全て受け入れ許される?
学生が、限りある尊い一日の大半を過ごす場所――それは、学校。
教室の中で、特に柔らかい日差しが差し込む窓際の席、その最後列に彼はいた。
薄いフレームの黒縁メガネを愛用し、メガネ装着者にありがちな「メガネ」だの「ハカセ」だの「委員長」などという無個性な呼び名で呼ばれることなく穏やかに過ごせるのは、彼ならではだろう。
……そういえば担任も一応眼鏡着用者だが、今回の話に全く関わらないので割愛する。
手元の教科書やノートには目もくれず、優しげな瞳で外を眺める彼は、きっと誰もが知る日課の最中なのだろう。
そうこうしているうちに、無機質なチャイムの音が鳴る。全ての授業の終わりは告げられた。
「ふふっ」
教科書を片付けながら満足げな微笑みを浮かべる彼は、一見すると麗しい。整った顔立ちとその優秀な成績で、女たちは皆少なからず己の心臓を不整脈かと疑うことだろう。
そんな彼の中身を知るまでは。
「ねえ、変態メガネ。今日も女子の体育見てたの?」
そう声をかけると、彼の表情が固まる。
「その呼び名は心外だと何度言えば伝わるんだい? 山内さん」
……え? 今更? と思われるかも知れないが、我が人生における永遠のヒロインこと私、梨緒のフルネームは山内梨緒だ。このクラスの女子は全員下の名前で呼んでくれるし、マロに至っては初対面で呼び捨てだったから、彼の存在はある意味貴重かもしれない。
彼は中指でくいっと眼鏡の位置を直すと、椅子をずらして私に向かいなおした。
「思春期のさなかである心身ともに健全な高校生男子が、体育中の女子に興味がない可能性など微塵もあるはずないだろう? これは成長における正常な反応であって、『変態』という評価を下されて良いものではない。そう思わないかい?」
さも正論だというように語っているが、彼はつまり隠す気のないオープンな変態ということか。まあ、コソコソしながらムッツリされるよりは潔いのかもしれない。
が、人として難はある気がする気持ちは否めない。
「変態メガネの性癖はどうでもいいんだけど、今日はお互い日直なんだからやることだけやろう?」
「や、やること、とはまた直接的な誤解をうむ表現を使うものだな! きみも女子として少しはその言葉遣いを考えたらどうだい?」
コイツの脳内は常にピンク色なのだろうか……そんな眼差しをむけつつ、黒板消しを手渡した。昨今ホワイトボードでお洒落に授業をする学校もあると聞くのに、うちの学校は未だ黒板とチョーク、そして舞い散る粉が大活躍だ。
彼は優雅に立ち上がり、黒板に向かうと、さも名案を思いついたと言わんばかりの表情で私に意見を伝えた。
「黒板を消すのなら、上半分を山内さんが消してくれないか? 下半分は僕が責任をもって消そうじゃないか!」
「……その心は?」
「女子が背伸びをした時にのみ見ることができるという、その制服の隙間も美しい」
私は有無を言わさず下半分を消し始めた。
「梨緒ー、手伝うよ!」
そう声をかけてくれた千枝に助けられ黒板消しを上下に動かす。千枝も右に左にと、書かれた文字を消してくれる。
そんな姿を眺める変態メガネ。教卓に肘をつき、軽くもたれながら満たされた表情をしている。その視線の先にあるのは千枝……のFカップ。
「ねえ、なんでそうストレートに胸ばっか見るわけ? そんなんだから『変態』って呼ばれるんだよ? 学級委員長兼生徒会長、成績優秀で顔もいい……モテるフラグの全てを『変態』っていう事実がへし折ってるの気づかない?」
呆れつつも一応クラスメイトの優しさで、この変態に現実の厳しさを叩きつけてやる。少しは目を覚ませ、この変態が!
そう思っていた瞬間が私にもあったわけで。
「あっはー、梨緒ったら無理むり! 私もそうだけど、基本変態に常識的な言葉なんて伝わらないって。私もそうだけどっ!」
二度言ったのは、よほど大事なことだからだろうか。
己の乳を隠すことなく眺められて、一番憤慨しても良い立場だったはずの千枝がそう笑い飛ばした。千枝とこの変態メガネは何故か入学当初から気が合うらしい。
しかしながら巨乳というのは誰からも眺められてしまうというリスクも持っているのね。
もちろん「どこ見てんのよー!」と言いながら恥ずかしそうに頬を赤らめるという行為は、憧れの仕草ランキング(私調べ)の不動の一位だ。
脳内で巨乳の私がその仕草をしているつもりだったが、うっかり現実でも腕を動かしていたようだ。しかし当然のことながら、エア巨乳はかすりもせず、ただ胸の前で腕をクロスした貧乳が一人。
「山内さん、僕はね、大きさなんて関係ない。あるものをあるがままに受け入れて愛しているだけだ」
平等にね、と、私の仕草から何かを悟った変態眼鏡がウインクしている。
「推しも嫁も平等に愛してこそだもんね」
「その通り」
微妙にかみ合わない会話を交わす二人を置いて、理解者(?)の待つ我が家へ帰ることにした。
+ + +
「ってな事があったわけよー!」
その一言で悶々とした全ての感情を伝えられるから、話が進めやすくて大変助かる。
私の相棒? のような、育乳サポーター兼辛辣なアドバイザー? かもしれないマロは微妙な表情で聞いていた。
「梨緒、つまるところ、その変態メガネとやらは貴重な存在ぞ? つまり『今のままの梨緒』でも受け入れられる、ということであろ?」
マロはそう言うと、手に持った扇の先端をこちらに向けてくる。
確かに変態メガネの言を信じるならば、彼は持てるもの、持たざるものも、等しく愛せるという。
しかしそれはあくまで限られた部位の問題であって、私個人を指すものでは無いと思うのだけれど。
「梨緒よ、この際実らぬ努力はやめ、将来の伴侶でも探してみたらどうか? そなたが全力で物事に挑む姿を眺めるのは面白……好感が持てるが、そのままで得られる幸せとやらもあるやも知れぬぞ」
――人の努力を娯楽にするな、マロめ。
だがしかし、可能性を信じて膨らみ続けた期待というのは、そう簡単に消せるものではない。一度きりの人生における『後悔』という一滴のインクの染みなんぞ、作りたくはないのだ。
「齢17にして伴侶探しはさておき、とりあえず迫りくる夏に向けて色々したいよね。水着を着るその日までには、Aカップの壁を登りたいな」
その言葉を受けたマロは、なにやら言いたげな視線をこちらに向けているが、そこは黙殺する。だってまだ17歳だもんね!たった17年で諦めてしまうには、日本人女性の平均寿命的に考えて早すぎるもんね。
前向きになって就寝した結果、何故か夢に変態メガネが出てきてしまう非常事態に、「え、もしかして、恋?」などどいう気の迷いを、一瞬だけ頭によぎらせてしまった私がいたが、とりあえずまだ夜中だし、原因と思われるマロを指でつついて安眠妨害しておいたのは内緒です。
時計を見たらまだ1時。22時から2時まで成長ホルモン様が活発になられている貴重な時間なので、無駄にしないよう再び眠りにつくのでした。
明日の朝は、膨らむかな!
適切な時間での安眠が胸に良いと谷口が知ったのは、取り返しのつかない現実に気づいてからでした。
異世界転生しないかな……。




