第一話「紳士提督と彼女の始まりの物語」①
無限に広がる大宇宙……。
実に、使い古されたフレーズでもありながら、これほどまでに宇宙を端的に表したフレーズは無い。
宇宙と言うものの深大さに触れた人類はそこに来て初めて、己の矮小さと宇宙の広大さを知るのだ。
その深く、そして広大な……まばらに散って揺らめく星々を見つめていると自然にため息が出る。
ああ、宇宙はこんなにも美しい。
星に祈りを……人類世界に、平和と安寧を……そして……。
「なぁに、浸ってんだい? 提督、じゃなくて……ああ、仮提督なんだっけ」
ヘッドセットに飛び込んで来た無邪気な女の子の声で我に返る。
「むぅ、いきなりなんだね? 電君。人がせっかく気分を出していたのに……」
こう言うのは気分が大事なのに……ぶち壊しだった。
この娘、鬼か……なんてことをするんだ。
例え、星空が見えず、1G重力下で時よりゆらりゆらりと揺れる……どこらへんが宇宙なのか、小一時間ほど問い詰めたい環境だったとしても……だ。
「いや、なんか遠い目をしながら、ブツブツ言ってるし……イッちゃったのかと思っちゃったよ。あまり言いたかないけど、トリップ癖ない? それって人としてどうかな? って思うよ……何ていうかおかえり?」
ふふふ……なかなか酷い言い草である。
だが……私は美少女には、常に紳士であれと誓っているのだ!
……だから、心の涙を流すだけに留め、軽く微笑んでみせた。
「ああ、ただいま。君の笑顔にカンパイッ!」
……ウィットに富んだジョークでの切り返し。
これぞ、紳士の余裕と言うものだ。
「……その返しはどうかと思うよ。……キモッ!」
……年端もいかない女の子に、「キモッ!」とか言われる。
思った以上のダメージだった……だがいけないっ! 紳士とは何時いかなる時も笑顔たれっ!
例え、心が咽び泣いていても、笑って笑顔で受け流す……紳士よ、紳士たれっ!
「さすがに、その返しはどうかと思うのですよ……。でも、電……一応、言うこと聞いてやれって、命令されてるから、それくらいにするのですよ……。それにこのリボンくれましたからね。可愛くてとっても素敵ですよ。なんと言うか……レディの扱いってものを解ってますねぇ。あとは、戻ったら紅茶とケーキとか用意してあったら、最高ですよ。あ、クッキーも美味しかったです! また……お願いしますね」
何かと言うと、反抗的な電と対照的に、朗らかな微笑みを浮かべながら、そう返したのは相方の雷。
ああ……なんだろう、癒やされるようだった。
違 う理由で目頭が熱くなる……今日はやけにエーテルの風が目に染みるな。
「思い切り物に釣られてないかい? 雷。けどまぁ、メリケンのトッチャンに命令されるんじゃなくて、故国のおじさんがマスターってのは悪くないけどね。けど、あたしもその赤のチェック柄が良かったな……青チェックも悪くないけど、たまに取り替えてみない?」
お、おじさん……確かに30代はおじさんかもしれないけど。
せめて、お兄さんと言ってほしいところだった。
「嫌です。区別できないからってプレゼントしてくれたのに、取り替えたら意味ないです……電。提督さん、これで私達の区別できますよね? これで間違ったらグーパンものですっ! ちなみに、落ち着きのあって、色気もあって、優しいお姉さんの方が雷なので、改めてよろしくですー!」
「何が色気だよ……どっちも見た目は一緒だっての……。提督(仮)さん……こいつ、猫被ってるだけだけで、案外腹黒なんだぜ……騙されんなよ。あと、マスターの細々とした指示とか待ってられる程、戦場は甘くないからね……。ここはひとつあたしらの戦いっぷりを特等席で黙って見てる事をお勧めするよ……なぁに、一瞬で終わらせるさ……そうだろ? 雷」
モニターにはそれぞれ、黄色いボブカットの水色のセーラー服の少女達が映っていた。
電と呼ばれたほうは、一房だけ束ねた髪の毛に青いチェック柄のリボンを付けていて、雷の方は同じように赤いリボンを髪に飾っている。
彼女達は双子のように見た目が瓜二つで服装まで一緒。
髪の毛の長さまでお揃いにする徹底ぶりなのだから、恐れ入る。
とは言え、口を開かないと全く見分けがつかないので、識別用に色違いのリボンをプレゼントしてやったのだ。
識別用アクセサリーなんて、嫌がられるかと思ったのだが……思った以上に好評だった。
私の前任者とやらは、あまり気が利かない男だったのだろう。
もっとも、識別用と言ったのに結局、二人共同じ赤いリボンがご所望らしい……困った。
同時に、なんでこの二人が服装から何から何まで一緒なのかもなんとなく解ってきた。
……要はお互い羨ましがって、同じものを身に着けたがるからだろう……髪型も同じでないと気がすまない。
ちなみに、性格は電の方が結構ガサツ、ちょっと毒舌気味なんだけど、基本的には素直で気の良い娘だった。
雷は対照的に気も優しくて、おとなしいのだけど、たまに手心無しの毒を吐く事もある。
だが、本質的にはどっちも一緒……つまり、可愛いっ!
可愛い美少女で、同じものが世の中に二つもあるのだ……素晴らしいっ! 素晴らしいではないか。
どちらも見た目は小学生程度のお子様なのだけど、私は自他ともに認める美少女を愛してやまない紳士なので、全く問題ない。
なお、私は愛でる専門なので、彼女達を邪な獣欲で見るような輩は断じて許さない。
……断固反対、その存在自体を否定する立場なのである……。
万が一、我が前に立つならば、むしろ死ぬが良い……私はそう言う主義者だ。
アー・ユー・レディ?
「ああ、どのみち私は……こんなエーテル空間戦闘に立ち会うなんて、今回が初めてだからね。大人しく君達の後ろで見学させてもらうとするよ……諸君の健闘を祈る! なんてね」
そう言って、別のモニターをみると、前方を文字通りエーテルの波を立てながら先行する2隻の大日本帝国海軍の駆逐艦の後ろ姿が写っていた。
大きさは120m程度……総排水量としては約2000トン。
どちらも外装はおなじに見える。
それぞれの側面にカタカナで「イカヅチ」「イナヅマ」と識別名が記されているのが唯一の違いだ。
そう……この駆逐艦こそ、先程の二人の本体と言うべきもの。
彼女達は、この駆逐艦をたった一人で動かす、戦闘艦艇頭脳体……通称「スターシスターズ」と呼ばれる存在だった。
……宇宙空間で、駆逐艦が曳き波を立てると言うものおかしな表現なのだが。
今、我々が居る空間は宇宙空間ではなく、エーテル空間と呼ばれる亜空間だった。
この空間は、二層に分かれていて濃密な液体のような性質を持つ流体層と希薄な気体層からなる。
流体層はいわば河川に似ており、常に一定方向へ向かって流れがある。
川で言うところの両岸は、次元境界壁と呼ばれていて、ある種の斥力場のようなものに阻まれている。
どのみち、その先にはなにもない暗黒空間が広がるのみなので、そっちには誰も近付こうともしない。
とにかく、この銀河の大河川の流れに乗ることで、光の速度よりも早く、はるか数千光年先の遠い星まで数日でたどり着ける……これが未来の人類が手に入れた超長距離間移動手段なのだ。
あまり実感もないのだけど……私はこうしている今も、とてつもない速度で動いているのだ。
このエーテルの大河は、銀河系内を円周状に流れており、メインストリームと呼ばれる円環状の一際太い流れを中心に、幾多もの円周状の支流が重なり、更にそれぞれが相互に支流で、複雑極まりない形で、つながっている。
……21世紀の身近なもので例えると首都圏の環状高速道路でも思い浮かべてもらえばいい。
多重円環構造……ちょうどそんな感じで、当然ながら平面になっている。
もちろん、これは自然物でも、人類が作ったものではなく、古代先史文明が作り上げたもので……人類はそれをちゃっかり再利用している……と言う話だった。
そんな訳の解らんものに頼る未来人の神経が信じられないが……幸か不幸か人類以外の異星文明や古代先史文明とは遭遇していないのが実情だった。
恒星系の近くでは、恒星の重力場の影響でエーテルの流れに淀みが出来るので、そこに人工的に重力場を形成すれば、通常空間とエーテル空間を繋げる穴が出来上がる。
それが超空間ゲートと呼ばれるものだ。
エーテルロードは、超空間ゲートを使って、大宇宙のオアシスと言える恒星系を相互に繋げる……極めて重大な役割を果たしていた。
当然ながら、どの星系も、エーテルロードとの繋がりがないとやっていけない。
それ故に、超空間ゲートはどこに行っても最重要拠点となっているようだった。
とまぁ……私も、座学で長々と説明されただけなので、細かい事はいまいちよく解っていない。
要するに、一方通行の高速道路とでも考えておけば良い。
好き勝手な所で降りれなかったり、流れの緩い所に補給施設があったり……その辺はまんま高速道路と同じ。
うむ……誠に解りやすいな。
どちらにせよ……私のような2000年代生まれの旧世界人にとっては、2600年代の宇宙時代は未知のテクノロジーのオンパレード!
とにかく、すごいぜ未来人! やる事半端ない……と言うのが月並みながら、私の感想だった。
もっとも難点としては、常に一方通行状態なので……。
例えば、流れの上流に位置するとなりの星系に行きたいと思ったら、銀河を一周してくる必要がある。
一応、流れに逆らって行くことも不可能ではないらしいのだけど……銀河系一周するのにせいぜい三日程度しかかからないそうなので、無駄にエネルギーを使ったり、交通を乱すよりは、流れに身を任せて、急がば回れ……と言うのが正解なんだそうだ。
それに抜け道のような支流があちこちに複雑に絡み合っているので、その辺を活用すれば、いくらでもショートカットできるので、一方通行だからと言って、あまり困っていないようだった。
もっとも、戦闘の場合はそんな事言っていられないので、戦闘艦は縦横無尽にエーテル流体面上を駆ける事となる。
場所によっては、このエーテルロードは狭かったり、広かったり……流れも強い所と弱い所がある。
流れも複雑怪奇で黙っていると同じ所をぐるぐる回り続けたりする事もあるし、ちょっとした読み間違いで乗る流れを間違えるなんてこともある。
その上、エーテルロード内も通常空間から紛れ込んだデブリやら、小惑星が浮いてる事もあるし、潮流の関係でデブリがぎっしり集まるような難所もあると聞く……。
その辺は地球上の河川と似たり寄ったり……複雑に曲がりくねっていないだけまだマシだ。
いずれにせよ……エーテル空間は特に外縁部ほど、そんな調子になってくるので、戦艦や空母のような大型艦は、通常航行時はともかく、戦闘ともなれば取り回しに苦労する事が多いのだそうだ。
その為、むしろ小型艦の方が重宝されているのが実情だった。
その辺は、過去の大戦時と何ら変わりない……小さいは素晴らしいのだ。
そもそも何故、彼女達のような存在が必要とされたのか?
それは、そんな未来世界の銀河連合の生命線といえるエーテルロードを脅かす存在が現れたからだ。




