祈りを捧げる
「合掌」それは祈り、お詫び、感謝、尊敬の念など、心が動いた時に自然と両の掌が合わさる行為である。
起源が~、とか語源は~……ということに関しては、気になった者が調べれば良いのだから、今は多くを語るまい。
ただひたすらに掌を合わせ、無心に祈るのだ。
「ぐぬぬぬ……」
胸の前でもてる力の限り合された掌が、生まれたての小鹿の脚のようにぶるぶると震えている。この祈りは何年繰り返されたことだろう。
ふと隣を見ると、先日から有無を言わさず住み着いている「乳神」が、眉毛を八の字にしてこちらを眺めている。
時折、手にした扇で脇をつついてくるのはやめて欲しいものだ。
「梨緒、そなた『胸筋』というものをしっておるか? その姿勢は、乳まわりにほどよく肉のあるものが、その土台となる胸筋を鍛えるためのものでな……」
言いかけた言葉を、わざとらしく途中で濁す乳神に殺意が芽生える。
夢を見たっていいじゃないか。順番はともかく、土台が出来たら乳だって大きくなるかもしれないし。
そんな気持ちを読み取ったのか、乳神はひとつ大きなため息をついた。
「わしが知る限り、ぼでーびるだーに巨乳はおらん」
……その言葉に、この数年捧げた祈りはむなしく砕け散った。
脳内で筋骨隆々なメンズが様々なポージングを繰り返す中、気を取り直して日課である測定をはじめることにした。
ちなみに測定の仕方は、立ったまま最敬礼をするように腰を45度に曲げる。
すると……なんということでしょう! この姿勢をとることで、全くなかった乳まわりにもわずかに肉があらわれるではありませんか! ……脳内でそんな某事前事後番組に似たナレーションが流れる中、ただ黙々と測る。
乳首をトップ。下乳の下がアンダー。ただそれだけに集中して、メジャーが示す数字を読み取るのだ。
その時に気をつけなければならないのはただひとつ。力いっぱい測ると、メジャーで乳首が潰れる。潰してしまうと大切な数ミリが、全くの無駄になるということだ。
貧乳にとって、乳首が頑張ってくれる数ミリは死活問題なのである。
さて、今回もトップとアンダーの差は、相も変わらず7.5cmに満たない。
乳は二つあるのに、わずか7.5cm。つまり片乳に換算すると3.25cmの存在感すらないのである。
せめてそのカタチが円柱であれば、確かなものであったかもしれない。
私の使っているスマホでさえ、縦は15cm、横は8cm近くあるというのに……。
「ぼろ負けじゃの、梨緒」
「うるさい、身長60cmの付喪神! 乳が成長した暁には、ファーストブラごとポイだ!」
「そういう言葉は、せめてAが一個になったら言うがよい、ギリギリAAめが!」
――痛い。
元が私のブラから生まれちゃったせいか、遠慮も容赦もない言葉が心にざくざくと突き刺さる。
Aカップへの階段をあがるには、両乳で10cm以上が必要である。
つまり片乳に課せられたノルマは5cm。
……成長期さえきてくれたら楽々あがれるものを。早く来い、第二次性徴!
「梨緒よ、第二次性徴とは……早ければ小学生の間ににくるものであって、そなたはもう……」
私は素早く両手で耳を塞いだ。
そのまま「あー、あー」と声を出すと、外界の音が遮断され、おもう存分自分の心の叫びを堪能できるのだ。
そんな私を、乳神は可哀想なものを見るような貌で見ている。
――第二次性徴は、きっとくる。
きわめて控えめなサイズの乳を胸に、日々足掻こうと決めたのだ。




