第二十一話「古き良き戦友(とも)」④
「雪風! 磯風! ふたりとも何をするつもりなんですか!」
「うん、墜落してくるあの富嶽を僕らの持ってる重力爆弾で吹き飛ばす」
「無茶言わないでください! その携行式重力爆弾じゃパワー不足です!」
「そうだね。これであの富嶽を包み込んでいる重力フィールドを相殺するのは、そのままじゃ不可能だ。でも、100m程度まで効果範囲を縮小して、至近距離で起爆すれば計算上、ギリギリ相殺が可能だ。タイマー起爆で、500kmの速度で突っ込んでくる富嶽を爆縮に巻き込む……これは、さすがに無理がある。だから、ここは確実にって事で、僕らが自爆して富嶽を巻き込む。磯風、気が進まないだろうから、ここは僕がひとりでやるよ?」
「雪風ぇ、お前……重力爆弾の精密制御とか出来るんか? あたしも覚悟決めたわ……やるでっ! と言うか、そうなるとむしろ雪風が付き合う必要ないんじゃないの?」
「そうなんだよ……重力爆弾の制御なんて、僕には出来ない……。真面目にマニュアルくらい読んどけばよかったよ。でも、磯風一人に美味しいとこを持っていかせるのは、ちょっと癪に障るし、さすがにそれは僕も立つ瀬がない。だから、ここは責任を取って僕も一緒に付き合う。一応、指揮権は、僕にあるから反論は許さないよ」
「せやな、お前はそう言うやっちゃな……。まぁ、世は道連れって言うやつやな」
「何か違わないか? それ。ああ、初霜達は、なるべく遠くに逃げて欲しい。さすがに身内の不始末に、君たちを巻き込むのは忍びないからね」
「せやな、安心せい……うちらが責任を持って、アレを止めたる。そんかし、うちらの事はこの国のお偉いさんに伝えといてくれな。そうすりゃ、少しはポイントも稼げるやろ」
そう言って、雪風も磯風もいい笑顔で笑った。
けど、わたしもそんな二人を見て、決意を固める。
「……いえ、わたしがやります……。わたしも重力爆弾の仕様も分かりますし、制御なら出来ます。むしろ、わたしなら確実に富嶽を止めてみせます……!」
「初霜……これは僕ら、桜蘭帝国の不始末だよ? なのに、君が犠牲になる必要なんてない」
「そうや、あたしは別にビビってる訳じゃないんや……! 出来れば、こっちの世界とか見て回りたいとか思っとったのは事実やけど……。重力爆弾の無制限開放なんて、極めつけレベルの愚行やろ! こっちのエーテル空間にブラックホールなんぞ作ってしもうたら、もう取り返しのつかんことなる……。祖国の愚行を止めるんは、あたしらの義務や!」
「……忘れたのですか? わたしも元とは言え、桜蘭帝国の一員です。それにわたしは犠牲になるなんて一言も言ってません! 黒刀を使えば、展開済みの重力フィールドに穴を空けて抜けることだって可能です。それにわたしの解析機関の精度は、桜蘭帝国でもトップクラスです。わたしなら、コンマ単位の精度で富嶽を捕捉して、ピンポイントのタイミングで、遠隔起爆させるくらいやってのけれます! 生還の見込みは、十分あるんです! ……以上のことから、その役目は、わたしが引き受けます……。それが、全員無事に乗り切れる唯一の選択といえませんか?」
……たぶん、わたしは間違ってない。
そもそも、このまま何もしないで二人を見送るのは嫌だった……。
この二人だって、わたしの仲間だったのだから。
わたしは、仲間を護る……誰一人だって、見捨てない。
それがわたし……駆逐艦初霜の矜持なのだから!
「うん、解った……じゃあ、こうしよう! 僕と初霜が行こう! 僕の解析機関も初霜に負けず劣らず優秀だし、黒刀の扱いなら、初霜より上だって自信がある……。生還前提って事なら、磯風を相方にするよりも初霜のほうが確率は高いよ」
「なんやねんそれは……あたしは役立たずってことかいな?」
「事実だろう? 初霜と君じゃ、比較にすらならない……。僕が知るかぎり、彼女こそ最優秀の示現体だ。どうだい初霜? 僕がパートナーじゃ不服かい? 二人ならフィールドに穴を開ける時間を大幅に短縮できる……恐らく起爆タイミングも、ギリギリまで引きつけないといけないくらいにはシビアだ。悪いけど、一人で行ったら、ほぼ確実に死ぬよ? けど、二人なら最低でもどちらか一人、上手くやれば揃って生還出来るかもしれない。だから、僕を連れて行かない手はないと思うよ? どちらか一人が生還できる確率なら五分を超える。実に割の良い賭けだと思うよ」
……雪風は、わたしがどう言ったって着いてくるだろう。
その辺りはもう議論の余地はなかった……何より、もう時間がなかった。
「解りました……磯風とタシュケントさんは出来る限り、遠くへ退避! 雪風……当てにします! 共に行きましょう!」
そう言って、駆け出すと雪風が隣に並ぶ。
重力爆弾の重力フィールドを使って、重力爆弾の爆縮を押さえ込む……。
言うのは簡単だけど、実際はタイミングが恐ろしくシビアだった……出力や周囲への被害などを考慮すると、展開可能な範囲はせいぜい100mの範囲内がギリギリだった。
雪風の計算は間違っていない。
富嶽がその100m以内に入るほどとなると、ほぼ墜落直前を捕捉することになる。
富嶽はすでに自動操縦モードで、超空間ゲートの正面から突っ込むルートに入っていた。
迎撃機や対空砲火が凄まじい勢いで、当てているのだけど、重力フィールド展開中では無敵に近い……効果なんてない。
重力爆弾を設置、最終セーフティを解除……起爆タイミングを計算。
最適値を算出……間に合うか? タイミング的にここが潮時……タイマーを起動し、立ち上がる。
次の瞬間、富嶽が重力フィールドの範囲内に飛び込んでくる……同時に重力爆弾が起動、重力フィールドが生成される!
見えない腕に掴まれたように頭上で富嶽が固定され、富嶽を覆う重力フィールドが崩壊する。
周囲の重力が一気に増して、思わず膝をつきそうになる……。
推定Gは100G……言わば、自分の体重が100倍になるようなもの。
もはや、トン単位の枷を付けられたようなものなのだけど。
その程度の重さ……わたし達ならスペック上、許容範囲内だ。
けれど……さすがに軽々とは行かない。
雪風との戦いのダメージだって、残っている……ふらつき、膝を付きそうになる。
それでも、倒れ込む直前に雪風が手を引いて立ち上がらせてくれる。
共に手を取り合っての全力疾走……間に合うか?
長いようで短い道のり……範囲を縮小することで、強固に形成された重力フィールド。
これを破壊するには、二人がかりで黒刀で全力を叩き込む必要があった……ここまでは計算通り。
雪風とほぼ同時に重力フィールドに黒刀で斬りつける……黒刀の疑似重力子により、重力フィールドが中和され、穴が空き、人一人がようやっと通れる程度の隙間が出来る。
けれど、それも一瞬だけ……見る間に修復されていく……!
「雪風! 先に!」
そう声をかけると、返事の代わりに乱暴に突き飛ばされて、隙間から転がり出される。
振り返るともう隙間が閉じかけていた……雪風は……まだ向こう側だった。
慌てて、黒刀を隙間に差し入れるのだけど、最大出力での使用直後のため、その隙間は悲しいほど狭く、みるまに閉じていく……。
「……初霜、言ったろ? 二人がかりでギリギリだって、残念ながら、少し出力が足りなかったんだ……。でも……嬉しいね。今度こそ僕が見送られる側になれた……」
「なんで! 初めからそのつもりだったんですか!」
「うん、僕の解析機関はこうなるって結論を出してたんだ……。君も薄々解ってたんじゃないかな? 黒刀で重力フィールドを破壊するとなると二人がかりでやっと。それに破壊出来ると言っても、フィールドの開放時間はギリギリ一人が脱出できるかどうか……。だから、助かるのは一人だけだって……二人とも助かる可能性も無くはなかったけど、それは奇跡でも起きないと無理な数値だった」
雪風の言う通りだった……だからこそ、わたしは雪風を先に行かせようとしたのだ。
「そんな事……解ってました! でも、だからと言ってなんで雪風が!」
「あはは……悪くないね。僕の為に泣いてくれるのか……。そうだね……僕はいつも、見送る側だったから……ってのじゃ答えになってないかな? 大戦の時も……あの時だって……」
知らず知らずのうちにわたしは泣いてしまっていた……なんて、情けない。
泣いてる暇があるなら、考えろ!
……けれども、もうどうしょうもない……その事にわたしも気付いてしまっていた。
「……雪風」
「初霜……僕はね……。いつも生き残ってしまうんだ。あの大戦でもそうだったけど、君が居なくなった後でもやっぱり同じでね。人はそれを幸運だとか言うけど、僕にとっては呪いのようなものだったんだ。君くらいかな……僕と一緒にいて、毎回一緒に生き残るなんてのは……。だから、僕はこう言う機会があれば、迷わず君に見送られる側になる……もうずっと前からそう決めていたんだ。あの時も……君を一人で行かせてしまって、君が戻らなくって……ずっと後悔ばかりしてた。君の事を思わない日なんて一日たりとも無かった……。また会えて良かった。僕にはもう、何一つ心残りなんて無い」
穏やかな顔で微笑む雪風。
「だからと言って、なんで雪風が犠牲に……わたしは雪風を犠牲にして生き延びようなんて、思ってなかった!」
「うん、君ならきっとそう言うと思ってた……だからこそ、僕は君に生きて欲しかった。……僕の勝手な願いごと。そうだ……考えてみれば、こっちの世界にも雪風がいるんだっけ……。一度くらい会ってみたかったけど、たぶん僕と似たような奴だと思う……僕の代わりにそいつと仲良くしてやってほしいな」
黒刀のパワーが見る間に落ちていく……もうすぐ、隙間が閉じきる。
それに刻一刻と起爆時間が迫る……起爆の瞬間に隙間が空いていると、そこを皮切りに重力フィールドが崩壊し、何もかもが無駄になる。
最後の言葉……万感の思いを込めて、雪風に告げる。
「雪風……いつか、どこかで……また……会えますか?」
「ふふふ……こんな600年後の世界で再会出来たんだ……。僕と君はきっと縁があるんだよ。だから、いつかどこかでまた会えるさ! いやぁ、とっくに諦めてた君と再び会えて、本気でやりあって……そして、君のために死ねるなんて、僕は最高の気分だよ! さらば戦友よ……いつかきっと……どこかで……」
続く言葉を置き去りに、黒刀がダウンする……最後まで空いていた小さな隙間が閉じきってしまった。
重力爆弾の臨界まであと数秒……背を向けて、走り出し可能な限り距離を取る。
爆縮……重力フィールドが一瞬黒くなる。
そして、100mの重力フィールドが見る間に縮小していって消えると、地面には巨大な大穴が空いていた。
荒れ狂うわだつみの如く、エーテル流体が大穴を満たしていく……富嶽も雪風も、そこには何も残っていなかった。
わたしは……ただ泣いた。
たった今、逝ってしまった戦友のために……声を上げて、ただひたすらに。
鬱展開とか言うなかれ。
次回最終回。
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