第一話「紳士提督と彼女の始まりの物語」⑤
3週間後……。
ケプラー20星系とエーテル空間を繋ぐ、中継ステーションの軌道ドックに私はいた。
隣を歩くのは、私の胸の高さ程度しかない小柄な少女……駆逐艦頭脳体……名を初霜という。
あの時、阿修羅のように暴れまわっていたのが嘘のように、今では私の隣でご機嫌そうに微笑んでいた。
こうしてみると本当にただの小さな美少女だった……。
彼女が無差別にあの近辺を通る船に襲いかかっていた理由についてだが……。
これがいまいち判然としなかった。
彼女の正体は全くもって不明。
星間連合軍の艦艇建造記録には、駆逐艦初霜の名は存在しなかったそうだ。
ただし、回収された駆逐艦初霜の艦体に使われていた技術は、既存の技術と変わらぬ物が多く使われており、何処かの企業か星間国家が秘密裏に建造した可能性が高いと言うのが最終的な結論だった。
もっとも、そのソフトウェア関連は未知のものが使われており、搭載兵器も未だ実験段階にある電磁投射砲などが使われているらしかった。
それに加えて、初霜には戦闘艦頭脳体の感情や思考を抑制する措置が行われていた形跡があったそうだ。
戦闘艦艇頭脳体をより、戦闘兵器として効率よく運用する為のシステム。
そのシステムの影響で、自我を失った状態で彷徨い続け、当たるを幸いに攻撃を仕掛けていたのではないか……と言うのが技術者達の見解だった。
つまり、彼女達、戦闘艦艇頭脳体を純粋な戦闘マシーンとして仕立て上げる……そんな非道な実験の被害者……だったのかも知れない。
その話を聞いた私は怒りを禁じ得なかった……。
だが……良いこともあった。
彼女自身は暴れまわっていた時や、それ以前の記憶をほとんど覚えていなかった。
悪い夢でも見ていた……それなら、そういう事で良かった。
なにより……私の功績が認められて、彼女の配属先が私の要望に沿った物となる事になった。
未来人達も、アトランタ達戦闘艦艇頭脳体の者達も、彼女については、極めて同情的で、初霜が人類に対して敵対心などを持っていないことを理解し、その身柄を全面的に私に預けると言う話となった。
強力な戦闘力を持つ戦闘艦の頭脳体と言えど、メンタル的には人間の少女と大差ない……。
だからこそ、言うことを聞かせるには、その信頼を得るというのが極めて重要。
その信頼関係という面では、私と初霜は十分なものが出来ている……そう判断されたのだった。
私は、彼女達と共に戦う為に、この未来世界で、第二の人生を歩むこととなったのだから……悪い気分ではなかった。
「さて、初霜君……久しぶりの再開早々、早速だが……。いいニュースといいニュースがあるのだが、どちらを聞きたいかな?」
「なんですか? 少佐さん、普通は悪いニュースと良いニュースなのではないでしょうか?」
何を言っているのか解らないと言った様子で初霜が答える。
たしかに、私も何を言ってるのか良く解らない。
「困ったことに、悪いニュースが無いからね……。まず、私の配属先が決定した。私はこのケプラー20星系中継ステーション所属の独立駆逐艦隊の指揮官として着任するよう正式に辞令をもらった。ここは、辺境ながらも重要拠点のひとつでもあり、地上世界も惑星改造の結果、地球と同じような環境が実現しつつあるらしい。……おかげで美味い食材も手に入る……なかなか良いところだろ?」
「おめでとうございます……ですよね?」
「ああ……とりあえず、駆逐艦のみで構成された小艦隊だがね……。当面はこのケプラー20星系を活動拠点とする予定だ」
「わたしは……艦体自体は修復、再建出来たんですけどね……。今後の処遇がどうなるか……まったく聞かされてません。なんか、色々やらかしちゃったみたいですからね……」
彼女の処遇については、色々紛糾したと聞いている。
彼女の仕業と思われる遭難事故は、詳しく調査した結果……二桁以上に達していたとの事で……先の戦いでも、前衛艦隊で無事だったのは雷くらい……。
あの異常なまでの戦闘力は……艦自体の性能もさることながら、彼女の戦闘艦としての苛烈な戦場の記憶故にと言うのも大きいだろう。
実際、並の艦では手に負えなかった……まさに武勲艦故にということだった。
だからこそ……私は戦場で命を預ける者として、彼女を選ぶことに決めていた。
「ああ、そこで君に頼みがある……私の艦隊に入ってくれないかな? 最初のメンバーということで、君が私の乗艦……つまり、旗艦と言う事になるのだがよいかな?」
私がそう言うと、初霜はしばらく固まり、続いて顔を真赤にさせる。
「いいんですか? わたしなんかで! 初霜は……狭いし小さいですよ? もっと大きな艦の方が相応しいのではないでしょうか?」
言いながらも弾んだ声……素直で良い娘だ。
どっちにせよ……すでに決定事項なんだけどな。
色々とケチをツケたがる未来人のお偉方に、そんなに心配なら、私が一切合切の面倒見ると……そう一喝したのだ。
彼女が何かしでかしたら、その責任は当然、私が被ることになるのだが……そんな事は些細な事柄だった。
「一応、艦隊母艦として500m級の両用輸送艦を一隻拝領しているんだが……デカいし遅いしで、通常空間ならともかく、エーテル空間では正直使いものにならん。先の戦闘で、痛感したからな……エーテル空間戦闘は小型艦に限る……。どうせ司令部なんて御大層なもんはないからな……当面は司令部要員も私だけだから、問題にはならないだろう。ああ、あと私のところに来れば、スイーツが食べ放題だぞ……悪くないだろう?」
「少佐が差し入れてくださったクッキーやケーキ……美味しかったですっ! 食事が出来る身体があって、心から幸せ……そう思っちゃいました! はい、では……謹んで拝命させていただきます。……あ、スイーツにつられたんじゃないですからね! えっと……とにかく、何かと不束者ですが……よろしくお願いします」
なんだか、三つ指でも突きそうな勢いの初霜だった。
余談ではあるが……彼女は私のスイーツを泣きながら食べていた……。
「生きててよかったです……」
……と、そこまでの反応をされると職人冥利に尽きるというものだった。
何と言うか……私にとって、彼女はパーフェクトだった。
無茶をやった甲斐はあったのだ。
「ああ、よろしく頼む……ついでに、ひとつサービスしてあげよう」
そう言って、私は初霜をヒョイと抱きかかえる。
いわゆるお姫様抱っこ状態だった。
「きゃあっ! こ、こんな所でいきなり何するんですか!」
「迷惑なら、下ろすけど……何となく、これやってみたくなった。……なんだ意外に軽いな」
背丈は120半ば……体重は20kg台ってところか……まるで紙束でも抱えてるようだった。
姿勢が不安定だったようで、ギュッと抱きつかれる……。
怯えてるような嬉しいような微妙な表情。
「うぁうぁ……あのっ! そのっ! えっとっ……め、迷惑じゃないので続けてください!」
照れながら、そんなことを言う初霜。
やはり、可愛い……うむ、パーフェクトだよ!
「提督さん、何イチャラブしてんの……久々に会って、早々になんとも見せつけてくれるね……。そう思わないかい、雷」
聞き覚えのある声……電だった。
……そう言えば、ロバート艦隊の任を解かれ、先程ここに到着したと連絡があったのをすっかり忘れていた。
まぁ、要するに、私の艦隊の初期メンバーの残りが彼女達だった。
出迎えに行くつもりだったのに、こいつら早々に上陸してきたということか……このせっかちさんめ!
「見せつけてくれるよね……電。でも、初霜ちゃんだっけ? ……何それ、羨ましす……。提督さん、私にもそれやってください! 女の子的には憧れなんですよ……お姫様だっこ。やってくれないと後日、寝てる所に忍び込んでその髪の毛、エイヤッと毟ります」
電の背後から雷がひょっこり顔を出して、前に出ると両手をバンザイにして、抱っこしろのポーズ。
なんだその脅迫は……と言うか、髪の毛毟るとか止めて下さい……死んでしまいます。
初霜をおろしてやって、仕方なしに雷を同じように抱きかかえる。
同じように腕を首に回して、ぴっとりくっつく雷。
と言うか、顔が近い……そんな潤んだような瞳で見つめられると、正直困る。
それにしても、細身でスマートな初霜と対象的に、雷は何と言うか全体的に柔らかい。
ちょっと重いなんて言ったら、怒られそうだが……よく見ると胸もちゃんとある。
いかんいかん、私はNoタッチ主義なのだ……だが、これは脅迫されてやむ無しといった所なのだ。
お姫様抱っこだとお尻を抱えてしまうのは不可抗力……なのだが、左手を動かして、サワサワと撫でたい衝動に駆られる……。
だがしかしっ! ここで、獣欲に支配され紳士道を踏み外すようでは、私は死ぬしか無い……こんな時は素数を数えるんだ!
(3、5、7、11、13、17、19、21……いや違う次は19の次は23だ……)
……気がつくと初霜がほっぺたを膨らませながら、雷と睨み合っていた。
妙に勝ち誇ったようなドヤ顔で挑発する雷……。
「あの……だな? 初霜、君の僚艦となるのがこの二人だ……喧嘩とかしないで、仲良くして欲しい」
そう言って、雷を下ろすと名残惜しそうにスカートの裾を直しながら、微笑んで再びドヤ顔。
だから、そう言うのはやめて……巡洋艦をノックアウトした初霜の腕っ節を知らんのか……まったく。
「まぁ、あの時はあたし、初霜にワンパンで落とされちゃったからね。いやぁ……武勲艦連中は強いって聞いてたけど、正直舐めてたね……。でも、別に恨んじゃいないし、仲間って事なら頼もしい限りだよ。ここはひとつ、仲良くしようか!」
そう言って、電は微笑むと初霜に握手を求める。
躊躇いがちにその手を握り返すと初霜も微笑みかえす。
電の良いところはこう言うところなのだろう……ガサツなようで、ちゃんと気を使える。
逆に雷……普段はいい娘なのに、意外と腹黒い。
ああ、電もそんな事を言っていたな……何か納得。
「そうだね……電。初霜ちゃん、よろしくね……でも、提督の独り占めは許さないから!」
「はい……でも、さっきみたいにかわりばんこにすれば、解決……ですよね?」
満面の笑顔でそう返す初霜……この娘には独占欲というものが無いのか?
いい娘だ……雷よ……眩しかろう? この笑顔。
なにやらしばし、葛藤するようにキョロキョロと初霜の目線から目をそらす雷。
やがて、観念したかのように、笑顔と共に初霜の手をにぎる。
「じゃあ、そういうことで……確かにあんたが味方なら頼もしい限りだからね! はっきり言って、二度と敵になんか回したくないっ! 雷電ツインズを今後共よろしくってことで!」
電がそう言うと待ってましたとばかりに雷が初霜に抱きつく……それを見て、電も同じように抱きつく。
困ったような顔で二人を抱き返す初霜。
おおお……まさに天使たちの戯れ……そう名付けたいような光景だった。
うんうん……私は君達がそうやって、仲良くしているのを見るだけで、幸せなのだよ。
今日は、フランカ産の天然小麦粉が手に入った事だし、私の特製スイーツを振る舞うとしよう。
合成品もそこまで悪くないのだが……やはり、食材は天然モノに限る。
我が至高の芸術作品の虜になると良いぞ!
「では……私からも改めて、よろしく頼むよ! では、諸君お待ちかねの私のスペシャルスイーツをご馳走しようではないか! ついてくるといいぞ!」
「「「わかりましたーっ! やったぁっ!」」」
三人の声が見事にハモった。
――私の名は、永友魁一郎。
我が座右の銘は「愛は力なり」。
そして……それにもう一つ加えたいと思う。
「美少女愛、すなわちそれは紳士道!!」
我々の旅はここから始まるのだ――