第四話「燃える宇宙(そら)」①
出港する雷電姉妹を見送ると、残ったのは初霜、疾風、しほちゃんの三名。
レックスさんは、当直艦として艦内待機中の為、ここにはいなかった。
しほちゃん達が合流して一週間も経っていないのだが。
黒船の脅威が思った以上に深刻な状況となっており、早急な対処が求められていた。
すでに連中の巣食うエーテルロード支流は上流側は封鎖され、下流側の合流点付近までも黒船の駆逐艦や飛翔体が跳梁するような状況だった。
我々も何度か掃討作戦を実施して、すでに敵艦10隻近くを沈めているのだが……前回偵察した際の敵艦と数が合わない……。
あまり想像したくないのだが……黒船の母艦ネスト級は狭いながらも自前で、黒船たちの巣食う別宇宙へ繋がるエーテルロードを新たに作り出す能力を持つのだ……。
敵の数が増える一方という状況……これは、つまり、エーテルロードが開通してしまった事で、敵の増援が続々と到着している可能性が高かった。
非常に危険な状況……そう言わざるを得ない。
果たして、我々だけで、この危機に対応出来るのだろうか……いや、せねばならぬのだ。
攻略作戦については、当初プラン通り雷達が上流の星系に到着次第開始される予定ではある。
しかしながら、そこに至るまでのルートがなかなか複雑で最短で三日ほどかかると言う。
この目の前のエーテルロードを強引に遡上すれば、かなりのショートカットが出来るのだが……エーテルロードの逆走は何かと問題ある上に、危険地帯を通ることになるので、変に敵を刺激する可能性もあった。
ここまで、状況が悪化する前に叩きたかったのだが……。
準備も無く戦いを挑むのは無謀でしかない……敵の戦力が増強されたのであれば尚更だった。
けれども、朗報もある。
未来人側もこの状況を深刻に受け止めており、重い腰をあげて、近隣から増援を集めてくれているのだ。
本日中に、USN系の駆逐艦隊一個艦隊が来援。
早ければ明日には、戦艦を含むロシア系の艦隊が到着する見込みだと言う。
いずれも小艦隊ながら、心強い援軍だった。
残念ながら、作戦決行当日には間に合いそうもないのだが……ロバート提督の率いる巡察艦隊や、準主力艦隊の第12艦隊も、増援としてこの星系に向かっているようなので、例え負けても後がある……そう考えれば、多少気楽にはなる。
「提督……レックスさんから、支流合流点付近の航空強行偵察の許可を求められてます。いかがなさいますか?」
なんだか、すっかり私の副官のようになってしまったしほちゃんが尋ねてくる。
初霜達は、個別の実戦能力は高いのだけど、作戦指揮はからっきしなので、実戦経験の乏しい私にとって、彼女の存在は大いに助けとなっていた。
会って早々「雇って下さい!」にはびっくりしたが……。
何かと気が利く上に実に有能……こんな娘を路頭に迷わせていたなんて、他の提督達も見る目がない。
しかし、これって何かに似ていると思ったら……いわゆる押しかけ女房ってパターンだ……。
考えてみれば、彼女はさりげなく密着してきたりと、意外と押しが強い。
別に嫉妬深いとかそう言うようではないのだけど、割りと積極的な感じで迫ってくるので、初霜達と衝突しないかハラハラものである。
……もっとも、本人に押しかけ女房とかそんな自覚はないようなので、黙っておくのが正解であろう。
軽空母祥鳳については、私も資料を見させてもらったが。
帝国海軍主力艦艇轟沈第一号とは言え、あの状況ではどんな艦艇でも確実に沈む……明らかに戦略ミスによるもの。
ラッキーヒット一発で轟沈のような不運なものでは決して無かった。
圧倒的な兵力差にもめげず、精一杯力の限りを尽くして戦い……力尽き沈んだ……立派な最期だった。
珊瑚海海戦……史上初の空母同士の戦いだったのだ。
……敵も味方も不手際だらけ、実際レックスさんもあの戦いで敢え無く沈んでいる。
疾風にしても、緒戦の勝利のあとの慢心としか言いようがない状況で、想定外の地上砲台との撃ち合いの末、ラッキーパンチをもらっての轟沈……。
……彼女達の不幸艦と言う評判は、私は単なる風評被害だと見ている。
何より、二人共可愛い……可愛いは正義なのだ!
「そうだな……彼女は古参だからね……何か察したのかもしれない。いずれにせよ……この中継ステーションもすでに敵の攻撃圏内に入っていると考えていいだろう。しほちゃんもレックスさんと交代で航空偵察を密にして欲しい。それにしても、黒船に合流点付近の監視プローブを根こそぎ破壊されたのが痛いな……。幸い輸送船の類は迂回ルートを使っているから、補給などの問題は起こっては居ないのだが。どうにも後手後手に回っている。だが、焦って攻め込んでも、返り討ちが関の山だ……ここは受け身に回るしか無いか」
「そうですね……幸いこちらも増援の当てがありますからね。敵戦力が倍と言う想定で増援部隊の戦力を加えた上で、当初の作戦案にてシミュレートしましたが、7:3ないし6:4でこちらの勝利との結果が出てます。……決して分の悪い賭けじゃないですね」
やっぱり、気が利く娘だ……こちらが頼むまでもなく、すでにそこまでやってたのか。
それにしても、6:4で分の悪い賭けじゃないといい切るしほちゃんもなかなかいい度胸をしている。
小心な私なら、迷わず降りるところだが……戦わずして降りるような卑怯者にはなりたくない。
私には、彼女達の背中を守り、支えるという役目があるのだから……ここは堂々と自信たっぷりに振る舞わねば……。
「うん、君は前向きだな……実によろしい! 初霜はこの状況をどう見るかな?」
彼女は戦闘に関しては、他の誰よりも経験値が高い。
彼女の意見は重視するべきだった。
「そうですね……やはり、作戦決行までの三日間が危険ですね……なんとも嫌な感じがします。確かに警戒は厳重にしておいた方が良さそうですね……疾風さん、わたし達もホットスクランブル待機としましょう」
「……そうっすね……初霜が言うとおり、あっしもちょっと雲行き怪しいと見てます。特に今は一番ヤバイっすね……雷達が先行しちまったんで、こちらの戦力は空母2隻に駆逐が2隻。早いとこ増援艦隊が到着してくれないと、さすがにこれはヤバイっす……」
実戦で磨かれた戦士の勘……なのだろうか。
似たような事を二人共言っている。
私には、そのような戦士の勘のようなものなどない……平和な時代に生まれ育ったものとそうでない者の違い……。
未来人達が自分達で戦うことを放棄してしまった理由も解らないでもない……。
「私も主機は落とさず、甲板上にゼロを待機させとくようにしよっと……すぐに動けない状況で敵襲とかイヤ過ぎ。提督……このステーションの防衛体制はどうなってますか……まさか私達頼みなんてことは、さすがにないですよね? なんか、ホントにそんな感じもしないでもないんですが」
「それなんだが……元々、敵襲なんて想定すらしてなかったらしくてな……そのまさかなんだよ……。ただ、この数日で急ピッチで準備はしてくれた。平和ボケの未来人らしいなんとも泥縄な話だけどね……」
「……す、数日……ですか……そりゃまた」
しほちゃんが軽く頭を抱えている……そうだよなぁ。
私ですら、その話を聞いて、目の前が真っ暗になったくらいだ……。
「ひとまず、戦力としては、エーテル空間戦用の最新鋭戦闘機を50機くらい揃えたらしい。もっとも、ステーション周辺しか飛べない上に君らの戦闘機との模擬戦の結果も散々だったから、居ないよりマシ程度だな」
「……うーん、アレに勝っても全然自慢にならないんですけど……役に立つのかなぁ……あれ」
「まぁ、そう言わない……。あとは対空砲や対艦砲を付近の流体面に浮かべたり、施設上に設置したり、合わせて100門くらいってとこだな……。ただ、どうにも未来人の作る兵器は、エーテル空間戦においては微妙だからな……。未来人達には、むしろいざという時の非戦闘員の避難訓練と撤収準備をしっかりやれと助言しておいたよ」
「うーん、この砲台……役に立つんですかね? 配置とかもとりあえず、空いてるところに適当に置いてみましたって感じで……なんともいい加減な代物ですよ……これ」
しほちゃんが物々しく設置された大型砲を見上げながら不安そうに呟く。
民間星間船のデブリ破壊用レールガンを転用したものらしく、火力自体には不安は無いようなのだが……。
元々通常宇宙空間で使う代物らしいので、重力もあるエーテル空間でどこまで使えるかはなんとも微妙。
施設防空戦闘のノウハウがあるかも怪しいのだから、これも無いよりはマシ……そう考えるべきだろう。
「それに、あの未来人の戦闘機も、本当に微妙でしたからね……。私との模擬戦のキルレシオが1:4って……。エーテル空間での機動性能とかは大したもんなんですが……。武装が単発式の大口径砲1門とか意味わかんないです。それに空戦機動も巴戦になると、ただの的状態……改良の余地大いにありですよ」
模擬戦の詳細は聞いてなかったんだが……思った以上に酷かった。
しほちゃんのゼロが一機落とされる間に四機は落ちるって計算か。
そうなると……あの急造戦闘機50機程度では、しほちゃん一人にすら足りないという事か……。
しほちゃん達が使う航空機は、無意識制御によるスタンドアロン無人機との事ながら、基本は古臭いレシプロ機……二〇世紀の頃の物よりはモノは良いみたいだけど、旧式と言っていい。
流体制御とやら言う最新の未来技術で飛行する未来人の戦闘機とは、本来スペック上はかなりの差があるはずなのだが……。
やはり黒船との戦いでは彼女達が頼みという状況は当分変わりそうもなかった。
「君達は戦闘経験も豊富で魂のある存在だからね。単なる機械じゃ初めから勝負にならないのは解ってはいた。これはあくまで、私の考えだがね……。未来人も可能な限り、努力はしてくれたんだ。その姿勢は買おうじゃないか。それに、その様子だと皆、油断も慢心もしてないみたいだな……私としては、実に頼もしい限りだ! でも、命だけは大事にするんだよ? 特に初霜……君は無茶をしがちだからな……君の実力は解ってるが……もう少し皆を頼ってもいい」
「はい……でも、わたしは常に最前線で皆の盾として戦う所存です。それに……提督さんの為なら、わたしは……いえ、何でもありません……」
それだけ言うと初霜は少し俯くと自分の艦へと走り去ってしまう。
やれやれ……難しい娘だ……強いのだけど、少し繊細なところがある……一人で背負い込みすぎなければいいのだけれど。
「……彼女の実力は折り紙付きですよ……大丈夫、私も艦載機でフォローしますから。あ、提督見て下さい……例のUSN艦隊……到着したみたいですよ! 予定よりずいぶん早いですね!」
しほちゃんが嬉しそうな声を上げる。
見ると、同じような駆逐艦が4隻並んで入港するところだった。
さて、第四話「燃える宇宙」開始です。
ちなみに、未来人は科学技術力とかはぶっ飛んでるんですが。
戦争というものがなくなって久しく、おまけに黒船以外の外敵とも戦った経験がなく、ものの見事に平和ボケしてます。
だから、兵器開発とか運用も色々ダメダメ臭が漂ってます。
余談ながら、未来人の最新鋭戦闘機はどこぞの閣下が要らんことを言ったせいで、大口径単発レールガンとか微妙な装備になってます。(笑)




