第十三話「深く静かに未知との遭遇」②
戦術マップを見ると、ハーダーの放った魚雷が半包囲するように敵潜行艦へ向かい、その後を追う爆雷群。
自律機動爆雷……対潜行艦用に開発された特殊兵器。
プログラマブルに予め航行コースを指定……ある程度の距離まで迫るとアクティブソナーで敵艦を追尾し自爆して吹き飛ばす……凶悪な兵器。
速度を出せないのが欠点ながら、エーテル流体中で三次元機動ホーミングを実現出来た画期的な兵器だと聞いていた。
潜行艦で潜行艦を潰す……これまで黒船の潜行艦はフロッグ級のようなあまり深く潜れない出来の悪い潜行艦ばかりで大した脅威ではなかったのだけど……。
将来的に考えうる脅威ということで、第9潜行艦隊では密かに対潜行艦戦術が研究されていて、この二人はそのエキスパートと言う話だった。
艦隊司令が元自衛隊の潜水艦乗りだとかで、そんなことをやっていて、新兵器なんかも独自開発していたらしい……。
何とも用意周到で感心する話だった。
伊達に主力艦隊の一角シングルナンバー艦隊じゃないって事かしらね。
……不意に敵機の攻撃が止む……見ると残りの二機が離脱していく様子が見えた。
戦闘中に何か投下したのが見えたのだけど……こちらへの攻撃を諦めたと言うことなのだろうか?
あれほどの手練がイヤにあっさり引き下がった事に違和感を覚えつつ、私は眼下の潜行艦同士の戦いに注目する。
敵機の攻撃がやんだのなら、こちらはアクティブソナーによる情報支援に徹するのみ。
けれども、アクティブソナードライバは、敵影ロストの信号を返してくる。
更に、唐突に水中に響く重低音によるパッシプソナーのホワイトアウト。
艦体を経由して、ビリビリと振動が伝わってくるほど。
……何が起きた?!
「くそっ! やりやがった……野郎、重音響爆雷を使いやがった! パッシブはしばらく駄目だ! なんで、そんなもん持ってんだよっ! こっちの最新兵器じゃねぇかっ! ……島風! なにやってんだ! アクティブソナーはどうしたっ?! エコーが返って来てねぇぞ! くそっ! 魚雷接近警報だとっ! 島風、アルゴっ! 撃って来てるぞ! 魚雷が来てる! ちくしょうっ! どこだぁーっ!」
ハーダーが焦ったような叫びにも似た声を発する。
「アルゴノート! 魚雷検知……2時方向っ! 回避っ! 急いでっ!」
かろうじて、アクティブソナーが、ギリギリのタイミングで迫りくる魚雷を捕捉!
……さっき晴嵐が落とした奴? 敵艦とは全く違う角度から来ている上に、更にその機動は明らかに多角的に移動している!
まさか! これはホーミング魚雷っ?!
「うそっ! ベント緊急開放っ! 潜行っ! 潜行ーっ! ま、まにあってくださーい!」
アルゴノートが緊急潜行での回避号令。
ほとんど、その直後に魚雷の爆発音!
「おいっ! アルゴッ! 無事か! 返事しろーっ!」
あからさまに狼狽するハーダーの叫び声が響くっ!
「ふぁあああっ! 私、生きてる……って、ほにゃああああっ! ……いやぁあん……。」
なんで、そこで艶っぽい声出すの? アルゴノートさん?
それはともかく……後先考えない緊急潜行でかろうじて魚雷の直撃は免れたようで、健在っ!
「大丈夫! アルゴノート、健在っ! ハーダー……まずは落ち着きなさい! 敵はクレバーよ……黒船相手と同じなんて考えちゃダメ! こちらと同レベルか、それ以上の格上の相手と考えなさい! いい? こっちの動揺に付け込んでくるよっ! 案の定、第二波来てるっ! 今度はそっちが目標……グズグズしないで避けろっ! 敵魚雷は誘導してくるから、ギリギリまで引きつけて一気に増速回避っ! こっちも向こうへ牽制を放つから、その隙に早く態勢を立て直して、反撃っ! 手ぇ緩めるなっ!」
「誘導って……ホーミング魚雷かっ! くっ! ダウントリム30! フルスロットル!」
ハーダーが潜行しつつの急加速で魚雷群を回避! どうやら、ホーミングと言っても誘導性能は低いらしい。
引きつけてからの増速回避で回避は可能なようだった……! ハーダーもノイズだらけでパッシブが使えない状態でよくやっている。
こちらは先程ロストした位置情報と、エーテル流速、敵艦の行動パターンから算出した敵艦の予測未来位置へ、飛翔魚雷を放つ!
「喰らえっ! こうなったら、出し惜しみなし! 飛翔魚雷ワンパッケージ36連全部持ってけ!」
潜行艦にとって、一番目障りなのは駆逐艦のアクティブソナー。
だからこそ、私がまっさきに狙われたし、重音響弾なんて使って、こっちの耳を殺しに来たんだ。
そして、不自然なアクティブソナーのロスト。
向こうは恐らく、逆位相の音波シールドのようなもので、アクティブ・ソナーのピンガーを中和してる様子……確かに駆逐艦と潜水艦で連携する際、味方の潜水艦の位置バレ防止でこっちも使ってる技術なんだけど……。
それは、こっちのアクティブソナーの波長が解ってるから、味方も対応できるのであって、ここまで完全にエコーを消すとか、どうなっているのやら。
周波数変調をかけたり、パルス発信とパターン変調をかけているのだけど、相変わらずエコーが来ない。
これはもうハーダー達より高度なシステム! 完全に黒船とは別格の相手!
いずれにせよ……これはもう、味方の潜水艦のトップクラスを相手にしてると想定しないと。
こうなったら、対抗戦術としては相手の予想を上回るオーバーキルレベルの飽和攻撃で身も蓋もなく片付ける! それしかないっ!
「アルゴノート、無事なんでしょ? ノビてる暇なんてないよっ! そっちの機動爆雷のコースを今すぐ変更っ! 急いでっ!」
返事を待たず、アルゴノートへ機動爆雷のコース変更を打電。
「ふぁい! アルゴノート健在ですっ! 大丈夫です! パンツ一枚になってても私、頑張ります! 命令受領しましたです……! あっちこっちガタガタですけど、やっちゃいますっ! 機動爆雷指定座標への移動コマンド送信しましたっ!」
パンツ一枚って……ああ、さっき騒いでた時……エーテル流体でもひっ被ったんだろうね。
私ら頭脳体は、超強力なパーソナルシールドで身を守られているから、エーテル流体に浸かったって平気なんだけど。
服まではそうはいかないのよね……。
けど、そんな事気にしてる場合じゃない。
ウロウロ迷走してたアルゴノートの機動爆雷の座標が敵艦の予想位置の至近に迫る……起爆タイミングとしては今がベスト!
「アルゴノートっ! 機動爆雷を起爆! 今っ! ハーダーッ! こうなったら、追い打ちでそっちも魚雷ありったけぶっ放せ! ……起爆タイミングはこっちの飛翔魚雷の着弾にあわせろっ! 指定座標送る! こうなったら隙間なくふっ飛ばしてやるんだからっ!」
「座標データ受け取ったよ! 解った! 魚雷残り全弾射出! ここが正念場って奴かっ! いけーっ!」
敵艦予想位置で機動爆雷が起爆……続いて、多段式に起爆深度を調整した飛翔魚雷が立て続けに着弾、起爆!
もはや沸騰したようになった敵艦予想座標で、更にハーダーの魚雷が起爆!
「……やったか? 島風……お前、無茶苦茶やるなぁ……。さすがにここまでの広範囲飽和攻撃……無傷で済むわけがないよ……おっかねー」
ハーダーが呟く。
常識的に考えると、この過剰と言える飽和攻撃……確実に巻き込んだはずなのだけど……。
「こちらアルゴノート! パッシブソナー復旧しました……敵艦ノイズ捕捉! 冗談ですよね……あんなの食らって持ちこたえるなんて……でも、様子がおかしいです。……敵艦反転、離脱コースを取りました……それと私、沈降が止まりませーん! 圧縮空気が抜けきって空っぽになっちゃってます! ハーダーちゃん、助けてー! へるぷーっ!」
「クソッ! あのタイミングの飽和攻撃を避けるとかどうなってんだ! アルゴの機動爆雷だって偶然あそこに静音モードでウロウロしてただけだ……気づきようもねぇはずだ。アルゴ……とりあえず、爆雷抱えて誘爆とか洒落になんねぇから、全弾投棄して真下で起爆させろ……それで少しは浮くだろ? あとはタイミング合わせてバラスト全部抜けっ! 艦体がフラットになったら、あとはもう大人しく流されとけ……わりぃけど、助けてる余裕なんてねぇ! 救難信号出しとけば、パトロール艦隊辺りが拾ってくれる……ごめんな。無事を祈るぜ!」
「はいっ! うう、ごめんなさーい……お二人とも後は頼みまーす!」
申し訳なさそうにそう言い残すと、アルゴノートさんは真下で爆雷を起爆して、強引に艦体姿勢を安定させ浮上し始める……。
さすが……冷静かつ的確な指示だった……。
ハーダーやるなぁ……さすが、エース級だわ。
でも、アルゴノートさん……戦線離脱確定。
……ついでに言うと、あの調子だと艦体再建までお休み。
パトロール艦隊辺りが見つけてくれたら、身体一つで脱出……回収コースだろうね。
まぁ、身体一つで放り出されるとか、艦体諸共エーテル流体の底に沈むとかよりマシ……なのかな。
「……あいつはああ見えて、結構しぶといからな。あれなら、何とかなんだろ。ところで……島風、敵艦離脱ってもありゃ何処へ向かってるんだ? エーテルロードの次元境界壁にでも突っ込むつもりなのかね……。あの感じだと、オレ達みたいなのが乗ってるって気がしてならねぇんだが……。ダメ元で試しに降伏勧告でもしてみないか? 一応、可能なら鹵獲しろって命令を受けてるんだがね」
ハーダーの言葉に私も考える。
敵艦の離脱コースは明らかに何か当てがあっての動きだった。
それに……私達同様の艦艇頭脳体の存在。
それは私も考えなくもなかった……そもそも、敵機や敵艦の回避機動。
あれはもう常軌を逸していた……。
戦闘記録を分析してみると、あの晴嵐……こちらが撃つより早く回避機動を取っていた。
爆撃だって、緊急ロケットブースターを使ってかろうじて回避できただけで、普通は直撃轟沈コース。
それくらいの高精度爆撃だった。
あれで数が揃ってたら、本当に手に負えなかった。
「うーん、降伏勧告って……そんなのが通じる相手なのかな? アクティブソナーでモールス信号でも送ってみる? 案外、そんなので通じるかもしれないですね……。それより、ハーダー。ちょっと気になるんだけど、潜行艦用のエーテル流体面下の航路データとかそんなのってないですか?」
「あるぜ……実は潜行艦しか通れねぇ流体面下のエーテルストリームってのが、結構あるんだが……あっ」
話の途中で唐突にハーダーが言葉を切る。
……はっきり言って、嫌な予感しかしない。
「……やべぇ……やられた! すまねぇ! 島風の……すっかり見落としてたんだけど。アイツが向かってる先に、その抜け道がある……くそったれ! そう言うことか……このままだと逃げられるぞっ!」
ハーダーから転送されてきた航路データを見て、私も驚愕する。
その抜け道の先は……。
「これ……信濃達が演習やってるとこに繋がってるじゃない! マズイっ! あそこには、民間人の観客が大勢いる! しかも、潜行艦に対抗できそうな駆逐艦なんて居やしない! 信濃や武蔵じゃ、あの化物潜水艦相手は分が悪すぎる……」
「なんだってっ! 解った! こうなったら、オレがアイツを追撃する! 体当たりで刺し違えてでも、ヤツを仕留めてやるよ! 降伏勧告とか呑気なこと言ってる場合じゃなかったな……わりぃが先に行くぜ! 後は任せろっ!」
「わ、私も……なんとか、迂回して追いかけるから……あまり、ムリしないでくださいね!」
「ここで無理しなきゃ、いつするんだっての! 島風……お前は各方面に通報、それと増援を出来るだけ多くかき集めてくれ! どれだけ集められるかは解かんねぇけど、アイツはやべぇ……。オレ達、手練三人がかりで押し負けかけた挙句に取り逃がすような相手だ。駆逐艦ダース単位と、うちの第9潜水艦隊主力かき集めて互角……それくらいに考えといた方がいいぜ」
思わず、そんなかよっ! って返しそうになったけど。
たぶん、彼女の言葉は大げさじゃない……。
今だって、数々の僥倖と相手が想定してない兵器を総動員してかろうじて撃退出来ただけ。
負けはしなかったけど、勝利とはとてもいい難い……良くて痛み分けだ。
そこまで考えて、ふと思い出す。
最初に伊400の報を受けて、真っ先に思ったこと。
初霜と伊400の共通性。
両者に共通する異常な戦闘力……。
ロバート艦隊との遭遇時、初霜は駆逐艦を3隻を軽くあしらって、軽巡アトランタと互角以上に戦い抜いた。
……あの初霜はどこから来たのか?
そして、あの伊400は……?
これらの疑問の答えが共通なのではないかと……そんな風に思えてならなかった。
「……解った……それとハーダー! あんたの事、改めて戦友って呼んであげる……。とりあえず、無事に戻ったらケーキの食べ放題でもご馳走させてもらいますからね! いい! 絶対無理しないで! それと近接白兵戦だけは絶対避けて……なんか嫌な予感がする」
「そりゃいいな……最高に嬉しいぜ。なぁに、こちとら簡単にやられるほど甘かねぇよ……きっちり仕留めてやるよ。……島風、お前の指揮もなかなかのもんだったぜ……お前と一緒じゃなかったら、オレ達あっさりやられてたぜ! じゃあな、戦友! 後は任された! 精々、幸運でも祈っててくれ!」
そんな言葉を残して、ハーダーが伊400もどきの後を追って、エーテルロードへと消えていく。
航路としてはほぼ使い物にならないので、そこには通信中継プローブもない……。
やがて、ハーダーが超空間通信網の範囲外に出たらしく、データリンクも切断状態になる。
……もう、私にできることは、彼女の無事を祈るだけ。
いや、この状況を出来るだけ多くの仲間達へ伝えなければいけない。
私はグエン少将への直通通信を開くと、現状報告と演習場近辺の艦隊への緊急出動要請を行った……。
さて、なんかエラいことになって来ました。
信濃ちゃん達、のんきに演習とかやってる場合じゃないっ!
アルゴちゃんのブリッジも色んな意味で大惨事です……まぁ、ピンク髪はエロいと言いますからネ。(笑)
次回は時系列が若干巻き戻って、CM明けからです。




