第十六話「遠い世界(くに)から来た彼女」①
「まいど、ありがとうございましたー!」
そう言って私はペコリと頭を下げて、精一杯の笑顔を浮かべる。
お昼過ぎの混雑もようやっと一段落。
レジに出来ていた行列も解消……思わず大きく伸びをする。
この後は、すっかりあちこち心許なくなってしまった商品棚の補充……まったく、コンビニバイトは休む暇なし、是非も無し。
「……いやぁ、やっと落ち着いたようだね……イオンちゃん商品補充はいいから、そのまま休憩入ってもいいよ」
ひとまず、ストックを取りにバックヤードに向かおうとしたところで、店長のナガノさんが、少し疲れた顔でそう声をかけてくる。
「あ、はい……解りました! ありがとうございます……けど、店長だけで大丈夫ですか?」
思わず、ビシっと軍隊式の敬礼をしそうになって、ポリポリと頭を掻いて誤魔化す。
「ああ、今のでお客さんも捌けたみたいだからね……とりあえず、今のうちに少し休んでてもらわないと。それに女の子をあまりこき使っちゃうと、お役所やSVに怒られたりするからね。僕なら、まだまだ平気さ……48時間ぶっ続けなんてなってた時に比べたら全然楽勝っ! 本当に君には感謝してもしたりないくらいなんだ。それと、肉まん一個持ってっていいよ……もう全部入れ替えちゃうつもりだったし、お腹減ったでしょ?」
「……実はちょっと小腹が空いてきてました……! ありがたく頂戴しますね。んじゃ、お言葉に甘えて休憩入りまーす!」
やったラッキー!
肉まんをもらって、バックヤードに入ると、備え付けの椅子に腰掛ける。
肉まんを一口……冷蔵庫のお茶のペットボトルを紙コップに注いで、ゴクリと飲む。
「はわぁ……生き返りまするぅ……」
思わず、気の抜けた声と共に緩みきった顔になってしまっているのが鏡に映っている。
いやいやいや……労働の対価の報酬を堪能とかやってる場合じゃなかった。
でも、誰も見てないし……ま、いっかー!
私の名前は、イオン・セレナーデ。
桜蘭帝国軍エーテル空間戦闘艦、潜水空母伊400のヒューマノイドバックアップユニット。
戦闘艦艇示現体とも呼ばれている。
先の戦闘で本体が戦闘不能となり、緊急事態発生と言うことで私は目覚める事となった。
見た目はダークブラウンの髪の日本人風の女の子。
本来、腰まである長い髪はツインテールにしてまとめてる。
服装は……このコンビニ007の制服の青と緑のストライプの上下。
ちょっとスカートが短いような気もするけど慣れた。
お客さんからは、看板娘なんて言われてるけど、悪い気分はしない。
私が目覚めた時点で、伊400は完全に敵の包囲下にあったのだけど……敵がトラップにかかってくれたので、ここぞとばかりにジャミング弾をバラ撒いて、温存していた白兵戦ユニットを集中投入!
白兵戦ユニットも艦体も敵の猛反撃で完膚なきまで破壊されてしまったのだけど……結果的に艦を敵に鹵獲されることは防げたし……。
それで、敵の包囲網に隙が出来たので、何とか脱出に成功した。
引き換えに艦体は全損してしまったのだけど……バックアップユニットたる私が無事なのだから、問題はない。
敵は勝ったと思ってるかもしれないけど、私としては大勝利以外の何物でもない。
戦場とは、最後まで立っていたものが勝者なのだ。
敵は私一人に駆逐艦クラス二隻と、私と同じ示現体を二体も投入してきていた。
エーテル流体面下に潜りながら、戦闘の様子を見ていた限りでは……いずれも白兵戦ユニットを苦もなく葬るほどの戦闘力……正面からの強行突破狙いだったら、確実に返り討ちだっただろう。
しかし、困ったのはその後。
ちょっとした都市クラスの巨大中継港……記憶データにある桜蘭のものよりも遥かに大規模で、まるで迷路のように入り組んだそれは、逃げ場も隠れ場所もいくらでもあったのだけど……。
問題は生体バックアップユニットたるこの私の生理的機能にあった。
艦艇ユニットとの接続中は生命維持装置のおかげで、その辺りは気にもならなかったのだけど、この示現体の姿だと、人並みにお腹も空くし、寒かったり暑かったり眠くなったりと、何かと面倒な事だらけ。
かろうじて持ち出せたサバイバルキットの携行食料も尽きて、当てもなく彷徨っていたところで、この24時間営業のコンビニを発見。
これでも一応敵地潜入工作も想定されていたので、一通りの人間世界や地上世界での常識は身に付けていたのだけど……。
敵地での活動資金などあるわけもなく無一文。
エーテル空間では夜も昼も無いのだけど、人間はそうもいかない……。
深夜設定の時間帯にもなると、人気もなくなり店員も一人と、実に不用心。
そこで、店員を無力化した上で、食料やお金を強奪しようと目論んだのだけど……。
結果は……空腹のあまり、店に入るなりダウンと言う体たらく。
まともに言葉も通じない上に、こちらはその辺に捨てられていたボロ布をまとっただけと言う異様な風体。
もはや当局に通報され、虜囚の身もやむ無しと覚悟していたのだけど……。
何やら同情されてしまったらしく、衣服や食料を施された挙句、身振り手振りを交えながら、人手不足のこのコンビニの店員として働くなら、衣食住を提供してくれると言うので、その取引に応じることにした。
そして、この一ヶ月ほど……私はこのコンビニ007で真面目にお仕事をしながら、この地の言葉や習慣も覚え、平凡な一市民として過ごしつつも、情報収集に努めていた。
……ここの店長のナガノ氏は極めつけレベルのお人好しな上に、実に脇が甘い……私が敵性工作員の可能性などこれっぽっちも考えておらず、家出少女か何かだと思っているようだった。
もし、桜蘭帝国本国で同じようなケースが発生したら、特高警察が群れをなして押し寄せてくるはずだった。
工作員は良くて捕縛……大抵は厳しい尋問の末、獄中死と言う運命が待っている。
悪ければ、その場で問答無用で射殺……疑わしきは罰するがモットーの特高は容赦がない。
それに引き換え、この国の治安機関は……あからさまなよそ者の私に対しても「可愛い新人じゃないか」の一言で終わり……ホント、ザルすぎ、危機管理と言う概念すら無いのかと呆れるほどだ。
最初は隙を見て、店長を始末するつもりだったのだけど……。
むしろ、隙がありすぎて、いつでも始末出来ると言うことに気付いたので、当面利用する事にした。
それに……私だって恩義の一つくらい感じる心がある……一宿一飯の義理と言うやつだ。
うん、恩義とその利用価値を鑑みて、冷静に判断した結果なんだからね!
もはや、そこには非情にして、冷徹な計算しか無いのだ。
余程信頼されているのか、物品発注の仕事までも私にもやらせてくるようになった……。
端末の操作自体は簡単で、すぐ覚えたのだけど……。
私が入力する桁を一個間違えただけで、大問題が起こったりするはずなのだけど……良いのだろうか?
けれど……なにより、重要だったのは……。
この商品発注端末が銀河共用ネットワークに接続されていた事だった。
私達の世界にも似たようなものはあったのだけど……長年お互い敵対してたような間柄なので、自国内のみの完結したネットワークが精々。
こんな全銀河、全人類を繋げるようなものはなかっただけに、私の衝撃は計り知れなかった。
当然ながら、情報収集もしたい放題。
端末自体は、商品発注に特化されていたのだけど。
私は、電子浸透強制アクセスと言う手段で、端末経由でネットワークと私を直接ダイレクトリンクすることで、その広大なネットワーク空間を自由にアクセスできた。
セキュリティについても、示現体の強力な演算力を持ってすれば、無いも同然。
住民データベースの改ざんもいとも簡単に出来てしまったし、様々な情報を好きなだけ入手することが出来た。
元々強行偵察ミッションを受けていた私にとっては、何のリスクもなくその場にいながらにして、この世界の情報を入手できるこの環境は値千金とも言えた。
これは、むしろ理想的な状態と言えた。
そして……私はこの世界の全貌を少しづつ知っていった。
……私達の世界は、2つのエーテル空間を隔てたこの世界とは似て非なる異世界とも言える世界。
古代先史文明の遺産……銀河をつなげる超空間回廊。
こちらでは「エーテルロード」と呼ばれているようだったが、私達はそれを「コリドール」と呼んでいた。
そこへ侵略してきた異星起原生命体……インセクターとの戦いで、私達の世界のコリドールはボロボロになり、要所をインセクターに占拠されることで、各国家間はいたるところで分断されてしまった……。
だからこそ、私達の世界では、もう一つのコリドールの発見に湧いた。
そんな訳で、異世界からの尖兵。
伊四〇〇こと、イオンちゃん登場! ……と思ったら、予想外にゆるい。
彼女は単艦偵察ミッションで侵攻してきてはいたのですが。
島風、大佐、ハーダーとすごいメンバーにフルボッコにされて、まんまと返り討ち。
……頭脳体だけは命からがら脱出……色々あって、コンビニバイトの身。(笑)
彼女達の世界は色々と問題ありまくりなので、もう何もかもが斬新。
真面目な軍人かと思ったら、とんだポンコツガール。(笑)
ちなみに、彼女のいた桜蘭帝国は戦前日本の覇権主義がそのまま維持されて、宇宙時代に突入してしまったような傍迷惑な軍国主義国家。
イオンちゃん達は、こっちの艦艇頭脳体の娘達と同じようなもんなんですが、扱いとしては……フレキシブルに動ける非常用バックアップ装置のようなもんです。
つまり、人間扱いされてない艦艇のパーツの一つとみなされてます。
ある意味、敵地で野放しになってしまったので、自前で生活基盤を作って異世界ライフ。
なんか、居心地いいし色々堪能中……お前どうすんだよ。(笑)




