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第一話「紳士提督と彼女の始まりの物語」③

「なるほど……敵はまっすぐエーテル流に逆らって、こちらに向かってくるようだ。想定プランのDパターン……小細工抜きで真っ向から二人とぶつかるようだ。黒船のクセに、なかなか思い切りがいいな。二人には突入角を浅く取って、ファーストアタックを外してもすぐ戻れるようにと伝えろ。相互の位置関係がキモだぞ、相互リンクの上で連携して、確実に仕留めろ」

 

 ……エーテル空間戦闘では、エーテル流の読みと位置取りが極めて重要になる。

 その上、質量弾の応酬ではエーテル大気状態やゆらぎによる光の屈折なども考慮しないといけない。

 

 基本は有視界での接近戦……足が早く的が小さい駆逐艦が重宝される理由も解る気がする。

 なにせ時には、接舷しての白兵戦すらも起きるくらいなのだ……。


 戦術モニター上では、二つの青い光点と敵性艦を示す赤い光点が目まぐるしく動き回る。


 こうやって見てる分には、出来の悪いTVゲームのような代物だけど、この二つの光点があの子達なのだと思うと、さすがの私も否が応でも緊張してくる。


「こちら、雷です……敵性艦を視認しました! 電、あれは? 私達と同じ日本の艦じゃない? いつもの黒船のフナムシもどきとは違う……どういうこと? ちょっとっ! そんな話、聞いてない……どうすれば!」


「そうだね……雷、見間違いじゃない。こちら電、あたしも敵艦を視認した! こっちの方が近い。司令部にも映像を回すから、ロバート提督! 解析と指示出しをお願い! さすがにこんなの想定外だ……」


「解った……大至急、情報分析に回す……しかし、どう言うことだ。日本の駆逐艦タイプだと? 司令部の奴等……そんな事は一言も言っていなかったぞ! 司令部にも再確認……遭難中のパトロールなどが居ないか……同士討ちなど冗談ではないぞ!」


 ……私の頭ごなしに、命令が飛び交い始める。

 極めて、異例の想定外の問題が起こったと言うのは、さすがの私も理解できる。


 けれど、どうしていいのか全然解らない。

 

「ロバート提督、続報を続けるよ。目標との距離、20000切った……映像、かなり鮮明化したんじゃないかな? 永友少佐も見てる? こう言う時に黙られると、あたしらも不安になっちゃうからさ……気の利いたジョークの一つとか言って欲しいな」


 不意に電が私の名を呼ぶ……そうだ、私は彼女達の直属上司なのだ……。

 何も出来ないまでも、彼女達を励ます程度の事は出来る……。


「ああ、見ているぞ。うん、謎の敵との遭遇戦……まさに、アニメの第一話って感じだな。なぁに、そこで主人公がやられちゃったら、いきなり終わっちゃうからね。それなりに苦労しつつも、未知の敵にも辛くも勝つ……それが王道、だから安心するんだ!」


「あら、永友少佐……なんだか、気の利いたこと言ってくれるのですね。イイですね……実に。実際、私達って主人公って感じですよね。ちなみに、私が一号、電は二号って感じだから、主人公は私ですねっ!」


 不安そうな面持ちだった、雷も軽口に乗ってきた。

 うん、悪くないな……こう言う時に、冗談でも言ってリラックスさせる……なんと言うか、私も一端の指揮官になったような気分になる。


「わたしは、どっちでもいいや。でもまぁ、ちょっと気楽になったよ……永友少佐、ありがとう。それにしても、あの駆逐艦、あたしら特型より少し小さいみたいだね……砲口径は127mm連装が二門、いや三門かな。となると初春型か白露型じゃないかな? なんか、やたら機銃が多いし、ちょっと主砲の形が変なような……高角砲? となると防空艦かな? ……識別名がソロソロ見える……ハツ……シ?」


 謎の敵性艦の識別名を読み上げかけた電の言葉が唐突に轟音で途切れる!


「……って、うわっ! やられた? なんでっ! まだこの位置なら射程外だろっ! しかも機関部に直撃――」


 電の通信とモニターがノイズとともにブラックアウト。


 戦術モニター上では、青い光点の一つが動きを止めて、流されるように離れていく。


 赤い光点との距離が見る間に縮まっていくのだけど、そんな電を完全に無視して、赤い光点はその直ぐ側を抜けていく。


 もう一個の青い光点……雷も慌てて、航路を変更するのだけど、赤い光点の巧みな機動に対応できず、その攻撃範囲を示すサークルに掠りもしない……初撃は、まんまと躱された形となった。

 

「電……どうした! 返事をしろっ!」


 慌てて、電宛てのコールを続ける……嫌な感じの無線の切れ方に、ゾッとする。

 

「こちら、電……ごめん、なんかあっさりやられちゃった……。状況報告っ! 本艦は機関停止により操舵不能っ! 機関再起動、戦線復帰まで600秒はかかる。なんてこった……あたしが一発でやられるなんて……! アイツ、腕がいいと言うかなんかおかしいっ! まさか、視認圏内に入るなり撃ってくるなんて……雷っ! こっちはいいから、早く追撃に移れっ! かなりやばい相手だぞ……後を頼んだっ!」

 

 電からの返答……どうやら無事らしいが、600秒の戦線離脱……事実上のリタイヤだ。


「了解っ! なんて奴なの……初めから私達なんて、歯牙にもかけないつもりだったての? この私があっさり抜かれた! それに足も速い……これじゃ、追いつけないっ! なにそれっ! 絶対、許さないんだからっ! 待ちなさいっ! てか、待てコラッ!」


 雷が反転し、追撃に移るもほとんど同性能の駆逐艦……反転している間に離された距離は絶望的だった。


 それにしても、今の回避運動……雷達が挟撃狙いで来た所を電を一瞬で落とし、電側に一気にコース変更する事で雷と戦うまでもなく振り切ってしまった。


 まさに、各個撃破の見本のような動きだった……文字通り、数分に満たない交戦で倍の数の同格の駆逐艦を無力化してしまった。


「イングラハム……前へ! とにかく、時間をかせいでっ! 体当りしてでも止めてちょうだい! なんて戦闘機動なの……あれはタイマンじゃヤバイよ! 雷と挟撃に持ち込んで数的優位の体制に持ち込むのよっ!」


「イエッサー! ぶつかんのは痛いから、ヤだけど、ここは私の見せ場って奴だね! 任せてっ!」


 緊張したような声色で返事をしたイングラハムが増速前進する……。

 アトランタも射程外ながら、牽制として砲撃を開始する。 


 この動き、電にとどめを刺さなかった様子から、敵性艦の狙いは……おそらく、旗艦狙い一本!

 

 だが、たった一隻で、格上の軽巡洋艦に挑むつもりなのか……なんなんだ、この艦は!


 それに……雷達と同じ旧日本海軍の艦艇だと? それが敵に回るとか聞いてないぞ!


「後方のガンビア・ベイに通達……艦載機を全部出せと! 後続の輸送艦隊護衛中の各艦は、輪形陣をバラして前方を固めろ! アトランタ……ここはなんとしても抜かせるな! 全砲門開けッ! 当たらずとも良い、とにかく撃ちまくれっ!」

 

 安全なはずの護衛任務のついでの、黒船のはぐれ駆逐艦の討伐任務。


 ……そのはずだった。

 けれど、現実は、呆気なく味方を抜いて旗艦に迫る敵性艦……。


 アトランタの主砲の斉射音が響き始めて、初めてここが戦場だったのだと思い知らされる。


 心ならずも手足が震えていることに気づく。

 

(くそっ! 何ビビってんだ……私は! いつもの大言壮語はどうしたっ!)


 自らに罵声を浴びせながらも、恐怖を認めたことでかえって落ち着いてきたのだから、皮肉な話だった。


 ……雷達は、敵が日本の駆逐艦だと言っていた。 

 一瞬見えた艦影と電が言いかけた艦名に私は覚えがあった。

 

 初春型駆逐艦……失敗作呼ばわりされ、わずか6隻で建造を打ち切られた帝国海軍の条約型と呼ばれる駆逐艦。

 

 性能としては、無理に小型化したツケで、雷達特型駆逐艦よりスペック的には見劣りしてしまい……。

 一線級の戦力としては扱われずに、主に後方支援に従事していたのだが。

 

 その中でも、飛び抜けた武勲を持つ艦が一隻居た。

 

 初春型駆逐艦4番艦「初霜」

 ……太平洋戦争をほとんど最後まで戦い抜いた数少ない駆逐艦のひとつ。

 

 かの有名な雪風などと比べると、マイナーな艦なのだけど。

 北に南へと転戦を続け、キスカ島撤退作戦に参加し、マニラ空襲を生き延び、奇跡の作戦と言われた北号作戦にも参加。


 そして、我々の時代でも有名だった戦艦大和の最後の特攻作戦……坊ノ岬沖海戦。

 

 そこでも護衛艦の一隻を努め、大和を含め僚艦のほとんどが沈み、辛うじて生き残った艦も満身創痍の中、唯一無傷で戻ってきた……そんな数々の武勇伝を持つ帝国海軍屈指の武勲艦。


 その最期は……富山県の宮津湾の空襲で、最後の最後に被雷すると言うもので……沈むくらいならと海岸に座礁し、そのまま終戦を迎えた。


『彼女は最期まで沈まなかった……おかげで仲間達の多くが生き残れた。いい艦だったよ……あの艦にはきっと守護天使がいた……皆、そう信じていたんだ』

 

 曽祖父がよく父に語ってくれた話だったそうだ。

 私は……曽祖父がこの艦に乗っていた関係で、その艦名と経歴をよく知っていた……。

 

 そんな艦とこんなところで巡り会うとは……運命というものを感じないでもなかった。


 たかが駆逐艦……けれど、この鬼気迫る単艦突撃は……。


 戦闘艦艇頭脳体の中でも、苛烈な武勲持ちはその戦闘力も高くなる傾向があると言う。

 

 ……この迫りつつある小さな駆逐艦もそうなのだろうか?

 だとすれば、それは納得のいく話だった。

 

「こちらイングラハム……ごめんなさーい! やーらーれたーっ! 私、大破炎上中です! くっそーっ! なんか知らないけど、主砲の連射性能が半端ないっ! 機関銃みたいに砲弾撃ってきて、完全に撃ち負けた! あんな無茶苦茶なやつ止められっかーっ! 脱出するんで、誰かあとで拾ってくださーい!」

 

 見ると、敵艦とすれ違いざまにしこたま砲弾を叩き込まれたイングラハムが炎上しつつ、傾きながら、エーテルの海へと沈んでいくところだった。


 戦闘ログを見ると、イングラハムが一発撃つ間に、あの駆逐艦は五発も六発も撃ってきていた。

 一撃で電の機関部を撃ち抜いて無力化した事と言い、砲の性能が桁違いに高いようだった。


 イングラハム……爆沈。


 ……頭脳体を回収できれば、船体はいくらでも再生できる上に、彼女達はちょっとやそっとじゃ死なない。


 艦と運命をともにするくらいなら、潔くエーテルの海に飛び込んで救助を待つ……それが彼女達の流儀。

 イングラハムは脱出すると言っていたが、その後の連絡はない……安否不明の状態。

 

 いずれにせよ……今は無事を祈るしか出来ることはなかった。


 ……やたら近くで続けざまの爆音。

 思わずたたらを踏む……艦橋の装甲シールドに直撃弾……かろうじて耐えたようだけど、ガラス窓が一斉に砕け散る。

 

 いよいよ、あの艦はアトランタを射程に捉えたようだった。


 雷はまだはるか後方……初霜の牽制射で完全に足止めされている上に、イングラハム爆沈で一帯に盛大な煙が立ち込めていて、まともに応射すら出来ないようだった。


「冗談?! もう何発も当ててるのに……あんな燃え上がって、満身創痍なのに……! なんで、前進を続ける? なんで、沈まないのっ! おまけに、なんて連射性能っ! こちとら5インチ砲16門がかりで撃ってるのに、大差ないなんて……これでは、イングラハムが一蹴される訳ね……」


 信じられないと言った面持ちでアトランタが呆然と呟く。


 距離が近づいた為か、更に、敵艦砲の命中率が上がったようで、あちこちに直撃弾が当たる音が聞こえてくる……まさに死神の足音。


 艦橋の照明が落ちて、非常用の赤い光に包まれる。


 けれど、まだモニターは生きていて、敵性艦の様子が映し出される。

 

 ……初霜はもはや、ほとんど火だるまだった……。

 けれど、機関部への直撃は避けているようでその足はまだ生きているようで、前進を止める気配が無かった。


 搭載魚雷などが誘爆する気配がないのは、あらかじめこれを狙っていて事前投棄していた……のか?

 

「……このコースだと、本艦アトランタへの体当たり……いや、移乗白兵戦狙いか? いずれにせよ……この戦力比にも怯むこともなく、初めから旗艦狙いに全てを賭ける……。敵ながら見事な覚悟だ……それに同格どころか、性能において勝るはずのイングラハムを一蹴し、格上のアトランタ相手をここまで追い込むとは……。まさか、駆逐艦3隻と軽巡1隻で止められんとは……。これは、我が艦隊の全戦力投入でも怪しかったかもしれん。司令部の未来人どもめ……何がはぐれの駆逐艦退治だ……まったく、話が違うではないか」


 ロバート准将の冷静な声で私も我に返る。

 ダメだ……私としたことが……あれの鬼気迫る迫力に完全に呑まれていた。

 

 これが敵……これが戦場。


「准将、少佐……申し訳ありません……この分だと近接戦闘は避けられそうにないかと……。この戦い方……間違いなく私同様の頭脳体がいます。白兵戦になる可能性もあるやもしれません」

 

「アトランタ、君らにこの豆鉄砲って効くのかい?」


 一応、支給されていたレーザー銃を構えながら、敢えて軽い調子でアトランタに尋ねる。


「エスクロン社製のタイプ24レーザーキャノンですか……。当たれば、アツって……手を引っ込める程度には、と言った程度じゃないですかね。そうですね……せいぜい、熱湯入れた水鉄砲って所でしょうかね? けど、素手で殴り掛かるよりはマシだと思います」

 

 予想はしていたが、20cm厚の鉄板を軽くぶち抜く高出力レーザー銃でもその程度らしい。

 やたら大仰な代物だと思ってたけど、これですら豆鉄砲とは……。


 彼女達、戦闘艦艇頭脳体は光学兵器や銃弾を物ともしない程度には頑丈。


 船体が木っ端微塵に吹き飛んでも、頭脳体はきっちり生き延びて、しれっと帰ってくるのだから、尋常じゃない。

 おまけに、そのパワーは戦車を軽く持ち上げるほどで、走れば車にも軽く追いつくだろう。


 さすがに、オーバースペックなような気もするのだけど……どうも、生存性を重視して、彼女達自身で、独自に強化アップデートを重ねまくっているうちにこうなったらしい。


 その上、共通規格のようなものがあるらしく、ほとんど例外なしだと言うから、なんともはや。


 私自身も宇宙の戦場に出るということで、身体の多くを機械化した……要はサイボーグでもあるのだけど。

 もはや、別次元なほど、スペック差があるので、彼女達と正面からやりあっても全く歯が立たない。

 

 その辺は、雷たちに軽くもんでもらったので、嫌というほど解っていた。

 大の大人が、120cm台の小さな幼女に軽くぶん投げられる……なんともシュールな光景だったが。

 彼女達は、人間がどうこう出来る相手ではない……。

 

 戦闘艦艇頭脳体の相手が出来るとすれば、同じ戦闘艦艇頭脳体のみ……それが現実だった。


 これまで、そんな事は全く想定されていなかったのだけど、それがまさかの現実になろうとしていた。

 

「すまないな……少佐、こうも容易に追い詰められてしまうとは……。面目無い……相手を侮っていたようだ……君が正しかった。司令部要員も総員戦闘態勢……アトランタ、艦内防衛システムをスタンバイ! 倒せなくとも時間稼ぎ程度にはなるだろう! だが、おそらく君が頼みという事になるだろう……総員、耐ショック姿勢……来るぞっ!」

 

 准将の言葉の直後に、何枚もの鉄板を折り曲げ、引き裂くような音が鳴り響き、激しい揺れに立っていられなくなる!!

 

 司令部要員は私と准将の二人以外は、人間じゃない……合成人間と呼ばれる無機質なロボット人間みたいな連中だ。


 言ってみれば、私も同類なのだが……私にはこの熱き魂がある……それが決定的な違いだった。


 けれども、命令があれば彼らも銃を取り、共に戦う戦士となる……愛想はないが頼もしい存在だった。

 

「被害状況報告ッ!」


 倒れ込んだ准将が叫ぶ。

 私が慌てて助け起こすと、構うなと言わんばかりに振りほどかれる。


「すれ違いざまに艦体側面に衝突されました! けれど、敵艦は本艦の近接射撃により機関停止! すでに傾きつつありますので、撃沈は確実です……が。接触時に……何者かに艦内に入られました! 現在、敵は艦内防衛システム群と交戦中! 全隔壁を緊急閉鎖ッ! 准将達はブリッジの一番奥まで退避をっ!」

 

 アラート音とともに、照明が完全に落ち……遠くの方で響く破壊音と銃声。

 だが、それが徐々にこちらに近づいてくる。


 覚悟も何も決まらないまま、私は文字通り命懸けの戦場の只中にいた……。

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