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ちちばなし  作者: 谷口由紀
本物と偽物と
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複雑な乙女心

 貧乳でも月に数日だけ乳に張りを感じることが出来る日がある。


 それを詳しく語ると保健体育の授業になってしまうので多くは語るまい。それでも「気になる」とか「知っているけど詳しく話してごらん……」などとニヤニヤする人が存在するのならば、自分の母親かお婆ちゃんにでも聞いてみるといい。運が良ければアッサリ教えてもらえるかもしれないし、失敗すれば説教大会になってしまうので要注意だ。


 もちろん、聞いてしまうその前に、私の好きな大手検索サイトを全力で勧めさせていただこう!


「梨緒、そなた静かに横になっておればよいものを、何故そんな大きな声で独り言を……」


 そう声をかけてきたのは、私の部屋に居候状態の付喪神、マロだ。

 ちなみに独り言ではなく一人ナレーターごっこだったのだけれど、その説明をしたところで、マロは絶対呆れるか馬鹿にするかの二択だから黙って受け流すことにした。


「うう……お腹が痛いし物理的に胸が痛い。私の元気が下から流れ出てるよう」


「流れ……気色悪いことを言うでない! ただの月の障りであろ? 腹を温めてしっかり休むがいい」


 この付喪神、一応オスのような姿をしているのに、まるで母親のように口うるさい。しかも気難しいといわれる生理中の女の扱いも理解しているっぽいから不思議である。

 仰向けに横になっていたが、隣に座るマロのほうに身体をむけた。この日だけ、ではあるが、横になると普段は感じない重さを感じる。


「ふひひ……」


 思わず顔がにやける。


「どうした、気色悪い!」


 本日二度目の「気色悪い」だ。この付喪神は本当に口が悪い。

 本心から気色悪がっている表情だが、ここはちゃんと説明しないと私のアレコレを否定されそうである。


「マロ、この笑顔は気色悪いものじゃないよ! 胸に感じる確かな重力につい微笑んじゃっただけだよ」


 たとえこれが僅かな期間のささやかな現象だとしても、そこにある確かな張りはどこか誇らしい。オスの姿のマロには理解できないことかもしれないが、女にとっての胸の大きさというのは、時にライオンのたてがみのような役目をもつことがある。

 それが立派であれば、自信にも繋がるうえに寄ってくるものも多い。


「あだだだだだ……」


 しかし個人差があるといわれる生理痛だが、私はかなり激しめである。毎月華麗に倒れるか、二日ほど学校を休む羽目になる。ちなみに今回は後者なので、平日の昼間に布団に横になっているのである。


 痛がる私のリアクションに、何か言いたげな視線を半笑いで向けるマロが口を開いた。


「梨緒よ、時期が過ぎたら無くなるような儚きものはさておき、ひとまず休むのだ。そなたの顔色、青を通り越して白くなっておるぞ?」


 指摘をされてきづいたが、確かに今日は顔面が寒い。この表現は貧血に慣れた人間なら伝わるかもしれない。鼻から上の辺りがやたら寒い。つまりは顔面に血が足りていない感覚だ。


「もうちょっと軽い痛みなら、ジャンプとかして重さを楽しめるのになぁ」


 仰向けに戻りながらつぶやくと、マロはずれた掛け布団を直してくれた。珍しく優しさを感じる。弱っているときに優しくされると甘えたくなるのが女心だと思う。


「ねえ、マロ。寝るまで何か喋ってほしいな」


 そういうと、マロは少しだけ微笑んだ。

 サイズは60cmだが、マロは元々顔面偏差値が高い。その口を開かなければ間違いなくモテる。普段こんなふうに笑わない異性に微笑まれると、胸が少しだけ跳ねてしまう。


 サイズを見ると即座に落ち着くけれど。


「ならば、昔話でも……」



+ + +


 数年前の話だ。


 少女は掃除機を手に悩んでいた。両親の居ない今ならば、アレが試せる。そしておもむろに掃除機の先端を外したかと思うと、さらに部品を一つ、またひとつと外した。


 少女の中で、その先端が丁度良い大きさの円になったことを確認すると、そっとコンセントにプラグを挿したのだ。

 電源ボタンを押すと、掃除機は吸引をはじめた。


 そして少女は意を決して己の乳をその吸い込み続ける円に押し当てた。


 しかし、想定外の事が起きた! 吸引力が強すぎて痛いのである。電源を落とせばよいのだが、少女は「こんなに強いなら、引っ張り出されるに違いない」と間違った確信をしてしまい、その愚かな行為を続けてしまったのだ。


 数分耐えた少女は嬉々としてそれを外した。


 すると、使用前とまるで変化の無かった少女の乳。もちろん大きさは微塵も変化はなく、ただ円形に……痛々しい赤紫に染まっていただけなのだ。


 そう、内出血である。


 少女は両親に叱られると思い、掃除機を片付けた。――難を逃れた、そう思ったに違いない。しかし彼女の母御が勘の鋭い女性であったため、入浴時に気づかれてしまったのだ。


 それを見て慌てた両親が、夜間救急病院へと駆け込んだ。


 そして哀れな少女は両親と看護師、若い男性医師が見守る中、己の行為を口頭で説明させられた挙句、目の前で吹き出した男性医師に「身体の成長とは」を長々と説明される羽目になったという。

 

 優しい女性看護師が「大丈夫! 大きくなったら皆自然に膨らむから」という言葉だけが救いであった……かに思えた。



+ + +


「ちょっ! ま、まままままマロ? それ誰から聞いたの」


 思わず顔が赤くなる。一気に血液が顔面に集まったようで、今ならば顔から火が吹けそうだ。


「あの日そなたは我を身に着けておったじゃろ。おかげで『人間とは不可思議なものよ』と思っておったのよ」


 マロは扇で口元を隠し「ほほ」と小さく笑った。

 乙女の黒歴史を本人の目の前で語られた挙句、笑われるなんて……どんな羞恥プレイだ!


 仕方ないから頭まで布団を被って寝ようと思う。

 これは夢だ。



 これは夢だ!



 これは夢なんだったら!



 もう黒歴史は繰り返さない。そう心に誓ったのでした!

振り返りたくない黒歴史、ありますよね……。

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