付喪神談義 前編
今回は、ちちがみサイドの話です。
今日は朝早くから梨緒と千枝が出かけた。十中八九、乳の育成に関するものを探しにいったのであろう。
毎度よく懲りないものだとは思うが、あの、幾度厳しい現実に打ちのめされても立ち上がる、雑草、もしくは達磨のような「めんたる」の強さだけは褒めてもいい。
こんな静かな日には、梨緒との出会いを思い出す。
あれは、梨緒がまだ十にも満たぬ頃だった。
これは梨緒には言えぬことだが、一昔前に比べて最近は子供の発育が良い。そのせいか、売られていく「女児用運動乳あて」は、一昔前の我のような作りではなく、ちゃんとした「大人用乳あて」に似た作りをしていた。
我のような、飾りのない白い綿素材に、中央に小さく付けられたピンクのリボンという子供らしさを追求したものなど、手にするものは居なかった。
ごく稀に、厳しそうな母御が手に取るも、着用するであろう娘からの全力の拒否に負け、また元の位置に戻されるのだ。
誰も我を必要としない。
鬱々とした時間は無駄に過ぎ、とうとう「わごんせーる」と呼ばれる屈辱の棚に置かれることとなった。……我は、己の非力さと無念さから、もうこのまま消えてしまいたいとさえ思った。
そんな時、あの脳天気な梨緒に出会ったのだ。
見た目だけなら純粋そうな娘と、その手を引くのはまた、清楚そうな母御であった。
しかし。
「おかーさんっ! 真っ白はオトコ受けがいいんだよね、あたしコレにする」
「えぇ? それこの前私が買った雑誌に書いてあった……って、また勝手に読んだのね?」
「男心のリサーチは大事よっておかーさん言ってたじゃん」
……なんという純粋さのかけらもない母娘だ。
中身はともかく、母御の姿形から察すると、この娘もそこそこの「すたいる」になるやもしれぬ。手に取ってもらえたことは有り難いが、強度も支える力もない我では、この娘の期待に応えられぬ……。
しかも、我を見つめる母御の眼差しが「え? 今時コレ選んじゃう? 娘のセンスやばくなーい?」と現代風にありありと伝えてくる。
そう、なりたくてこの「女児用運動乳あて」になったわけではないが、さすがにこれは……と言ってしまいたくなる「でざいん」をしているのだ。その事実をこの幼子は理解しているのか。その母御の表情を見て、また手放されるのでは――そうあきらめかけた。
しかし、この娘は我を抱きしめて離さなかった。そして「出来るオンナは、見えないところも真っ白じゃないとね!」などと大人びた言葉を発したのだ。
あれから七年、流石に我も幾分くたびれた姿になったが、いまだ梨緒は我を愛用する。「これが一番楽なのよね」と口では言っているが、その実、収まるべきものが一寸も成長していないことも原因のひとつであろう。
だが、あの日手に取ってくれたのが梨緒で良かった、と思う。
必要とされず、悪しき付喪神に堕ちる道しかないと人を憎み始めたその時に、あの明るさに出会えたことで救われた。
残念な事実ではあるが、ただの付喪神である我に、乳を育てる神仏的な力などない。でももし僅かでも力があるというのなら、梨緒の夢(Aカップ)が叶うまで寄り添いたいと思うのだ。
鼻をすする音と、小さな拍手が聞こえた。
「俺も、千枝に寄り添いたい……と思う。心から」
千枝の乳あてから生まれた『ルシファー』が涙ぐんでいた。
それぞれの主が「留守中寂しくないように仲良くしてね」などと気を使い、珍しく同種の仲間と過ごすことになったわけだ。だがこの「ルシファー」は主である千枝と違い、口数も少なく表情の変化も僅かだ。
二人でポツリポツリと思い出話をしていたわけだが、ルシファーがこんなにも涙ぐむような昔話だっただろうか……そう思った時、彼もまた語りだした。