第十七話「反省会議」③
「天霧ちゃんは元気だねー。お疲れさん! だが、ちょっと落ち着こうな! なにせ、中央艦隊の駆逐艦連中には、戦艦、空母のお守りって仕事があるからな。状況的にはあの辺のハイクラス駆逐艦の援軍ってのは助かるが、まぁ、無理だろうな……。そんな訳で遥ちゃんも、ここは抑えてくれ、な?」
佐竹提督の言いようもごもっとも。
つか、この人、口が上手いよなー。
天霧も思いっきり、自分の発言全否定されたのに、キョトンとしてる。
それほどでもーとか言ってる時点で、丸め込まれてるようなもんだった。
確かに、潜行艦一隻相手に中央艦隊総動員とか、コストパフォーマンスとしては、非効率的だろう。
中央艦隊の駆逐艦連中ともなれば、装備も練度も極めて高いのだけど、確かに連中の本業は主力艦艇の護衛役。
さすがに、それを引き抜くわけにはいかないだろう。
ここは、駆逐や軽巡あたり、それも質より量……とにかく、頭数が必要な局面だった。
敵も補給が必要……これはもう間違いない。
アレだけ派手にやったのならば、弾薬も撃ち尽くしただろうし、発電用の重水素ペレットだって無限じゃない。
けど、その補給手段となると……これがはっきりしない。
恐らく民間船に偽装した補給艦とランデブーの上で、補給を受ける……そう言う算段だと推測されてはいる。
だからこそ、今の時点では民間船を動かせないし、捜索の手を緩めることも出来ない。
デフコン2は極めて妥当……いろいろ問題や経済損失が発生しているのは解るけど。
ここは、ちょっと譲れない。
たかが潜行艦一隻相手にそこまでやるかってのは、もっともな話だけど、あのシルバーサイズはこれだけの精鋭が揃っていたにも関わらず、その包囲網を突破し、緊急動員された各地の駆逐艦隊群の捜索にも引っかかっていない。
たった一隻で銀河連合艦隊を手玉に取っているようなものだった。
なんとしても、ここで仕留めなければ、絶対に後々厄介なことになる。
……これはあくまで、アタシの勘なのだけど……。
あの敵の正体……あそこまでの戦術の冴え、命知らずな戦い振り。
あれがカイオスや頭脳体の独断だとは、とても思えない。
むしろ、アタシのご同類の再現体指揮官がその背後にいるような気がしないでもない……。
いや……間違いなく、シルバーサイズを指揮していたのは、人類最後の戦争、第三次世界大戦の経験者。
それも、あの戦争でアタシが相対した幾人もの本物の戦士達。
「人類統合軍」
シルバーサイズからは、アレと同じ気迫を感じた……。
人の身で先進無人兵器群を圧倒する化物共。
アタシらは、とんでもないヤツを取り逃してしまったのかもしれない。
けど、もはやタイム・リミットが近い。
なにより……これ以上の追跡は困難なのも事実だった……。
「やむを得ない。これ以上、無理にデフコン2を維持すると、色んな所から不満が集中して、要らないヘイトを買って元の木阿弥になりそうだ。ひとまず、ここは妥協してデフコン3に下げよう。民間船については、条件付き航行許可とするしかないね。要は、護衛と称する見張り付きで、護送船団を組ませた上で団体行動をさせる。列を勝手に離れたり、不審な行動をしようとした船は容赦なく、拿捕臨検、最悪撃沈も辞さない……これでいこう」
「そうだな……デフコン3なら、さすがに文句はあるまい……辺境流域は、いつもそんなもんだからな。しかし、そうなると、相当数の艦を護衛に貼り付けないといけなくなるからな。今の捜索態勢はとても維持できんぞ?」
「そこはもう仕方がない。と言うか、正直……もはや、ヤツの行方を追っても無駄だと思う。むしろ、補給艦とのランデブーを阻止して、干からびさせる方向性で対応するのが、正解だよ」
そもそも、大半の駆逐艦が深度600の潜行艦なんて想定外……そんなのを取り逃がしてしまった時点で、こちらの負け確だった。
「それが現実的かも知れんなぁ……。しかし、BDSの残党共は、遥ちゃんが壊滅させたはずなんだろう? シルバーサイズの装備……俺達ですら持ってないような、かなり特殊な装備のオンパレードだった。もっとも、独自装備ってのは色々難点がある……なにせ、常に補給の問題や稼働率の問題ってもんが付き纏うようになるからな」
「そうだね……結局、どんなに強力でも、独自の特殊兵装ってのは、補給や維持に苦労するハメになる。だからこそ、なんだかんだで新兵器を量産化する場合は、無難に正常進化させたような兵器に落ち着く。……ワンオフのスペシャル仕様決戦兵器が活躍するなんてのは、潤沢な後方支援とコスト度外視でもしないと現実的じゃない。そう言う事でしょ?」
「なんだ……説明するまでも無かったか。俺達マイノリティの苦労でも語ろうかと思ったんだがな」
なるほど、佐竹提督。
独自路線を突っ走ってる艦隊のように見えて、装備がやけに保守的だと思ったら、結局そう言う問題にぶち当たったって事だった。
アタシも、実際……天霧達の主兵装に関しては、比較的無難な装備をさせている。
装備の大半はアドモス社から提供されているけど、試作品やハイチューン装備の提供は極力、お断りさせてもらっている。
いつぞやかのように一戦交えて、補給物資が揃うのに一週間待ちで、充足率の低いままでの出撃を強いられるとか、そんな調子じゃ、まともに戦争なんてやってられない。
民間向けの自衛装備用弾薬やら、通りすがりのパトロール艦隊、そこら辺の中継港の自動工廠から、容易に補給が都合出来るくらいのメジャーな装備だと、補給も苦労しないけど、そうじゃないと何かと苦労するハメになる……。
以前に比べて、エーテル空間装備が高度先進化した結果、出てくるようになった弊害なんだけど、そんなもんだ。
と言うか、天霧達……その辺、全く考えてくれないから、そう言う要らない苦労は全部、アタシに回ってくる。
もうちょっと残弾とかコスパってヤツを、気にしろってんだ。
「とにかく、あのシルバーサイズは、補給にネックを抱えてると見て間違いないね。あれだけの特殊兵装装備艦となると、専用の工作補給艦か、星間企業クラスのバックアップが必須だろうからね……。だからこそ、そのバックアップを押さえるんだ。あんなヤツ、まともに相手するまでもないよ」
「ほほぅ、なるほどね……確かにそりゃいい手だなっ! さすが遥ちゃん……冴えてるねぇ。恐らくこの調子だと、尻尾を出す奴が必ず出て来るだろうからな……そこをフン捕まえるって訳か」
グエン提督がニヤリと笑って、膝を打つ。
「その通り。けど、この分だとまだまだシュバルツの息がかかった奴らが潜んでるのは、間違いない。艦隊戦力を壊滅させても、奴らの残党が次々出てくるのは流石にウンザリしてくるよ。どれだけ浸透されてたんだか……正直、呆れ返ってるよ」
「そうだな。奴らは通常宇宙にまで進出してやがったからな……。あっちの事は、俺らには介入出来ない……以前より動きやすくなったとは言え、相変わらず、面倒だらけで嫌になるな。まぁ、今回の騒ぎで色々課題も見えてきたからな。俺もぼちぼち皆、真面目に戦争できる環境を整えるべく、色々裏でやらせてもらうとするよ……」
「佐竹提督も頼りにしてるよ? 今回はまんまと敵を取り逃がしちゃったけど、まだまだリカバリーは出来るし、なんとでもなるさ。良い実戦訓練になった……そう思っておこう。幸いエスクロンとかも、色々頑張ってるみたいだしね……流れ自体は、ちょっと前に比べたら、随分良くなってきてると思うよ」
「エスクロンの連中……一連の戦乱のドサクサに紛れて、ちゃっかり勢力を拡大してやがるからなァ。こないだもどっかの非武装星系でシュバルツの宇宙艦隊とエスクロンの艦隊がやりあって、圧勝したって聞いたぜ。あいつらも大概だが、銀河連合軍としては、面目丸つぶれだぜ……」
エスクロンの躍進……。
元々、銀河連合構成国でもトップクラスの技術力を誇り、多くの星系を傘下とし、エーテル空間戦力についても、いくつもの企業支援艦隊を囲い込んで、自国の軍人を提督として送り込むことや各艦隊への資金援助などを通じて、確実に影響力を確保し、銀河連合最大規模と言っていいほどの独自軍事力を持つようになってきている。
銀河連合評議会でも、すっかりタカ派が主流になった関係で議席を大幅に伸ばして、一大勢力化することが確実視されていた。
幸いアタシら銀河連合軍とは、利害が一致している事から、シュバルツの駆逐にも積極的で、クリーヴァやシュヴァルツに占拠された星系を次々ひっくり返していってくれている。
合法的に、パーツ単位で宇宙戦闘艦を紛争地域の星系にこっそり運び込んだり、資源小惑星を買い取って、工廠化することで、人知れず宇宙戦闘艦を大量に建造し、宇宙艦隊を編成。
唐突に宣戦布告して、あっという間に敵対する宇宙空間戦力を駆逐し制宙権を確保するその戦略は、合法的侵略国家なんて、陰口も叩かれてる。
と言うか、エーテルロードを経由しなきゃいいんだろ? とでも言いたげなそのやり口、どうみても侵略行為です。
けど、アタシから言わせると、今の時代、それくらいの戦意があっていいと思っている。
今の銀河系は平和でもなんでもない状況なのだから。
『……人は戦いを通じて、進化躍進する……戦いの火種を絶やしてはいけない』
皮肉な話ながら、そんな人類統合体の指導者の言葉が思い起こされる。
あの男は、まんざら間違っていなかったのかも知れない……それは、私達の戦いをまるで否定するようなのだけど。
今の銀河人類を見ていると、そんな思いにかられそうになる。




