第十七話「反省会議」②
「こちら島風、遥提督……回線割り込み失礼します。グエン提督、佐竹提督……隣接エーテルロード側を捜索していた第239駆逐隊の夕凪から、シルバーサイズの痕跡を認むとの報告。どうやら、浮上航行していたようで、損傷も受けているらしく、残骸らしきものを回収したそうです。追撃の意見具申が艦隊司令のイオリ少佐からなされていますが……如何、致しますか?」
島風の割り込みコール。
この辺は、さすが問答無用……多分、アタシにも聞かせて、意見が欲しいと言ったところなんだろうと察する。
「どう見ても罠……だよなぁ。それ」
そんなあからさまなの、確認するまでもない。
ノコノコ追撃をかけたところを、デコイで不意打ちドカン……多分、そんな感じだろう。
経験の浅い指揮官の率いる一個駆逐隊程度では、軽く全滅させられるのが関の山。
まぁ、その程度の予想はつく……アタシだったら、そうするさね。
「はい、私もそう思うんで、追撃は見合わせるように言ったんですけどね。イオリ少佐がやる気満々で逸っちゃってて……。普通、ヤバそうな雰囲気とかパッと見で解るもんなんだけどなぁ……解んないのかなぁ。夕凪も神風型で疾風辺りと同じ古参駆逐艦なんだけど、どうにも気弱だから、反対してるっぽいんだけど、抑えきれてないみたいなのよね」
「まぁ、アタシらレベルの戦場の勘とか、求める方が間違ってるかなぁ……。どのみち、ずいぶん時間も経ってるし、あれだけクレバーに立ち回った艦がそんな下手を打つなんてあり得ない。逸る猟犬を罠にかけるなんて、そんなの常套手段だからね。ここは援軍でも送り込んで、ゆっくりじっくり追い立てるか、むしろ周辺流域から包囲するように捜索の範囲を狭めていくかってところだね」
とにかく、ここは遠慮なく意見を述べる……アタシは、立場的にはオブザーバーに近いけど、今更遠慮するつもりもない、一応遠回しながら反対意見を述べてみる。
「そうだな……。やっつけでそこらのパトロールを動員しちまったから、指揮系統もグダグダでもう訳が判らん。一体、どれだけの艦隊が動いてるんだかなぁ。島風……聞いてのとおりだ、イオリ少佐には、現場にて待機の上で周辺警戒を厳にしろと俺の権限で命じる。周辺の艦隊を統率の上で、増援艦隊を派遣するから、合流後捜索範囲を広げて、慎重に捜索するように伝えてくれ。それと協力に感謝する、今度飯でも奢ってやるって、俺が言ってたって付け加えといてくれねぇか?」
「グエン提督、了解しました。というか、また若い子にちょっかい出してるんですか? 流石に感心しませんよ」
「ちげーよっ! ばっかやろう! 彼女前にうちに研修で来て、色々世話してやったろ? まったく、イオリちゃんもやる気はあるんだがね。いかんせん地上世界の軍人あがりで、再現体じゃねぇし、なんだかんだで経験値が足りてねぇし、勘も全然鈍くて、イマイチなんだよなぁ……。どのみち、こう言う危なっかしい状況には、とても積極的に使う気にはなれんよ」
イオリ少佐……ああ、なんか聞き覚えがあると思ったら、エスクロンの宇宙軍から推薦されたとか言う提督だったかな。
若い女性提督だってことと、エスクロン繋がりで、エリコさんから紹介されたから覚えてた。
強化人間だって話で、どっかのコロニーでシュバルツの戦闘工作員と派手にやりあったとかで、実戦経験もあるそうなんだけど……。
護衛対象のはずの、最新の第3世代強化人間に全く及ばなかったとか、ボヤいてたのが印象的だった。
最近は、各星系が権益拡大を狙って、自国の軍人を銀河連合軍に推薦して送り込むって例が増えてきている。
当然、エーテル空間……それも最前線での戦闘指揮なんて、殉職の可能性もあるのだけど、軍人ってのはそれが当たり前だという事で、そこら辺はあまり問題にはなっていない。
とは言え……実戦経験や戦意となると、所詮はこの世界の人間だけに、総じてイマイチ心許ない上に、再現体提督や頭脳体とウマが合わないケースも多くて、クリーヴァ動乱で多くの戦死者を出した辺境軍や企業支援艦隊が主な受け入れ枠になってはいるのだけど、少なからぬ問題になっているらしかった。
エスクロンの宇宙軍は、エーテル空間経由で宇宙戦力を送り込んで、紛争起こしたりしまくってるから、他の星間国家の軍人に比べて、だいぶマシで結構な人数が出向してきている……。
あの国は、なんだかエラく過激な所があるから、それなりに頼もしい助っ人にはなってはいるけど、いかんせんエーテル空間の戦いの指揮官としては、まだまだヒヨッコ揃いってところで、とっても危なっかしい。
エスクロン本命の第3世代型強化人間になると、再現体を凌駕するような能力の持ち主だったり、メンタリティの時点で戦闘向けになってるらしい。
まぁ、一人それっぽいのを知ってるけど、あれが平均って事なら、かなりの戦力となりそうなんだけど。
まだまだ、十代の子供ばかりらしいので、戦場デビューには早すぎる。
……そこまで無茶やられたら、さすがのアタシも反対する。
女子高生の身の上で、電子空間でガチ戦闘とかやってたアタシが言うのもなんだけど……。
そればっかりは、絶対に超えちゃいけない一線だとアタシは思う。
もっとも、エスクロンの例が妙な実例になって、他が真似しだしているってのは、いい迷惑な話だった。
ガチな命のやり取り未経験の軍人とか、ホント使い物にならない。
下手な軍人よりゲーマー連中でも招集した方が絶対マシ……これは断言してもいい。
ちなみに、今回の件での捜索艦隊も、その手合が一斉に協力を申し出てくれて、すでに40個艦隊くらいが各地で捜索を始めている。
おかげで、こっちはそれらを統率せざるを得なくなって、グエン提督や佐竹提督は、色々大変な事になっているようだった。
必然的に、佐竹提督の第九艦隊の本拠地兼工作補給艦「花鳥風月」は臨時の作戦本部みたいになってるらしく、天霧も遅ればせながら、花鳥風月へ向かっているところだった。
「ふむ……グエンにしては、悪くない指示だったな……てっきり、罠だろうが、お構い無しで追撃でもさせるかと。もっとも、それを言い出してたら、反対するつもりだったがな、いくらなんでも露骨過ぎる……遥ちゃんにゃ、言うまでもねぇが。送り狼をブービートラップで壊乱させるなんて、被追撃戦じゃ基本だものな」
「イオリ少佐一人で、あのシルバーサイズの相手なんて、荷が勝ちすぎてると思うよ。グエン提督の判断は正解でしょ。とにかく、割とあっちこっちの艦隊が率先して動いてくれてるんだけど、どうにもまとまりに欠けてるしね……。ここらで足並みを揃えたり、指揮系統をまとめないとどうしょうもない。それに別の問題……交通網をストップさせておくにも限界がある……多分、そろそろ皆、痺れを切らす頃合いだと思うよ」
「そうさなぁ……。デフコン2なんて、いつぞやかのクリーヴァ動乱以来だからなぁ……あん時の教訓で、民間側でも少しは対策してくれても良かったんだが。実際はこの体たらく……たった6時間の航路封鎖程度で、あっちこっちから苦情や泣き言の嵐。こちとら戦争やってんだがな……平和ボケってのは、コレだから困るよ」
佐竹提督の嘆きももっともだった。
現時点で、シルバーサイズの斑鳩艦隊への襲撃から、およそ6時間近くが経過していた。
今回の件では、プロパテールからも進言があった事で、第九艦隊の出撃に合わせて、銀河連合評議会より準戦時体制……デフコン2が発令されていた。
それによって、現在エーテルロードでの民間船の通行がすべてシャットアウトされている上に、各地の中継港でもゲート閉鎖の上で、緊急防衛体制が発令されていた。
この辺りは、前々から黒船襲来時の対応と言う事で、マニュアル化されていて、定期的に訓練も行われてた関係で、比較的スムーズに対応できたらしい。
永友艦隊のビッグクローラー戦あたりの頃と比べると、さすがにずいぶん改善されている。
あの時は、もうぐっだぐだで、脱出する一般市民を乗せた民間船が続々と出港する中を、黒船相手に防空戦をする羽目になったと聞いている。
まぁ、まさに悪夢……だよな、それ。
クリーヴァの支配地域を除いて、これらの指示は徹底されている……今、エーテル空間上で動いているのは軍関係のみ。
クリーヴァに食い込んでいる運送業者や密輸業者なども流石に、空気を読んで大人しくしてくれているらしく、妙なトラブルもほとんど起こっていない。
民間人も全員、中継港のシェルター施設か、通常宇宙側へ避難済みだった。
そこまでは良かったのだけど……僅か6時間程度でも、エーテルロードの全航路を完全通行止めにすると言うのは、今の銀河連合の流通システムから考えると、かなり問題のある状態だった。
エーテル空間の流通網に関しては、徹底的に効率を追求し、分刻みの運行スケジュールが組まれるような有様になっているので、どこもかしこもマージンってもんを切り詰めまくっていて、6時間程度の物流停滞で、原材料不足で工場が止まったり、物資集積倉庫が溢れかえったりと相当な影響が出ているようだった。
物価が上がるとか、物資不足と言った市民生活への影響はさすがに出ていないようだけど、各地の中継港で足止めを食らっている民間人の旅行者達や運送業者の怨嗟の声だの……各企業、星系からの航路閉鎖解除要求は時間を追うごとに、右肩上がりで増えているらしかった。
……アタシらは直接それに晒されることはないものの、評議会は、今頃各方面からの突き上げに頭を抱えている事だろう。
って言うか、デフコン2とか思いっきり、戦時体制……そんなんなったら、普通はもっと大人しくしてると思うんだけど……速攻文句言い出すって、その感覚が解らん。
時間だって、まだ半日も経ってない……たったの6時間だぞ? 情報開示もちゃんとやってるはずなのに、何考えてんだか……佐竹提督の嘆きもよく解る。
「そうだな……連合評議会からも、そろそろデフコンレベルを下げてもいいかって、お伺いが来てるぜ? サリバン議長が頑張ってるらしいが、さすがに旗色が悪いみたいでな。だが、佐竹、遥ちゃん……ここは、もうちょっと粘るべきだと思うんだが、どうよ? あれを取り逃したのは、こっちとしてはかなり手痛いような気がするんだ。つか、やべぇだろ……あんな化け物じみたヤツが、銀河連合の支配流域をウロウロしてるなんて……今の時点じゃ、民間人の安全なんて、全く保証できんぞ」
「俺も同感なんだがな。中央艦隊の上の連中が蓋を開けたら、敵が単艦……それも潜行艦だったって事で一気にやる気なくしたみたいでなぁ……。主力の各艦隊はすでに戦闘態勢を解除させられて母港に帰還中だし、俺らにも撤収するよう圧力がかかってるんだ……。だが、奴もいい加減、活動限界のはずだからな……ここは、踏ん張りどころだってんだろ? まぁ、言いたいことは解るぜ」
「なんなら、アタシが話つけて来ようか? 中央艦隊の参謀本部に殴り込んで、直談判してやってもいいよ?」
「ああ……それは辞めといたほうがいいな。むしろ、血の雨が降りそうな気がする。そもそも、中央艦隊の戦艦、空母連中なんてこの際、役に立たん……中央艦隊の精鋭駆逐艦連中なら、大いに歓迎なんだがな……」
「はい! はーい! 力づくで制圧するなら、この私にお任せください。可及的速やかに沈黙させます! ついでに、直接言って吹雪や綾波辺りを引きずってきますよ! あの名ばかり精鋭の役立たず共にもたまには仕事させるべきですっ!」
……出番無しで鬱憤が溜まってるらしく、天霧が空気を読まない物騒なことを言い出した。
なお、天霧のヤツはちゃっかり着替えてやがる。
別に必要なかったのに、勝手にエーテルにダイブして、蛍に助けられるなんて醜態を晒してくれたくせに、全く反省してる様子はない。
あとで、お説教でもするつもりだけど。
今、ヘソを曲げられても困るので、とりあえず、今は好きにさせている。
後で覚えてろよ?




