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第一話「紳士提督と彼女の始まりの物語」④

 敵の侵攻速度は恐ろしくペースが早い……隔壁も防衛システムも足止めにもなっていない様子だった。

 

 アトランタがメガネを外し、上着を脱ぎ捨てタンクトップ一枚の姿になると、片手を振り上げる。

 射撃準備の意だった……それくらい、私にだって解る。


 レーザーキャノンを構えて、安全装置の解除を忘れていたことに気づき、慌ててレバー式の安全装置に手をやる……けれど、焦っているのか一向に解除できない。


 そんなことをやっていると、司令室の扉が爆発するように吹っ飛ぶのと同時に、アトランタの右手が振り下ろされて、一斉に射撃が開始されるっ!

 

 そして、ワンテンポ遅れるように、黒い砲弾のようなものが天井に当たり、壁に跳ね返るとそのまま猛スピードで迫る!

 

「か、壁を走っているのか! 速いッ!」


 長い黒髪に真っ黒いセーラー服姿の火のようなバーミリオンの瞳の小さな女の子……に見えた。


 敵? これが……? こんなのが敵になるなんて聞いてない!

 

 私もようやっと安全装置を解除して、手にしたレーザーキャノンを乱射するのだけど、狙いもなにもなく、全然あさっての方向へと飛んでいく! けれども、偶然か一発だけ彼女にレーザーが直撃するッ!


「や、やったかっ!」


 けれど、アトランタが言っていたように、服に穴を開けた程度……。

 むしろ、注意を引いてしまったらしく、一瞬、目線が合う……その目に宿るむき出しの殺気に思わず怯む。


 ……見た目が小さな女の子ってだけで、感情を感じさせない機械や昆虫のような……そんな目だった。


 思わず、銃を取り落とすと、次の瞬間、彼女は私の元へ走り込んでくる!

 

 けれど、割り込むように司令部要員の合成人間が立ちはだかり、その女の子の蹴りを浴びて、目の前に吹っ飛んでくる!

 

 だが、時間稼ぎとしては上出来だった。

 一瞬、黒い少女の足が止まった隙に、横合いからアトランタが彼女に飛びかかるっ!


 不意を突かれる形となった黒い少女が、アトランタの砲弾のような蹴りを受けて、吹き飛ばされて壁にぶつかる!

 

 更に、アトランタの鋭い正拳突きが黒い少女の左肩にまともに入り、その肩を砕きながら、艦橋の壁を大きくへこませる。

 

 一瞬、勝利を確信したかのように、その動きを止めるアトランタ。

 けれど、その一瞬の隙に黒い少女の回し蹴りがアトランタの脇腹に決まる。

 

 コンソールをなぎ倒しながら、吹き飛ぶアトランタ。

 

 どれだけの衝撃だったのか解らないが、アトランタはうずくまって、ゲホゲホと咳き込みながら、呼吸を整えている。


 頭脳体と言えど、基本的な身体構造は人間に酷似していて、息が止まれば活動出来なくなるし、手足の関節部などが破損すれば、動かせなくなる。


 あの様子では、アトランタも胸部内部装甲に重度破損でも負ったのか、口の端から血のような内部循環液が漏れ出し、傍目にも大きなダメージを受けたのが見て取れる。

 

 もっとも、相手も事情は似たようなもので、左腕は力なく垂れ下がり……。

 上着はもはやボロ布同様、スカートもボロボロ……。

 

 けれど、その下の肌は傷一つ付いていないように見えた。

 

 ……彼女達はもちろん人間ではなく、生体バイオロイドの一種らしいのだが。

 その耐久性や戦闘力は、戦闘用の強化合成人間ですら遥かに凌駕する。

 

 レーザーや銃弾も物ともしない強固なパーソナルシールドを生成し、そのパワーも鋼鉄の隔壁を物ともせずにこじ開けるほど。


 そんな者同士が本気でぶつかり合ったら……周りすべてを、なぎ倒しながらの壮絶な潰し合いになる……それは道理だった。 


 それにしても、こうして見るとこの敵性頭脳体の少女は……身体も小さく細身で胸も真っ平らながら、その顔立ちはとても綺麗だった。


 思わず、我を忘れたように見耽ってしまう。

 

(いかんいかん……戦闘中だと言うのに……あれは敵なんだ! 敵に見とれるとは……我ながら、どうかしているっ!)

 

 私の視線に気付いたらしく、黒い少女が一瞬頬を赤らめてしおらしい顔になると、さっと胸元を隠そうとする。


 その隙を逃さずアトランタが掴みかかる……。


 えっと……なんか……ごめん。


 そこから先はもう乱闘だった……。

 優美さも微塵にもない、力任せの取っ組み合い……半裸の女の子同士が無言で掴み合う様は……なんとも壮絶で……。


 けれども、どこか美しいと感じる自分が居た……。

 

 身体が大きいぶんアトランタが最初は有利だったのだけど、白兵戦技量は黒い少女のほうが上だったようだ。


 投げ飛ばされたのか、アトランタの身体が宙を舞ったと思ったら、あれよあれという間に、アトランタが圧倒されてしまい……。


 やがて、アトランタが黒い少女にマウントを取られる形となってしまった……もはや、勝負アリだった。


 両手を握りしめて、黒い少女が腕を振り上げる……アトランタの表情に怯えが走る。

 頭脳体を倒すとすれば、頭部のコアを破壊する……座学でそんな話を聞いた。

 

 このままだと、彼女は黒い少女に破壊されてしまう……そうなったら、我々も終わりだ。

 

 アトランタが機能停止すれば、艦自体がまともに航行できなくなってしまうのもあるが、何より対抗手段が失われる事となる……気が付けば、ブリッジで動いているのは、私とロバート提督くらい。


 他の合成人間達は、二人の乱闘のとばっちりに巻き込まれて、尽く戦闘不能に陥っていた。

 

 艦外へ脱出するという手もあるが……エーテルの海は、高熱の液体金属の奔流。

 そんな過酷な環境では、我々の身体は数分と持たない。

 

 けれど、私は先程一瞬見せた彼女の恥じらいの表情が気になっていた……。

 彼女は……無感情な人形なんかじゃない……だったら!

 

「もう、やめるんだ! うぉおおおっ!」


「少佐! 無茶は止せっ!」


 准将の制止の声を振り切り、私は二人の元へ突撃する。

 

 二人が揃って、驚いたような表情でこちらを見つめる。

 当然だろう……戦車同士がゼロ距離射撃の応酬をしているど真ん中に割り込むようなものなのだから。

 

 命知らずも良いところだ。

 

 けど、私に躊躇いはなかった……だって、本来同じ人を守るために戦う存在同士が、こんな意味の解らない無益な争いを続けるなんて……どう考えてもおかしいだろっ!

 

 だから、私はこの戦いを止める……いや、止めてみせるんだ!

 

「どりゃああっ!」


 黒い少女にタックルを決めて、そのまま諸共に転がる。

 

 リミッターをカットしての全力タックル……足の人工筋肉がオーバーヒートしたらしく煙を吹く。

 神経カット……ペイン・コントロールが起動し、足の感覚が無くなる。

 

 けれど、掴んだ黒い少女の身体だけは決して離さないように腕に力を込める。


 肩関節ユニットが過負荷に耐えきれず、嫌な音を立てて、言うことを聞かなくなる……それでも、私は掴んだ手を離さない。

 

「もう……もう、止めてくれ……頼む! お願いだ……!」


 彼女の耳元でそう呟く。

 彼女がその気になれば、私程度のパワーでは耐えきれない……頼む、言うことを聞いてくれ……。

 

 君達が戦う必要など無いはずなのだから……。

 

 ……しばしの間を置いて、彼女は急に力を抜いて大人しくなる。

 

「……あなたは……日本の方なのですか? なら、ここは……良かった……。わたしは……帰ってこれたんですね……」


 先程見たのとまるで別人のような、憑き物が落ちたかのような穏やかな眼。

 何を言っているのか良く解らないが、あの冷酷そのものと言った敵意と殺意は鳴りを潜めてしまったようだった。


「そうだ……私は日本人だ! 名を永友魁一郎と言う……き、君の名を聞かせてもらってもいいかな?」


「わたし? ……そう、わたしは……駆逐艦初霜です……。ここは何処なんでしょう? わたしは、戻ってこれたのですか? 皆……心配してると……思い……ます……早く……帰らないと……」


 ……相変わらず、支離滅裂なうわごとにような事を口にしている。

 けれど、暴れる様子はなかった……これならきっと大丈夫。


 良く解らないが、記憶が混乱しているとかそんな様子だった。


「君がどこから来たのかは、知らないが……君に危害を加えるつもりはない。だから、大人しくしてくれないか? 悪いようにはしないから」


「はい……貴方は、どこか懐かしい匂いがします……。それに……とても温かい人。解ります……悪い人じゃないんですね……なら……わたしは……。ごめんなさい……少しシステム障害が発生してるみたいです。しばし、活動停止、セルフチェックプロセスに入ります……」

 

 それだけ言うと、彼女は身体を私に預けて動かなくなる。

 どうやら、気を失ったらしかった。

 

「……少佐、助かったよ……お互い、死なずに済んだね……。まったく……ご同類とここまで本気の殺し合いなんて私もした事もなかった……。けど、あのままだと、きっと私は負けていた……ありがとう」


 それだけ言って、アトランタも身体を起こすと親指を立ててみせる。


 今更なんだけど……実に美しいものを拝ませてもらった……戦う君はビューティフォー。

 

「アトランタ……君もな……よく頑張った……グッジョブ!」


 私もお返しとばかりに、サムズアップを決める。

 

 アトランタは、満足そうに微笑むと、そのままばったりと後ろ向きに倒れる。

 私もそうしたかったけど、この娘のこともあるから、まだ倒れるわけにはいかない。

 

 と言うか、義体が壊れまくって、手足がまったく動かない……。

 もはや、自力ではもうどうにもならない……さすがに、無茶が過ぎた。


 まっとうな人間なら、四肢断裂複雑骨折と言うところか……これはもう、精密検査ならぬオーバーホール確定だな。


 だが、反省も後悔もない……よくやった自分! これぞ、まさしく紳士の所業だった!

 

「総員、戦闘態勢を解除……雷、電の両名はこちらと合流出来そうか? なら、ついでにイングラハムの捜索と回収も頼む……先程、ビーコンの反応を拾った。ああ、こっちは皆、無事だよ……少佐が頑張ってくれて、敵性頭脳体の無力化に成功した……大殊勲だよ。イングラハムのビーコン座標ポイントと、推定現在位置を転送する……そうだな……詳細は任せる」

 

 どうやら、雷達とも連絡が取れたようだった。

 撃沈されたイングラハムもどうやら、二人が救出に向かうらしい。


 被害は、電が中破……イングラハム轟沈、アトランタも中破と言ったところだが、艦内被害も考慮すると大破と言ったところだろう。


 たった一隻の駆逐艦を相手にしたとは思えないほどの尋常ならざる被害だった。

 

 とは言っても、彼女達の戦いでは、戦死者がまず出ないのが救いだった。

 むしろ、戦いで死ぬのは我々指揮官や、輸送艦などの後方要員ばかりなのはなんとも皮肉な話だった。

 

「私だ……後方の護衛艦隊から、数隻こちらに寄越してくれ。本艦アトランタは頭脳体がダウン中……そうだ……我、航行不能って奴だ! 曳航してもらわないと、どこに流されるか皆目見当も付かん。それと、誰か少佐と彼女を医務室へ運んでやってくれ……あの様子だともう暴れたりはしないだろう。その辺り、どうかな? 少佐」

 

 准将が無線であちこちに指示を出しながら、私を省みる。

 

「なんか、セルフチェックとか言ってましたね。要は疲れたから、寝た……ようなものなのかも? 提督、これも何かの縁です。彼女の処遇が決まるまで、彼女の身柄は私に預けていただけませんか?」


「そうだな。なら、彼女の事は君が責任を持って預かれ……すまんが、アトランタもこの有様だ……。戦闘後の後始末は我々の仕事だが……そっちは私がやっておくから、君も処置を受けて、ゆっくり休め。初陣ながら、いい働きをしてくれた……。実を言うと、我々は君のような者こそ、求めていたのだ……ご苦労だった! 私からも礼を言わせてもらう……ありがとうっ!」

 

 それから、医療ロボットがやってきて、私を含めた負傷者を全員医療カプセルに放り込んでいく……。


 気の利いたねぎらいの言葉を掛けてくれるような相手ではないが……初霜も捕虜ではなく負傷者として同様に扱われているのを見て少し安心する。

 

 こうして、私の初陣は終わったのだった……。 


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