第三話「私の彼はスツーカ乗り」
私の名前は、戦艦マラート。
栄光あるロシア海軍最初の弩級戦艦ガングート級戦艦二番艦。
名前は何度も変わった……最初はペトロパブロフスクと言う名。
その次はマラート……その後ペトロパブロフスクに戻って、最後はヴォルホフと命名された。
私はクロンシュタット軍港にて、生涯二度の着底を経験している。
一度目は、イギリスの魚雷艇に……これは軽傷で浸水着底だからまだ許せる。
二度目は、あの急降下爆撃機Ju87に1t爆弾を落とされ大破着底……。
そのパイロットは……ソヴィエト軍にとっては悪名高いあのスツーカ大佐。
目をつぶると今でも、あのサイレンの音と迫りくる1t爆弾のシルエットが脳裏に浮かぶ。
おかげで、この身体になってからも眠れない夜が続いたものだ……。
その後は……終戦まで半分沈んだまま、半ば固定砲台としてドイツ地上軍と打ち合う日々。
つまり、戦艦たる私はあの時、死んだようなものだった。
1951年9月25日、戦後随分経ってから、砲術練習艦ヴォルホフとして復帰したものの。
結局、私は……あの爆撃を最後に戦艦として、クロンシュタット軍港から出ることは二度と無かった。
そんな私だけど……遥か遠い未来で人の身体と同じような身体と新たな艦体を得ると言う僥倖に恵まれた。
それは、私が望んだ大海原を往くのではなく……宇宙の果てと果てを結ぶ道を往くものだったのだけど。
仲間達やかつての好敵手達と肩を並べて、共に宇宙起源生命体から、人々と平和を護る戦いの日々……。
あの冷たい軍港の片隅で放置された悲しくも虚しい日々に比べたら……まさに求めていた日々……と言うべきものだった。
(けどねぇ……)
艦内の私専用の寝室のベッドの上で、枕を抱えてゴロゴロと寝転がっていたのだけど。
時計の針がエーテル空間標準時、朝5時を指そうとしているのを見て、色々諦めて起き上がる。
寝間着から軍服に着替えながら……鏡の前で長い黒髪を梳かし束ねると、長く深い溜め息をつく。
やがて、いつものように唐突に、寝室のドアが乱暴に開かれる。
「やぁ、マラート君! おはよう! よく眠れたかね!」
「……大佐、一応私はレディです……いきなりドアを開けるとか失礼ですって何度も言ってますよね? 着替えてたり、あられもないカッコしてたら、どうする気なんですか?」
「うむ! そんな時は何も見なかった事にして、ドアをそっと閉じる! それが紳士の振る舞いと言うべきものだろう?」
……論点がズレてる……でも、指摘しても不毛なだけ。
いい加減慣れてきたので、私もこの時間に正確なドイツ人大佐に合わせて、5時前に起きて着替える習慣が付いた。
最初の頃は……そりゃあもう、色々ありましたよ?
もっとも、このいつ何時も冷静なドイツ人は私の裸を見ても、顔色一つ変えずにそっとドアを閉じ、10分後に何事もなかったかのようにまた来た。
この人は有言実行の人……彼が何も見なかった事にすると言うのであれば、何も見なかった事になるのだ。
もう、そういう事にしとく……なにぶんストイックが服着て歩いてるような人だから、ああ言うのとかそう言う事は多分無い。
それはそれでどうかと思うので……たまにはきわどいカッコで……と思ったりもするのだけど。
何と言うか……オチが見えてるので、やらない……。
「はぁ……もういいです。それにしても、今回の作戦はタシュケント達に追い立てられた敵の待ち伏せだから、私達の出番なんてまだですよ? そんな無駄に張り切ってないで、大佐もたまにはのんびりしたらどうなんです? それとも、タシュケント達から連絡でもありましたか?」
「それが……タシュケント君達からは、何度も連絡するなと怒られてしまってな! どうも、私もせっかちでいかんな……それにしても、戦闘中に何を怠惰な事を言っているのだ! マラート君! 待機中でやる事がないなら、少しでも身体を鍛えるんだ! 軍人たるもの最後に物を言うのは鍛え上げた肉体だぞ? 君の各種艤装の点検も兼ねて、共に艦内一周ランニングだ! その後は一緒に朝食を採ろう! さぁ、行くぞっ!」
「はぁ……私らをこれ以上鍛えてどうするんですかね……。でも、いい加減慣れました……いつも通り、お供しますよ」
そう言って、微笑んで見る。
最初の頃はこの調子に抵抗あったけど、最近はもうどうでもよくなった。
慣れですよ! 慣れっ!
「それにしても、マラート君とも随分長い付き合いになりつつあるな。……やはり、私の事は憎いかね?」
艦内を軽いペースでランニングしながら、大佐と並んで走っていると唐突にそんな事を聞いてきた。
「……わざわざ、自分が沈めた戦艦に乗りたがるその神経が信じられませんね。けど……もう一年近くほとんど毎日一緒に居ますからね……ずっと憎たらしいとか思い続けてたら、気が狂います。この世界で新しい生を受けたのなら、憎しみやしがらみなんて、忘れるべきです……皆、そうしてますからね」
「ふむ……やはり君達は興味深い……そうだな……君達艦艇は大戦中、取って取られてを繰り返したような例も多数ある……敵、味方と言うものは立場の違いに過ぎない……と言うことか。私もこないだロシア人の若者に会ったが……なんとも複雑な気分だったよ……向こうは戦後50年も経った世代の者だったからな……。おまけに、何故か向こうはこちらの事を知っていてな……大戦の英雄に会えて光栄なんて言われてしまったよ!」
なんとも感慨深そうに苦笑いする大佐。
大佐は……この世界に再現体として呼び出されて、私達大戦時の軍艦が人の形を象っていると言う話を聞き、真っ先に思い出したのが私の事だったそうだ。
私を沈めた仇敵……そんな男が会いに来た時の第一声は良く覚えている。
『私は……君に逢いたかった……君の事を知りたい。出来るだけたくさん、可能ならば全てを……』
こんなの……どう考えても口説き文句にしか聞こえない。
不器用な大佐らしいと言うか何と言うか……。
実際、この後何を話したのか自分でもよく覚えていないのだけど。
私は彼の乗艦となり、今に至る……私と大佐の奇妙な関係はそんな風に始まった。
けれども、彼のために、第4砲塔を降ろして、エアバック式のフロートを着けたカタパルト射出式のJu87を載せている位なのだから、我ながら大した尽くし振りだと思う。
彼はあくまで指揮官なのであって、黒船との戦いでわざわざ危険な最前線に出る必要なんて無いんだけど。
戦場で、出撃できないなんて、彼にとっては地獄の責め苦のようなものなのだ。
だから、もう色々諦めた……。
「……ところで、マラート君。君もやはり、私が出撃しない方が良いと思っているのかな?」
「あたりまえですよ……このエーテル空間で落とされたら、強化サイボーグ体の大佐だって、10分と持たず蒸発するんですよ? 対艦航空攻撃なんて危険な真似……無人機にやらせればいいじゃないですか……。出来れば、ブリッジで大人しくふんぞり返ってて欲しいと言うのが本音です。でも、大佐はご自分で戦場を飛びたいんですよね?」
「ああ、そこに翼があるのならば、私は空を舞い……敵を討つのだ。すまんな……要らぬ心配ばかりかけてしまって……だが、これはもう性分なのだ」
そう……彼にとっては空を舞い敵と戦うのは……生きる理由のようなもの。
私にとって、戦いこそが存在意義であるのと同じように……彼もまた戦うために生まれてきた生粋の戦士なのだ。
だからこそ、私は大佐を憎めなかった。
大佐を否定することは、自分を否定するようなものなのだから。
それに気付いた時……私は……。
想いを遮るように――通信端末のコール音が鳴る。
「こちら、タシュケント……大佐、マラート! 予定通り、黒船共をそっちに追いやってるよ! もう30分もすればマラートの主砲の射程に入るっ! 大佐お待ちかねのショータイムだ……ここはひとつ派手にやりましょうやっ!」
「私だ! タシュケント君よくやった! うむ、時間通りだな……もちろん、私も出るぞ! マラート君、君も歓迎委員会の支度をしたまえ! 奴らに熱い砲弾をたっぷりとくれてやる準備は出来ているな?」
「もちろんです大佐……ふふっ、腕がなりますね」
「やれやれ、君も人の事を言えないではないか……実に楽しそうじゃないか」
「……大佐のご病気が伝染ったんですよ……きっと」
「それと、もし私が戻らなかった時の事なんだが……」
「大佐……例え、そこが驟雨の如く銃砲弾が降る中でも、必ず私は大佐をお迎えにあがります。私は大佐の母なる艦ですから、最後まで諦めずに、助けが来ると信じて……大人しく震えて待ってて下さいね」
大佐の言葉を遮って、まくし立てるようにそう言うと私はとびっきりの笑顔を浮かべる。
「…………すまんな」
僅かな沈黙のあと、一言だけ。
ちょっとだけいい気分だった。
やがて、Ju87スツーカに大佐が乗り込みカタパルトの射出準備も整う。
「では、行ってくるよ……マラート君! なぁに、いつも通りやるだけだ。もどったら、いつもどおりアレを頼むよ?」
「……大佐もご武運を! お帰りをお待ちしております。 熱いシャワーと一杯のミルク……ですよね? そう言えば朝食を食べそびれてしまいましたね。終わったら、皆も集めて、祝杯でもあげましょう」
風防が閉まり、返事代わりに敬礼を返す大佐。
そして、カタパルトの射出音とともに、Ju 87がエーテルの空の霞へと溶け込んでいく。
この見送る瞬間がいつもたまらなく……切ない。
「……さぁ、私も大佐に負けてられないわ! 戦艦マラート! 出撃よッ!」
私の掛け声に合わせるように、主機の回転数が上がり、停止状態にあった艦体がゆっくりと動き出す。
目を閉じると……あのサイレンの音ではなく……あの日の思い出が蘇る……。
柄にもなくバラの花束を抱えて、君に逢いたかったと告げる大佐。
私はたぶん、あの時に……。
……あなたを愛したいと思った。
そんな訳で、まさかのあの人登場。(笑)
なんだか、外伝風な雰囲気で、意外や意外のラブストーリ風な感じ……。
マラートさん、なんかデレ多めなツンデレな感じ? この作品としては希少なお姉さんキャラです。
マラートは、ロシア艦でも有名な艦で……日露戦争で消滅したバルチック艦隊所属の、ロシア初の弩級戦艦ガングート級戦艦の一隻となります。
第一次世界大戦でも一回着底してますが、二回目はレニングラード攻防戦に紛れ込んだあの人に急降下されて大破着底……そのまま戦後まで放置とまぁ、散々です。
大佐については、多くは語りません。
人格的には、ストイックかつ実直な人と言うイメージでキャラ設定してます。
止めてもスツーカで飛んでっちゃうので、皆もう諦めてます。
くっそ真面目なマラートとは割りといいコンビになてるような……。
大佐の艦隊は、他にメイド・イン・イタリーの世界二位の高速嚮導駆逐艦タシュケントもいます。
僚艦として、ソオブラジーテリヌイおよびスポソーブヌイの二隻。
この二隻は、史実でもタシュケントの麾下として、セヴァストーポリ脱出戦に参加しています。
ちなみに、タシュケントは難民や負傷者を満載した状態で、80機のドイツ空軍機に追い回されて、300発の爆弾を落とされながらも無事に逃げ切ったと言う武勲持ちです。
なお、この大佐のせいでプロットが大幅に変わってしまい、書き直しを余儀なくされたのは内緒。(汗)
なので、明日はちょっとお休み、次回更新は02/14のバレンタインデーを予定してます。(笑)




