第十話「決戦! 彼の者の名は」①
エーテルの空を、ゼロとワイルドキャットが肩を並べて飛んでいく。
初霜の両脇を固めてくれているのは、エモンズとグレイソン。
かつての宿敵USNの駆逐艦と並んで戦うと言うのもなんとも感慨深かったけど、考えてみれば、わたしが相手していたのは、もっぱら航空機と潜水艦……敵艦と直接砲火を交えるような機会はあまりなかった。
「えーっ、本日天気晴天なれども波高し……秋山参謀のこの言葉……奥が深いっすなぁ。エモンズとグレイソンは、こっちとのデータリンク、システムアップデートは問題ないっすか?」
後方、殿艦を務める疾風からの通信が入る。
「ボクらは、問題ないよ……いつでも行けるよっ!」
「わたくしもオールグリーンですわ……それにしても、オペレートシステムがごっそり入れ替わっちゃいましたけど……。これ、問題ないのですか?」
「それ最新型なんで、処理効率や情報連携、デバイスドライバの精度が格段に上がってるっす。おそらくビッグクローラーの砲撃がバンバン来ると思うんすけど……上空制圧した戦闘機隊からの観測データを元に弾道予測データが来るっす! ヤバイとアラートが行くんで、避けるっす! 要は、当たらなければどうと言う事はないって奴っす!」
「確か16インチ相当だっけ? そんなの当たったら、一発轟沈だっ!」
「けど、弾速は目で追える程度って話ですわ……わたくし達駆逐艦なら回避余裕ですけど……。むしろ、エモンズが一番要注意ですわ。」
「だ、大丈夫だよ……こんな大一番でヘマなんかしないよっ!」
……戦闘前なのに、軽い調子の三人の会話が聞こえてくる。
他の二隻、エリソンとマコームは、予備戦力兼空母直衛として、後方にいる。
あの二隻は雷装が省略されているのもあるのだけど、先の偵察で潜行艦が確認されている為、その対策だった。
他にビッグクローラーを追う形でロシアの駆逐艦が三隻ほど作戦参加予定だった。
制空権の奪取とロシア艦隊の配置が完了次第、わたし達は突撃行動に移る。
「へいへーい! 我らが同胞 Эска дренный миноносец諸君、こんにちわ! Очень приятно! 当方は空色の巡洋艦……嚮導駆逐艦タシュケント! 僚艦のソオブラジーテリヌイ、スポソーブヌイ共々助太刀に参上、仕った! パーティ会場はこちらでよろしかったかな?」
やたら軽いノリのロシア語混じり通信ともに、空色ツインテールのそばかす顔の女の子がモニターに表示される。
「おおっ! シホちゃんが言ってたロシア艦隊の援軍っすね! パーティ会場はこちらで間違いないっすよ! 大歓迎っすーってロシア語で何ていうんすか?」
「えっと、Добро пожаловатьですね……。」
なんだっけ? って考える間もなく、頭のなかで正しい文章が自然に組み上がる。
わたしはロシア語なんて知らないはずなのだけど……必要な知識は望めばいくらでも、ダウンロードされる。
……わたしは、いつもこんな感じだった。
「Хорошо получилось! IJNの駆逐艦初霜だっけ? 噂はかねがね聞き及んでいるよ。君は礼儀ってもんを弁えてる……気に入ったよ! いやはや、日米露の連合艦隊とはこりゃまた痛快だ……ランデブーでもして、挨拶のひとつでもと行きたいところだけど、間に無粋な巨大ゴキブリがいらっしゃる。アイツをブチッとぶっ潰したら、皆で一杯やろうぜ! Довстречи! штурмфлот! Ураааааааа! 」
突撃開始の号令と共に通信が切れる。
どうやら、向こうはすでに敵艦隊を捕捉、突撃開始したらしかった。
「それでは、皆さん……こちらも最大戦速へ……突撃開始します。」
全艦一斉に加速し始める……速力の差でエモンズとグレイソンが自然に前に出る。
遠く霞の向こう側に巨大なシルエットが見え始める。
――ビッグクローラ――
超巨大戦艦種……分厚い装甲殻に覆われ、いくつもの棘のような砲塔が蠢く異形の艦。
その艦影からいくつもの火柱が立ち、やがて周囲に多数、盛大な水柱が立ち始める。
一方的に撃たれ続けるのは、面白くない……まだ20kmほど距離があるのだけど、牽制にはなる……主砲斉射!
……目標直撃、修正の要ナシ……上空のゼロからの観測結果。
この距離にも関わらず、当たったらしい……この海域はエーテル大気の密度が薄いのか霞も少なく、ゆらぎが少ないようだ……。
光学観測装置からの拡大映像には、そのシルエットの細部までくっきりと映っていた。
「……マジすか? 当てたんすか……初霜ちゃんの主砲、この距離で当たるってどうなってるんすか?」
「目標大きいし、水平射ですからね……目測できれば大体当たりますね。グレイソンさん、至近弾来ます……面舵回避、エモンズさん、敵ピケット艦10時方向、疾風との連携射撃で仕留めてください」
グレイソンの真横で水柱……波を被ったようだけど、問題ないだろう。
こちらにも近弾……減速で対応。
疾風とエモンズの集中砲火を浴びたザカーガーディアンが被弾し、吹き飛ぶ。
ピケット艦を潰したからには、向こうは観測が難しくなったはずだ……命中率が格段に下がるはずだった。
情報連携システムをフル活用し、砲撃回避の指示と目標設定を次々行っていく。
敵艦も対空砲が主兵装と言えど、こちらも装甲は皆無……両側のエモンズとグレイソンが次々被弾しているようだが……。
USN艦のダメージコントロールは優秀なようで、その戦闘力に陰りはなく、撃たれながらも撃ち返し一隻、また一隻と仕留めていく。
――電探に感あり……フロッグ級?
これだけ砲撃でかき回されているのだから、潜行雷撃は不可能なようで、浮いてきていたところを捉えたようだった……。
「祥鳳さん……フロッグ級がいます……7時方向……上空警戒機による座標特定お願いします!」
「了解! ちょっと待ってね……居た! 詳細座標送る! やばっ、勘付かれた……逃げんなっ! よしっ! 哨戒機がマーカー散弾を当てたよ……これで潜っても逃さないよっ!」
モニターに敵潜行艦のマーカーが表示。
ほぼ後ろから、こちらを追撃してきていたようだった……。
「こちら疾風! 皆は先に行くっす! あっしが潜行艦を叩くっす!」
疾風が減速し、回頭する……ここは任せる。
ビッグクローラーの砲塔のうち、水平射が可能な砲塔群が精密射撃を仕掛けてきていた。
夾叉し始めた様子から、そろそろ危ない。
こちらも応射し、砲塔をひとつひとつ潰していく。
祥鳳さんがフォローしてくれてるし、疾風も対潜戦闘は手慣れてる……だから、振り向かない。
「……疾風っ! 敵艦雷撃0時正面……回避っ!」
「あっしがそんなうろたえ魚雷なんか当たるわけが無いっす! って、至近っ! 至近っ! あぶあぶあぶ……あぶなかったっすぅっ!」
「ちょっとぉっ! 疾風、きわどすぎっ! ちょっとでも舵切ってたら当たってたよ!」
「た、達人は紙一重で避けるって奴っす! 返す刀でっ! 両舷、八一式爆雷投射っ! 食らうっす!」
祥鳳さんと疾風のやり取りの後、敵艦を示すマーカーが消失。
どうやら、無事撃破できたようだった。
更に後方に感あり……祥鳳さんへ情報を転送。
背後の守りは疾風に任せる……仲間に背中を預けるってのはこう言う事かなって思う。
こちらは黙々とビッグクローラーの砲塔群へ精密射撃を続ける。
本体には、ほとんど痛痒も与えていないようだが、砲塔と本体の接合部は思った通り、装甲がない様子だった。
当然といえば、当然な話だった……装甲で固めてしまうと、砲塔が動かなくなってしまう。
あんな風にぐねぐねと砲身自体が動くのであれば、基部の装甲化は出来ない……つまり、それが弱点。
電磁投射砲をピンポイントで当てることで、大型砲を一つ一つ沈黙させていく……。
砲塔が吹き飛んだところは、そのまま弱点になるので、容赦なくそこを狙う。
護衛艦もその数を減らし、対空砲火が目に見えて激減。
SBD ドーントレスが急降下爆撃を繰り返し、敵巨大戦艦種の戦闘力を更に削っていく。
巨大戦艦種と言っても、やりようはいくらでもある……色々噂は聞いていたけど、何の事はない……ただ大きいだけだ。
そろそろ、頃合いかも知れなかった。
「お、疾風ちゃん、やるねぇっ! 後方でもマコームが先行して、潜行艦狩りを始めたみたいだ。こっちも順調……現在、敵防空艦は右舷側の7割を撃破……露助の奴らが派手に削ってくれたみたいだ! それに何だか良く解かんないけど、敵艦からの砲撃が散発的になったね」
「……エモンズ……わたくし、初霜さんの名人芸……みましたわ。凄いです……この距離でビッグクローラーの砲身基部を狙撃して破壊してました……。な、なんなんです? それは……」
グレイソンさんが動揺したような感じで、そんな風に言ってくる。
「この砲は電磁投射式なので、曲射の必要がないんですよ。光学観測装置も宇宙空間戦闘用の高度なものが搭載されているので、20km程度なら直射で当てられます」
何と言っても、わたしには、撃つ時点で何処に当たるかが直感的に解るのだ。
未来人は、わたしのこの能力を解析機関……そう呼んでいた。
「ラプラスの魔」とも言うらしい……あの人達は……どうなったのだっけ?
思い出そうとすると、頭が痛くなる……たぶん、これは忘れてしまったほうがいい記憶。
「まぁまぁ、グレイソンちゃん……そんなに難しく考えることもないっす! 偏差射撃で敵の機動予測とかあっしらとかも普通にやってる事っすから……それの強化版ってとこなんすよ」
「いやはや、強い味方は歓迎……おっと、そろそろレックスの雷撃隊がお出ましだよ! ここは突撃陣形……梯形陣でも組んで、雷撃必中距離まで一気に詰めよう!」
エモンズさんの呼びかけに、わたしも配置につく。
順番は、エモンズさんが先頭、次にグレイソンさん。
その後がわたし、初霜……最後尾はやや遅れて疾風。
20機あまりのTBD デヴァステイターが編隊を組んで、上空を通り過ぎていく……。
「……こちら初霜、敵艦距離10000まで到達……全艦所定の配置に着きました。ロシア隊のタシュケントさんはどうですか?」
「あいよっ! こっちも配置についた……いつでも、魚雷ぶっ放せるぜ! いやぁ……なんてデカい的なんだ……おまけにウスノロ……こりゃ、外す方が難しいね!」
「……こちら、レックス……雷撃隊が突入を開始しました……。敵の反撃は想定より少ないですね……これなら、いけます。統制雷撃開始します……カウントダウン……10、9、8,7……。」
レックスさんの総攻撃開始のカウントダウンが始まった。
「3、2、1……ゼロ! 全機全艦! 統制雷撃ッ! 放てッ!!」
20機の雷撃機、7隻の駆逐艦からのタイミングをずらしながら、ありったけの魚雷が放たれる。
総計59発にも及ぶ集中雷撃……ビッグクローラーの側面部に猛烈な勢いでエーテルの柱が立て続けに立ち上る。
巧妙に時間差を付けられたそれは、次々とビッグクローラーの推進機関とも言える節足を破壊していく。
断末魔のように、その巨体をくねらせるとビッグクローラーが傾き、緩旋回を始める。
……予想通りのしぶとさ……ここまでの飽和雷撃を受けて、まだ沈んでいない……。
「おおーっ! 壮観な眺めっすなぁ……あとはこれで大佐さんとしほちゃんの99式が急降下してトドメを刺す! 予定通りっすな……皆、こっちはさっさと撤退するっす! ヤバイ爆弾使うそうなんで全力退避っす!」
「いや、日本の……ちょっと待った! そうは上手く行かないみたいだ……。レーダーに感あり! 後方より、敵機……なんだこりゃ、とんでもない数だ! ……こりゃヤベェぞ……緊急事態発生っ! 敵機襲来……数、およそ200ッ! すげぇ……黒い塊みたいになってやがる……コイツは空が3に敵が7ってとこか? ソオブラジーテリヌイ、スポソーブヌイ! 急いで円陣組んで防空戦闘用意っ! 日米の連中もボヤボヤしてんな! あっという間に来るぞっ!」
タシュケントさんから緊急通信!
それはまさに、風雲急を告げるものだった……。
さて、決戦が始まりました。
思ったよりも長くなってしまったのと、予定外に話が広がってしまいました。
うわぁ……転ロリの二の舞いになってるーよ!(笑)
とりあえず、この決戦が終わったら、第一部完ってとこですかね。
タシュケントのロシア語の意味は……。
Эскадренный миноносец
艦隊水雷艇って意味ですが、要するに駆逐艦です。
彼の国では、駆逐艦はなんでも水雷艇。
8,000tのソブレメンヌイ級もやっぱり水雷艇。
お前のような水雷艇がいるか。
日本の護衛艦みたいなもんなのかなー。
Очень приятно ……はじめまして
Хорошо получилось ……すっげー、やるじゃん! とかそんな感じ。
……他はどれも割りと初歩的なやつなので、適当にググればわかると思います。(投げやりー)
キリル文字なんて、読めないのがあったりまえ。(笑)
上坂 すみれさんにでも任せよーぜ。あ、タシュケントのCVは上坂 すみれさんだね。
ロシア語キャラなのだね。




