察……この程度でも十分すぎるだろう。
「……なるほど、危険を感じた段階で即時撤収か……よろしい、許可しよう。情報プローブの定期発信についても君のプランを採用する……諸君そろそろ時間……」
戦術モニター上にて、アラート音と共に、由良艦隊交戦開始とのテロップが流れ、柏木提督の言葉が途切れた。
「こちら由良艦隊……佐神中佐だ! 敵艦隊の迎撃行動を確認。クソッタレ……奴ら潜水艦種の網を張ってやがった! 後ろからいきなり撃ってきやがった……直ちに応戦許可を願うっ!」
……いきなり予想外の展開だった。
今回から未公開分が含まれています。




