第十六話「遠い世界(くに)から来た彼女」②
そのもう一つのコリドールは、次元穿孔と呼ばれる次元の裂け目の向こう側に存在していた。
それが見つかったのは偶然からだったのだけど……。
別の次元孔も同じコリドールに繋がっていることが判明し、インセクターに侵食された私達のコリドールに代わって、分断された世界を再び繋げる事が出来るのではないか?
……そんな希望が私達の世界を駆け巡り、私達はそれを「セカンドコリドール」と命名した。
それが私が今いる空間だ。
示現穿孔から、流れ込んできた数々の異星文明製の艦艇の残骸調査。
無人偵察プローブの集中投入……その殆どが戻ってくることはなかったが。
ごく一部が数々の僥倖で帰還し、セカンドコリドールの情報を持ち帰ることに成功した。
その結果、異星文明が同じようにそのコリドールを利用している可能性が高いと言う事が解った。
その為、私達エーテル空間戦闘艦による強行偵察が何度となく行われる事なった。
最初に突入したのは、幾多の戦場で幾多もの勝利を重ね、どんな状況からでも帰還すると言われた不沈艦と呼ばれた駆逐艦初霜。
彼女が選ばれたのも、その絶大なる戦績と、生存性……この任務で重要視されたのは、確実に情報を持ち帰れる事。
だからこそ、最高精鋭と言える示現体に、命運を託す。
彼女を送り込んだ人々はそんな気持ちで見送ったらしかったのだけど……。
その初霜ですら、二度と戻ってくることは無く……続いて、送り込まれた艦艇は、尽く帰らなかった。
彼女達の運命はもはや知る余地もないのだけど。
敵の組織戦能力を見る限り、インセクター同様の扱いを受けて、始末されてしまった可能性が高かった。
もちろん、別の可能性も考えられなくもないけれど……。
この世界の軍勢と直接戦った私なら、断言できる……この世界の軍勢は恐ろしく強大だった。
実際、先の戦闘では解析機関の未来予測能力を以ってしても、この世界の軍に良いようにやられてしまった。
あの極悪な飽和攻撃を仕掛けてきた追手から逃げた先に、戦艦と空母からなる艦隊が待ち受けているとは……。
護衛艦の一つも付けない戦艦と空母なぞ鎧袖一触と侮っていたのだけど……。
あれは、要するに時間稼ぎの囮だった。
せめて空母を無力化出来れば良かったのだけど……あの旧ドイツ軍のスツーカのような戦闘機の奇襲の前にその目論見は潰えた。
と言うか……あれはもう理不尽な化物としか言いようがなかった……何あれ?
解析機関がアンノウンとか言い出すとか、意味が解らない……あんなのをどうにか出来るわけがない。
そのスツーカを皮切りに、続々と援軍がやってきて、晴嵐も全滅させられ、挙句の果てに、こちらの逆位相音響隠蔽システムすらも破られて……。
トドメとばかりに、弾薬切れと判断し、放置していた旧アメリカ系の潜行艦のまさかの体当たり攻撃で強制的に浮上させられた上に、自滅覚悟のゼロ距離攻撃……さすがに、あれはどうにもならなかった。
とは言え、異星文明との接触は私も想定しており、艦体の撃沈も想定の範囲内ではある。
異星文明の技術力も銀河進出を果たすほどなのだから、我々と拮抗するレベルであろうと予想されてはいたが、まさかエーテル空間戦闘艦すら同じようなものを使っているとは思わなかった。
エーテル空間でもっとも頼りになるのは、実弾砲戦兵器。
これは数多くの実戦を通じて、判明していた事だった。
だからこそ、ロストテクノロジーたる実弾兵器を使った最後の戦争、第二次世界大戦時の軍艦の再現……それすらも同じ発想とは恐れ入った。
切り札として用意していたエーテル空間用の荷電粒子砲についても、連中は優秀な防御兵装を備えていて、無力化されてしまった。
あんな物を装備しているとなると、奴らの軍勢ではエーテル空間戦用の荷電粒子砲が実用化されていて、各艦の標準装備となっている可能性も想定された。
我々ですら、荷電粒子砲については、エーテル空間での直進性の問題がクリアされ、120mm口径のものがようやっと実用化されたばかりなのに……。
あれだけの大出力、電磁界フィールドとなると、大口径荷電粒子砲すら実用化、それを想定していたと見て間違いなかった。
恐ろしく強大な敵だ。
……総合力ではむしろ我々よりも上、そう認めざるを得なかった。
それに、その世界の成り立ちも、歴史も極めて酷似していた。
所謂、平行異世界……パラレルワールド……事前に入手できた情報から、その可能性が高いと言われていたのだけど、こうやって直にその歴史に触れて、調べれば調べるほどそれは確信に変わった。
歴史の流れとしては、紀元1900年代半ば、第二次世界大戦まではほとんど同じで、そこからの流れが大きく違うようだった。
我が桜蘭帝国の大本となった国……大日本帝国。
私達の世界では、大日本帝国は世界大戦の勝者とは言い難いものの、少なくとも負けることは無かったのだけれども。
……こちらの世界では、徹底的に打ちのめされた挙げ句の敗戦国となっていた。
けれども、その結果……軍国主義から平和主義国家への大幅な方向転換。
……それはやがて銀河進出と戦争根絶と言う大きな流れへの源流となっていった。
この世界は私からすると羨ましくなるような平和な世界だった……。
数百年もの長きに渡って、戦乱の一つもなく平和で穏やかに統一された世界。
インセクターはこの世界にも現れているようだったが……確実な水際撃破で、その大規模進出を食い止めている様子だった。
私達の世界では……人類はコリドールの発見による銀河進出後も戦いを続け、世界大戦規模の戦いも幾度となく繰り広げられ、インセクターの侵略を受ける直前まで第17次世界大戦を繰り広げていたような有様で……母星たる地球も太陽系もとっくに連絡途絶状態で……もはや誰にも顧みられることすらない。
度重なる戦乱とインセクターとの戦いで、私達の世界の総人口もこちらの世界の1/10以下にまで激減してしまっている。
こちらの世界の人口は3000億と言う途方もない人口なのだけど。
我々の世界は、桜蘭帝国では総人口は20億を切っており、最大勢力のブリタニアですら、100億には届かない。
すべての勢力の人口を合わせたところで、300億にも届かないだろう。
もちろん、孤立してしまった星系にも多くの人々が取り残されていることが予想されたのだけど。
もはや彼らを救うすべはない……隔絶されたまま、物資が底を尽きるまでの間、緩慢なる破滅の道を歩むか……或いは衰退しつつ世代を重ねていくのか解らないが……すでに失われたものとして、カウントされていた。
私達の世界は……何もかもが遅かったのだ。
手を取り合うのも、インセクターへの対処に乗り出すのも。
それでも、インセクターという共通の敵の前にようやっと一つにまとまり、先進古代文明のテクノロジーを応用した私達新型エーテル空間特化戦闘艦の建造、そして新たなるコリドールの発見にようやっと僅かな希望を見出した……それが現実だった。
そう……私達の世界は滅びに瀕している……コリドールの分断はその程度には致命的だった。
こちらの世界の人々には恨みはないが……。
私達は最後の希望たるこのセカンドコリドールを、戦って奪い取る事も辞さない構えであり、少なくとも桜蘭帝国議会は、この世界セカンドコリドールを実力で奪い取る侵略戦争の実施を決定している。
我が桜蘭帝国が意図的にエーテル空間戦闘艦関連技術を漏洩させたことで、その戦力を回復させた他国も桜蘭の動きに追従するのは、確実視されていた。
もちろん、お互いを滅ぼし合うような殲滅戦争まではするつもりはない……そんな事になんら意味はない。
戦争とは、相手を滅ぼすのが目的ではないのだから。
……あくまで、コリードールの利用権を獲得するのが私達の戦略目的。
まずは分断された世界を再び繋げること、それが最優先とされていた。
けれども、こちらの世界の人々も自分達の生命線とも言えるコリードールを安々と譲ってくれるはずもなかった。
だからこそ、こちらの世界の軍勢と戦って勝利を重ねた上で交渉して、少しでも有利な条件を勝ち取る。
私達の世界では、常識的な外交手段……その為の下準備が私の役目だった。
とは言っても、私の現状としては、具体的な行動に出れる状況ではなかった。
この戦闘艦艇示現体は、とにかく生存性を最優先に作られていて、基本的にちょっとやそっとでは破壊されないようになっているのだけど……。
戦闘力自体は生身の人間よりは遥かに高いとはいえ、根本的に火力も防御力も不足している。
所詮人間サイズでは、100mを超えるエーテル空間戦闘艦艇相手では、全く歯が立たない。
その上、敵にも同じようなヒューマノイドユニットがいて、戦闘力的にも互角となると……もはや、私の優位性というものは殆ど無い。
おまけに、この中継ステーションは軍港のような役割もあるようで、警備体制はザルながら駐留艦隊もいて、更に増強される様子だった。
私の伊400本体の方は、この流域のエーテル流体面の深部で自力再建中……。
本国の工廠なら全損状態からでも数日で再建できるのだが、漂流してくるデブリを取り込みつつの自前での再建なので、かなり時間がかかってしまった。
けれども……この一月ほどの潜伏期間中に8割方修復は完了しており、無理をすれば出撃は出来なくもない。
とはいえ、出撃してどうこう出来る訳でもなければ、帰還の当てもない。
偵察活動自体は十分すぎるほど情報を入手で居ているので、この情報を持ち帰る事。
それが出来れば最善なのだけど、状況的に、それは非常に困難を伴う。
なにせ、この流域から私達のコリドールへ繋がっているエーテル流体面下奥深くの示現穿孔までは、敵の基地やら巡回艦隊やらをいくつもやり過ごさなければならない。
伊400系潜行艦は隠密性が高い上に母艦能力も持つ秀逸な艦なのだけど……単独で艦隊規模の敵と戦えるほどではない。
こちらの逆位相音響システムもあっさり無力化されてしまったし、複数の駆逐艦が相手だと手に余る……無理に本国帰還を目指すのは自殺行為。
こうなった以上、スリーパーとして市民生活を送りつつ情報を集め、味方の来援を待つと言う方針がベストと判断している。
なにより、せっかく手に入った安住の地……これを自分から放棄するような真似はしたくない。
……正直に言うと、私はこの世界と生活がすっかり気に入ってしまっていた。
居心地がいいのだ……この世界は。
いっその事、皆、こっちの世界に迎合して移住させてもらうのも手なんじゃないかって思い始めているくらい。
この世界の人達は……何と言うか……とても愚かしくも優しい。
向こうの世界では、私は誰からも優しくなんてしてもらえなかったのに……。
誰かから、必要とされて、朝会えばおはようと笑顔を向けられる……だから、私も心からの笑顔を返す。
せっかく、ヒューマノイドインターフェイスを起動して、自由に動けるようになったのだから、少しくらい人としての生活を堪能したってバチは当たるまい……とか、考えてしまうのは、軍艦失格かもしれないけど。
正直、人間に憧れてたのは事実だし、来る日も来る日もインセクターや他国の同胞と戦い続ける日々に、うんざりしていたのも事実。
この任務に選ばれたのも、偶然だったのだけど。
それは、ひとつの僥倖だったのかもしれない。
だから、私は当面、このどこか緩やかな毎日を……大事にしたい。
心からそう思っている。
……ああ、お茶が美味しい。
なんか、幸せっていうのはこんななんじゃないかなって思うな!
「おおーい! イオンちゃん、ヘ、ヘルプーッ! ごめん、すぐにレジ開けてーっ!」
あ、ナガノ店長が呼んでる……休憩終わりっと。
そう言えば、今日はどこぞの艦隊が輸送艦ぞろぞろ引き連れて、入港するって話だったっけ。
……コンビニ007は、今日も忙しくなりそうだった。




