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ちちばなし  作者: 谷口由紀
貧乳成長記
4/12

新たな仲間と遺伝子と

「おじゃましまーす」


 全体的にピンクや白やレースで纏められた女子力高めのこの部屋は、梨緒にとって「うちらズッ(とも)!」という冷静になるとやたら恥ずかしいプリクラを撮れる程度に仲の良い幼馴染のものだ。


 休日にどこかへ連れていけと騒ぎ続ける乳神を手提げ鞄に放り込み、行く場所も思い浮かばなかったので、通りを挟んで向かい側にあるこの家にお邪魔したのだ。

 そもそもこの存在は自分以外にも見えるのだろうか……と幼馴染の千枝(ちえ)の前に乳神を出した。


「……また買ったの、SD(スーパードルフィー)。あ、でも今度のは和風のイケメンなんだね。」

 千枝はそう言うと、乳神を指でつついた。


「あのね、これドールじゃなくて『神様』なんだって、一応」


 一応、の言葉が気に入らなかったのか、幸せそうにつつかれていた乳神は抗議の声をあげた。

「我は乳神! 長年大切に使われるという、選ばれしものだけが変化する『付喪神』ぞ!」


 突如声を発した乳神に対し、千枝は一瞬つつく指をとめた。――かのようにみえたが、ここぞとばかりに袴を捲ろうとしている。

 「中身はどうなってんのかな」と言いながら、にやにやと乳神をまさぐる姿に、彼女が三次元に興味のない人間であったことを思い出した。

容姿に恵まれているのに、宝の持ち腐れとはこのことだ。


「ちょ! やめっ! ひあああぁっ」


 60cmの付喪神は情けない悲鳴をあげている。

 脱がされまいと必死に襟元の合わせを握りしめた乳神の姿に、不思議と胸が熱くなったが、ここは持ち主(?)として助けねばなるまい。

 千枝の魔の手から、乳神をするりと抜いて自分の膝に乗せた。

 残念そうな千枝を「まあまあ……」と制しながら。


「いいなあ、乳神。私も欲しいなあ」

 千枝は人差し指を咥えながら言う。目が乳神に釘付けなところから察するに、本気らしい。

「付喪神らしいから、千枝も探したら? くったくたでダルダルした使い古しのブラとか無いの? いるかもよ、付喪神」


 そういうと、千枝は早速部屋にあるアンティーク調のお洒落なタンスから付喪神をサルベージしようと動いた。

 残念ながら千枝は私と違い「巨乳様」なので、きっと長年使い古したブラなど存在しないだろう。


 ――そう、思っていた。


「あったーっ! 中三まで私のお気に入りだったブラ!」

 取り出したものは薄ピンクのレースブラだった。

 その繊細さが眩しい。

 その存在感のある曲線と、頑丈そうなワイヤー。

 ……間違いなくC以上!


「高校に入ったらFになっちゃったから、はめると溢れちゃうんだよね」

 溢れちゃうんだよね。

 だよね……。

 よね……。

 ね……。


 脳内で無駄にエコーがかかる。

 ちなみに「『溢れちゃうんだよね』は、人生で一度は言ってみたいセリフ」の上位にランクインしている。


「ねえ! これは付喪神にならないかな? 気に入ってたし大事にしてたんだけどなぁ」

 千枝が乳神にぐいぐいとブラを押し付けている。

 うちの乳神の顔は唐辛子のように赤くなっていた。


「つっ、付喪神がおるかどうかは問いかけてみればわかる。 とりあえずその恥ずかしい布を離せっ」

 照れている乳神の姿が面白く、つい意地悪を言いたくなる。

「自分だってその恥ずかしい布から生まれたくせに」

「そなたの乳あてはワイヤーなど入っておらぬし、こんな美々しい飾りもないっ」

 即答でした、すいません。

 仕方ないんだよ、私が愛用してるのは世の女児が生まれて初めて買うブラなんだから。女児はセクシーランジェリーなんか必要ないわけで。


 そんなやりとりを眺めていた千枝が、ちいさく「あ」と声をあげた。

 そちらに目をやると、ブラの置いてあった場所にブラは無く、ゴスロリと呼ばれる服装に似た、個性的な衣装を身に着けたイケメンが立っていた。

 ……が、身長は乳神と同じくらいだろうか。

「千枝、見つけてくれてありがとう。君が望むなら、俺はここにいよう」

 小さいくせに、セリフはいっちょまえだ。


「これが、私の乳神、になるのかな?」

 千枝はゴス神に顔を寄せている。

「どうなの、乳神?」

 乳神はゴスに近寄り扇でつつくと、こくりと頷いた。

「そのようだな。我と同じ存在に相違ない」


 千枝はゴスを抱きしめ「リアル俺の嫁!」などと叫んでいる。そして「今日から君は『ルシファー』だからね」と、どうやら厨二臭い名前を授けたらしい。


「せっかくだから、うちも名前つける? 和風だからマロとか」

「そなたもしや、犬はポチ、猫はタマで鳥はピーちゃん派であろ?」

 私の今までの名づけをドンずばで当てられるとは思わなかった。


 「ルシファー」を抱きしめて小躍りしている千枝を眺めた。

 動くたびにドリブルでもしているかのように乳が激しく上下に動いている。

 ルシファーの顔面が乳にめり込んでいるが、ちゃんと張り付いているところをみると生命の危機ではないらしい。


 ばいんばいんと揺れるものを視界の端に入れながら、その光景を羨ましそうに眺める隣の乳神に問うた。

「ねえマロ、千枝と私の胸の差って……何だろうね」

「遺伝、ではないかの?」

「お母さん、C寄りのBなんだよね」

「ならば隔世遺伝かの?」

「どっちのおばあちゃんも、超垂乳根なんだけど……」


 乳神改めマロは出会ってから何度目かの「可哀想なものを見る目」で私をみると、ぽつりとつぶやいた。


「……突然変異、かの」


 あれれ、目から汁が出てきた。

 目の前でいちゃつく千枝達と、横で申し訳なさそうに俯く乳神――もといマロが霞んで見える。


 今日は鶏肉を食べるんだ。

 飲み物はザクロジュースにするの。

 私の心が伝わったのか、隣でマロが「あちゃぁ」って顔をしてるが、みなまで言うな。


 千里の道も一歩から。

 ゆれる乳を眺めながら、今日もまた新たな一歩を踏み出すためのスタートラインを探すのでした。

 


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