乙女心と緊褌一番
私の好きな四字熟語は「緊褌一番」だ。
褌を引き締めて物事に取り組むという意味だが、この「褌を締めなおす」という表現が実に素晴らしい。文字だけで、荒々しくも勇ましい男たちが、キュッキュキュッキュと引き締めている様が脳裏に浮かぶ気がする。
あまつさえ、着用したことのない私ですら、絞られた褌のように気分が引き締まる気さえする。
それはさておき、私がなぜここまで気持ちを高めているかというと、今日は千枝と愛梨の三人で街へ繰り出す約束をしているのだ!
「梨緒、状況説明とやらは終わったのか?」
そういうマロは、暑さに全力で敗北したようで、袴を膝までたくしあげながらボウルに入れてあげた水に足を突っ込んでいる。
ちなみにこのボウルは百均でゲットにたもので、料理に使うものじゃないから、衛生的にも配慮はばっちりだ。
「状況なんてどうでもいいんだよ。今わたしが悩んでるのは、トータルコーディネート!」
「とーた……るこーで、ねいと? とは、なんぞ?」
変な呪文のようになってしまったそれはともかく、本気で首を傾げているこの付喪神、分かっていたが現代の言葉に弱いらしい。
私は数着の服を体にあて、マロの前でくるくると回ってみせた。
「今日はね、家族以外の相手に初めてのパットデビューの日なの。いわばこれは初陣なの! 勝って錦を飾りたいじゃない!」
服を体にあて、回る……を繰り返したが、マロはうんともすんとも言わない。
しかし実際に「この服どう思う?」と聞いて、相手に「すん!」などと真顔で答えられた日には、きっと殺意しか浮かばないだろう。
「オナゴは大変じゃのう……。服なんぞ、要所が隠れておればそれで良いのではないか?」
「出た、投げやり! もし私たちがカップルだったら今のセリフで関係にヒビが入ったね!」
「そなたと恋仲になる相手は大変よの……。些細なことでヒビをいれていたら、睦まじく過ごすことなど夢のまた夢」
扇でぱたりぱたりと優雅っぽく扇いでいるが、ボウルに足を突っ込んだ平安貴族など、優雅さのかけらもない。
あてにならないマロは放置して、私は胸が目立ちそうなピチピチTシャツ、略してピチTを着て、デニム地のショートパンツを合わせることにした。
お母さんが見たら「なんなの? 無駄に肌だして!」とか顔をしかめられそうだが、こういう服装が許されるのは今だけなのだから、許していただこう。
若さと勢いがなければ、出すものも出せなくなるのだから!
何か言いたげな視線を送るあいつは無視して、私は出かけることにした。
+ + +
待ち合わせ場所で合流した瞬間、千枝と愛梨は爆笑した。
笑いたければ笑うがいい! このパットのおかげで、今の私は聖母並みに心が広いのだ。
「ねえ、梨緒……さすがにそれはヤバいって。盛りすぎじゃね?」
千枝は手をパンパンと叩きながら涙目で爆笑を続ける。
「おっぱいに憧れる気持ちは分からなくもないけど、それ……かっちりしすぎてて逆に胡散臭いよ?」
言われてようやく気が付いたのだが、偽乳は歩いても微動だにしない。カッチカチなのだ。
その場でジャンプしてみたが、憧れの反動すらない。
「ねえ、もしかして……偽物って、すぐバレる?」
嫌な予感がして、私は愛梨に尋ねてみた。
一瞬考えた様子の愛梨が、閃いたように「万歳! 万歳してみ!」などと言ってきたので、一人静かに万歳三唱をしてみることにした。
万歳!
ばんざーい!
ばん……ざ、い……。
呼吸困難になりそうな様子で愛梨が指をさして笑う。
千枝は、マロ並みに「あちゃあ」という顔をする。
そして私は、たとえパット入りのブラであっても、引っかかるものが無ければ上へうえへとずり上がっていくことを知った……。
ピチTはブラによって無残にも引っ張り上げられ、もはやへそまで全開だ。
隠すことなくフルオープン状態である。
そして、服の中はそれ以上の大惨事で、乳首を乗り越えてしまったアンダーのワイヤーが、何を守っているのかわからないような場所まで上がってしまったのである。
乳が、あるべき場所からあってはならない場所へと大移動をしたのだ。
私は、服の中に手を突っ込むと、とりあえず定位置にもどした。
「今日は、あんまり腕を動かさないようにね」
千枝にそんな苦行を申しつけられた私の楽しい買い物は、まだ始まったばかりだった……。
+ + +
「せめてこっちの……胸にふりるがついた服にしておけば、パットがなくても多少は誤魔化せたものを……」
残されたマロは、床に散らばった服を並べる。
きっと落ち込んで帰ってくるであろう梨緒のために、マロは一人で貧乳に優しい組み合わせを並べ続けるのだった。
不定期の更新です。




