外伝1「出撃前夜」①
この外伝1は、本編の前日譚に当たります。
最初に言っときますけど、この話はFate/zero等と同じくバッドエンドへ向かう物語です。
駆逐艦初霜は、もう一つの世界へと旅立ち、帰らないと確定しています。
この話のラストシーンは、本作品の冒頭へ繋がってますので、必然です。
そして、またこの作品は、続編の利根編にも繋がってます。
その辺り、予めご了承ください。
桜蘭帝国……斑鳩航宙軍基地。
「わたし」は……基地のドックにて、最終調整の終わった自艦「初霜」の艦体を眺めていた。
「……最終外装目視チェック……オールグリーン……」
誰に言うでもなく呟く。
わたし達示現体に、好んで声を掛けるような物好きはいない。
整備クルーとも、ほとんど業務メッセージのやり取りで済ますので、会話もまずしない。
と言うか……向こうもどう接していいか解らないと言うのが、正確な所のようだった。
たまに警備兵やら整備兵の人達に、挨拶位はするのだけど、総じて無表情な敬礼とか、そんな調子の反応が返ってくる。
わたし達、戦闘艦艇示現体は人間の女性と酷似した姿とメンタリティを持っていて、おまけにわたし達駆逐艦クラスは、その見た目が十代前半程度と低めとなる。
度重なる示現体の自律稼働実験における暴走事故で、わたし達の単体での戦闘力が、人間を容易く粉砕するレベルと言う事が知れ渡っているのが大きいのかもしれない。
わたしの目から見れば、皆見上げるような大きな人ばかりで、むしろ、逆に怖いなーなんて思う事もあるのだけど……。
本来、わたし達くらいの女の子となると、その感覚のほうが正しい気もする。。
一応、大人の男の人は見慣れているのだけど……。
かつての初霜乗組員……帝国海軍の兵達も、似たようなものだったから。
もう遠い昔、過ぎ去ってしまった懐かしき愛すべき人達……。
……わたしも、ずいぶん遠くに来てしまったと……改めて思う。
「……やぁ、初霜……最終外装チェックかい?」
不意に声をかけられる。
……同じく特務駆逐艦として、示現体自律稼働運用のテストケースとして、スタンドアロンでの活動が許された……いわば、ご同類。
陽炎型駆逐艦8番艦「雪風」
白い雪のような長い髪と、いつも眠そうな細い目……わたしの着ている黒いセーラー服と、対象的な白基調のセーラー服がよく似合っている。
どこか儚げな雰囲気のある少女……わたしの戦場における相棒とも言える艦。
「雪風さん……お身体は問題なかったので?」
「ははっ……僕がそう簡単にやられるものか。かすり傷ひとつ負ってないのに、随分大げさな事だったよ。もっとも、艦体の方はさすがに損傷が酷くてね……。今回の君の任務も本来は、僕が同行するはずだったんだけど……修復は間に合いそうもないそうだ……残念だよ」
雪風の言葉を黙って、首を振って否定する。
雪風の被弾……それは、わたしをかばっての事……。
一歩間違えれば、弾薬誘爆……轟沈しかねない状況だったのだ。
「雪風さん……ありがとう」
そう小さく呟くと、雪風は照れくさそうに笑う。
「違う違う……あの時、ああしたからこそ、結果的にインセクターの戦艦種を撃沈出来たし、味方も守れた……。あの状況で、魚雷を温存してた君の盾となるという選択は戦術上、妥当な判断だった……。そう思わないかい?」
……戦況としては、良くあるパターン。
インセクターの侵攻から避難する民間人を守るべく、数にして数倍のインセクター相手に遅滞戦闘を挑む。
まともなエアカバーもなし、寄せ集めの艦隊による無謀と言える作戦とも言えないような作戦。
……けれど、そうせざるを得ないのが、わたし達の現状だった。
案の状、インセクターの突破を許し、民間船団へと迫る戦艦種を追撃し、わたし達はたった二隻で戦艦種に挑むことになった。
それまでの戦いで、雪風は魚雷を撃ち尽くし、防空戦闘と砲戦を得意とするわたしは、魚雷を温存出来ており、必然的にアタッカーの役を担ったのだけど。
戦艦種の猛烈な砲火の前に雷撃位置を取れず、逆に追い詰められた所を雪風が囮となった挙句に、わたしの身代わりに被弾。
しかも、砲弾は弾薬庫と艦橋に直撃……そんな状況で生還した雪風は異常としか言いようがなかった。
弾薬庫に直撃なんて、どう考えても致命的なのだけど、ほとんど弾薬を撃ち尽くしていたことと、不発だった事で轟沈は免れた。
艦橋にも直撃弾を受けたのだけど、やはり不発で雪風本人は無傷……。
わたしも雪風が作ってくれた好機を逃さず、戦艦種のバイタルパートに雷撃の直撃を決め、足止めに成功……作戦はかろうじて、成功した。
「……お互い慣れないことは、するものじゃないと言う証左ですね」
とりあえず、それだけ言って笑いかける。
「そうだね……。そう言えば、いつもと役割が逆だった。まったく、良く上手く行ったものだよ」
雪風も笑う……ささやかな、優しい時間が流れる。
ここには、わたしと彼女だけしかいないから。
考えてみれば、直接顔を合わせるのも久しぶりのような気がする……。
「おうっ! なんだ、なんだっ! ……お前ら、実に楽しそうじゃないかっ!」
唐突に、気さくそうな調子で話しかけてきた青年士官。
確か……重巡洋艦利根艦長の柏木中佐だった。
慌てて、雪風共々敬礼で応える。
柏木中佐も、生真面目な表情で答礼を返すも、すぐに表情を崩して、タバコを咥えて火をつけようとする。
「んぁ……ライターどこだったかな? お前ら、火ぃ持ってないか?」
そう言いながら、親指を人差し指に擦るジェスチャーをする柏木中佐。
「僕らがそんなの持ってると思っているのですか? 残念ながら……中佐のお役には立てませんね」
緊張を隠せずに雪風が前に出る。
「確かにタバコも吸わない奴に、ライターなんぞ無用の長物か……」
「それより、柏木中佐……自分達に何の御用で? 今回の作戦、中佐の乗艦「利根」の出番はありませんよ」
険のある声色で、雪風が中佐に問いかける。
「ははっ……そりゃあ、噂の自律稼働示現体同士が女子学生共みたいに、楽しそうに談笑なんてしてるなんて、珍しいものを見ちまったんだ……興味くらい湧くのが普通だろう? お前ら……いつも無表情で、無愛想だと思ってたんだが、そんな風に笑えたんだなっ!」
「わたし達、そんな風に見えたんですか?」
「ああ……俺も一瞬目を疑ったくらいだな。お前はいつも電子的にコミュニケーションしてるって話だが、そんな風に普通に会話も出来る……当たり前の事か。だが、なかなか悪くない光景だった……お前達のことを、俺は少し誤解していたようだな」
「申し訳ありません……今後は注意します」
硬い表情を崩さず、生真面目に雪風が応える。
けど、わたしは……ちょっとだけ、この柏木中佐に興味が出てきた。
なにせ、わたし達は基本自分の艦内から外に出ることは滅多に無い。
それに、こんな風に自分から近づいてくるような人もほとんどいない。
……得体の知れないモノには、人間は近づかない。
けど、向こうが興味を持って近づいてきてくれたなら、わたしはそれを拒むつもりはなかった。
「あ、あの……柏木中佐はなんで、わざわざ?」
ちょっとした勇気を出して、聞いてみた。
「ああ、そうだ! 本題を忘れるところだったな。実は……先日の狭拾号作戦の件なんだが……」
……例の撤退支援戦の作戦名……だったかな?
わたし達の任務は本来、最前衛だったのだけど、作戦を無視して防衛ラインを突破した戦艦種へ反転追撃をかけたのは事実だった。
それは、戦果はともかくとして、問題行動であると言えなくもなかった。
もっとも、臨時旗艦の軽巡洋艦長良は突出した結果、真っ先に轟沈してしまって、指揮官が不在だったのもまた事実で……あの流域で組織だった戦闘を行えていたような艦は一隻もいなかった。
「……我々に、落ち度はなかったと思いますが、何か問題でもありましたか?」
「そうです……あの時点で動けてかつ、追いつける可能性のある艦はわたし達だけでした……。命令違反と言われれば、そこまでですが、わたし達は為すべき事を成した……それだけです」
堂々と告げる……そう、わたし達には何ら恥じ入るところはない。
「まぁまぁ……そうツッパるなよ。むしろ、俺は礼を言いたいと思ってな……。確かにあれを抗命とかいう馬鹿もいたがな……結果的にお前らは、最高の働きを見せてくれた! あの状況で民間人の死傷者ゼロなんて、最上級の結果だ! 一般市民達も皆、礼を言っていた……お前らにも聞かせてやりたかった! とにかく、ありがとな! 雪風ちゃん! それに初霜ちゃんも!」
そう言って、中佐は破顔する。
「ゆ、雪風ちゃん? なんなんですか、その呼び名は!」
雪風ちゃん呼ばわりされた雪風が珍しく目を見開いて抗議する。
でも、初霜ちゃん……って、なんか可愛らしい……悪くないかも?
「気に入らんか? 見た目は十分可愛らしいと思うんだが……嫌か?」
「……ご、ご自由に、呼び名など我々には些細な事です」
「雪風……ちゃん! うふふ……わたしもそう呼んでいいですか?」
「うぇっ! 初霜……さすがにそれは勘弁してくれよ……戦闘中にそんな呼ばれ方したら、気が抜ける」
「じゃあ、二人きりの時だけなら? なんなら、わたしの事も初霜ちゃんでもいいですよ?」
「……そ、それなら……別に……待て! 人前じゃ絶対そう呼ぶなよ?」
わたし達がそんなやり取りをしていると、柏木中佐も何とも微笑ましいと言った感じで笑う。
ふと、視線を感じたので、辺りを見渡すと、警備兵や整備の人達が手を休め、わたし達を注目してた……。
……ううっ、なんか恥ずかしくなってきた……。
思わず、こそこそと雪風の背中に隠れる。
「おいっ! 貴様ら! 何やってんだ! 覗き見なんぞしてるんじゃないっ! 下世話な真似しとらんで、さっさと仕事に戻らんかっ!」
柏木中佐が一括すると、全員一斉に回れ右……蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまった。
「まったく……無粋な奴らだ……。そうだ、二人共! せっかくだから、何か飲まんか? コーヒーでも奢ってやるよ……。士官用の喫茶室なら邪魔も入らんし、少しはゆっくり出来るぞ?」
「……それは、ご命令ですか?」
「もう、雪風……そういう言い方はないでしょう……。でも、申し訳ありません……わたしには現在、艦内にて待機するよう命令が下っております。ご厚意はありがたいのですが……」
そう、わたし達に自由なんてないのだから。
命令以外の行動は許可されていない。
必然的に、わたしの行動範囲なんて、艦内とたまに気分転換に甲板を一周するとか……そんなもの。
ドック内まで出てくることも、滅多にない。
「ああ、その事なら問題ないな。ちゃんと正式な任務として、駆逐艦初霜の示現体には、上陸休息するよう指令が出されているはずだ……。まぁ、一応俺はこれでも中佐様だからな……5万人の一般市民を救うために、身体を張って戦った奴らへ慰労のひとつくらいさせろって、ゴネてやった。……そんな訳で、雪風……君も良ければ同行しないか? 必要なら、俺が命令してやる。そうだな……俺達の護衛任務ってのはどうだ? コイツを預けてやるよ」
そう言って、柏木中佐は雪風に拳銃を差し出す……。
その気になれば、飛来する銃弾を掴み取れるわたし達にとっては、こんなもの持つ意味なんて無いんだけど……要は信頼の証と言えるのかもしれない。
ネットワークにアクセスすると、確かにわたしに下されている命令が書き換わっていた。
艦内待機から、上陸休息の上で、半日間の自由行動を許可……発令者は柏木中佐となっている。
「……解りました……そう言う事なら、謹んで拝命します! 雪風、只今より柏木中佐、及び示現体初霜の護衛任務に就きます」
そう言うと、雪風も少しだけ表情を崩すとニヤリと笑った。
わたしも否応なかった。
明日になれば、生還も怪しい特殊任務に就くのだ。
……最後になるかもしれない夜なんだから、少し位自由に過ごしたっていいかもしれない……わたしもそう思い始めた。




