付喪神談義 後編
普段話す事のないような思い出も、理解しあえる存在が居たなら、思わず語ってしまうものなのかもしれない。
千枝を主と決めた華美な乳あてから生まれた「ルシファー」は、「ごすろり」と呼ばれるらしい派手な姿をしているが、その実寡黙な付喪神である。感情を荒げることもなく、表情の変化も乏しい。しかし、千枝に向ける親愛の情はとても素直に伝わるのだ、そう千枝自身が梨緒に自慢していた。
そんな彼が今日珍しく饒舌なのは、例えるならば修学旅行における「夜の恋バナ」のような気持ちなのだろう。一人が語りだしたせいで、なんとなく続いて語る空気になったのかもしれない。
「俺が『付喪神』として目覚めたあの日の事は話さなくても覚えているだろう。だから、初めて手に取ってもらえた日と、必要無くなった日の事を……」
+ + +
千枝が俺を手に取ったあの日、彼女はまだ小学校高学年と呼ばれる年齢だった。俺や仲間たちが並ぶ棚を見に来るのは大人の女性が多く、稀に下着に愛着を持つ男性が忍びのように売り場に入り、そっと触れて帰っていく以外の驚きはない。そんな生活だったからか、幼いが整った顔立ちの少女の存在は新鮮だった。
母親の手をひき、意気揚々と売り場に入ってきた千枝は値段を見ることなく俺を手に取った。俺のデザインは、全体的に繊細な花の刺繍があり、色は薄い桜色。上下セットで着用できるように下着も対となって売られていた。その造形からか、そこそこ値段は高い。だが、千枝はためらわず母親に「これに決めた!」と突き出した。
母親は、値段はともかく、せっかくだからと対となる下着も購入したが、その下着はわずか数日で命を終えた。千枝が勢いよく下着を履いた際、両脇のレース部分を同時に指で突き破ったのだ。もちろん、残念な姿となった下着は即座に母親に気づかれ、タンスから消えた。
正直なところ、俺もいつそうなるかと戦々恐々だった。だが母親にモノの扱いを厳しく注意されたらしく、その後千枝が俺たちを突き破ることは無くなった。もちろん、経年劣化で移り変わりはあったが……。
時がたつにつれ徐々に千枝を支えられなくなってきていた俺は、己の役目が終わる日が近づいているのを理解した。だが、千枝は限界まで俺を使い続けた。身に着けるたび「くっ、こぼれる! おさまれ、おさまるのだ、おさまりたまえ!」などと言いながら。
最近の女子というのは面白い物言いをするものだと思っていたが、どうやら千枝の個性らしい。彼女は「二次元」とやらをこよなく愛する女子で、そこから学ぶものが彼女の血となり肉となっているらしい。千枝談、ではあるが。
無理やり俺に乳をおさめていたが、忘れもしない高校生になる前日のあの日、とうとう肉がこぼれて溢れた。だいぶ前から、乳を入れるカップの上に肉が盛り上がるようになっていたから、相当苦しかっただろう。それに耐えるほど気に入っていてくれたことが幸せで、もう捨てられても構わないと先に待つ未来を受け入れた。それに、これからの彼女を支えていく下着たちは十分に用意されていたから。
だが千枝は俺を捨てず、丁寧にたたんでタンスにしまった。
その理由はわからないが、使えなくとも手離しがたいと思っていてくれたなら、嬉しい。
「一度役目を終えた俺を、まだ必要としてくれるなら。まだ千枝が望んでくれるなら、俺はここにいよう――そう思うんだ」
そう、千枝の幼馴染である梨緒さんの付喪神「マロ」さんに話した。
「るしふぁーよ、今の思い出話……間違っても梨緒にするでないぞ」
マロさんの眼はなぜか据わっているようにみえる……なぜだろう。
「とくに『乳が溢れる』だの『乳が零れる』だのが伝わった日には、面倒なことになる未来しか見えぬ」
頭を押さえているところを見ると「面倒な未来」というのがありありと見えてしまったらしい。
片や大きさを持て余し(?)、片やささやかさに悩む。
人というものは興味深い。
互いに面白い主を得たもの同士、こうして語り合えるのが幸せだ。そう、文句を言いながらも口のはしが上がっているマロさんを見て、より強く思った。
そして案の定乳に関する色々を買ってきた梨緒さんは、マロさんの微塵も歯に衣着せぬ口撃によって撃沈することとなった。




