春を掴む!
授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
幼馴染とはいえ、文系の私と理系の彼だとクラスは異なる。恋をしている私にとって、授業で離れている僅かな時間さえ、胸が締め付けられるくらい長く寂しく感じてしまう。でもそんな言葉を伝えてしまえば「重い」と思われてしまいそうだから、この気持ちは気づかれるわけにはいかない。「想い」はいつか必ず伝えたい。けれど、「重い」女にはなりたくないから。
荷物をまとめ、階段を駆け下りると、下駄箱にもたれ掛かる彼の姿があった。
「待った?」
そう言って彼の腕に自分の腕を絡めた。小さな頃から続く、友達より近い距離。必然的に胸を押し当てるかたちになってしまったけれど、この柔らい温もりと一緒に心のすべてが伝わればいいのに。
「……胸、当たってるんだけど」
照れたような彼。
「当ててんの!」
そう言って絡めた腕に力をこめる。
こんな事をするのは彼にだけ。だから、少しは「特別」だって意識してくれたらいいのに。
次回『彼の心は嵐、そんなアイツは天然ドジっ娘!』お楽しみに!
+ + +
「ふう……」
手にした少女漫画を閉じた。
「今月号も切ないわ……でも」
誰に聞かせるわけでもない心の声が、ため息とともにこぼれた。
恋愛漫画は乙女心のバイブルだと思う。だけど、持たざる者にとって使えないワザを描かれてしまうと、突然ファンタジーに変わってしまい、一気に現実味がなくなる。
「胸の膨張率の個体差が、恋とか愛に大きく関係してくるのかな」
ぶふぅ! と部屋のすみでお茶を飲んでいたマロが、口から緑の霧を吹いた。まるで毒霧を使う某プロレスラーのようだ。
「梨緒、よもや身体の一部分で繁殖における勝敗がつくとは思っておらぬよな!」
お茶が気管に入ったのか、涙目で激しくむせている。
「だってさ、某検索サイトに『小さい胸を好きな男性もいる』って書いてあったのに、その最小単位はAカップからなんだよ? Aっていうほど小さくない、小さくないんだよ?」
「梨緒よ、それはあくまで『男性がわの理想』であって『あったらいいな』程度の希望的観測にすぎない。そなた……流石にちと、ねっとに振り回されすぎではないか」
検索サイトがいけないのだ。「貧乳でもいい=A~」の構図を許してしまったら、男性の脳にある小さい胸がAまでになってしまう。だがAの下にはAAがあり、さらにAAAもある。そこまでくると、サイズ表記はなんのためにあるのか……という疑問がわいてくるが、貧乳女性でも可愛いブラへの憧れはあったりする。
「私だって胸押し当てたいよー!! 使えるオンナの武器、一回くらい装着してみたいよー!!」
思わず寝転がり足をじたばたさせると、マロが慣れたように隣でため息をつく。
「はしたない……。昨今流行りの『肉食系女子』というものかも知れぬが、胸を押し当てるだけで簡単に得られる男なんぞ、碌なものではないぞ?」
珍しくアドバイスっぽいことを言ってくれたマロだけど、マロはわかっていない。胸というきっかけがあれば、出会いの場が広がるというのに。
「ゆえに! 今回は反則技を使ってみようとおもいます」
そういって部屋のすみに置いてある箱を手に取った。
箱に描いてある素晴らしい微笑みは、きっと私の未来を明るく照らしてくれるに違いない。
「梨緒、そなたまた大手通販サイトを利用したな……。小遣いをこえた買い物は母御に叱られるぞ?」
「大丈夫! 今回のはお父さんが大蔵省なんだ!」
「……あの生真面目な御仁をどのようにたぶらかしたのだ?」
「んふふふ、お父さんは真面目だからね! 『私の胸が小さいのはどっちの遺伝なんだろう……。大きくなってみたかったな』って言ったら、申し訳なさそうにお小遣いくれた!」
呆れ顔のマロは無視して箱をあける。
中に入っていたのは二着のブラである。一つは、パウダービーズという素材がカルメ焼きのような形のパッドにみっちり詰められたブラ。これはちゃんと大人っぽいデザインで深い紺色に淡い菫の刺繍がされてあり、いわゆる「一目ぼれ」で買った。もう一つは貧乳憧れのチューブトップというタイプのブラ。一見すると輪切りの布であるが、夏にこれを着用している女性をみると、羨ましくて仕方なくなる代物だ。もちろんこれにも厚手のパッドが付いておりその厚さはスポーツ選手の膝あてのようである。
冷静になると、そこまでの厚さに頼らなければならないのかと軽く絶望しかけるけれど、それはそれ! である。
マロとはいえ、性別がオスっぽいものの近くで着替えるわけにはいかないので、部屋を出て装着してみた。
パウダービーズの確かな手触り。ずっしりとしていて、柔らかさも十分にある。
その上からあえて身体に張り付くサイズのシャツを着ると、そこに見事な凹凸があらわれた。
「マロっ! マロっ!!これすごいよ」
思わずファッションショーのようにその場でくるりと回った。
「敢えて言うが……本物だと思っていたら偽物だった。そのほうが辛いのではないか? そなたも、未来に待つそなたの相手とやらも」
その呟きは私に届いていなかった。
しかしクルクルと回り続ける音がうるさかったのか、突如部屋にお母さんが乱入。挙句、不自然に発生した娘の胸を指さして爆笑し、続けて無駄使いを叱られ、さらには大蔵省がお父さんだと吐かされて父娘ともども正座させられるという華麗なコンボを決められたわけです。
同性の親って容赦ない。
いつか使うかもしれないから、良い買い物をした……気がする!
私とお父さんが正座する隣で、マロが笑いをこらえていたけど今回は許そうと思う。大きくなったらあんな感じなのかとシミュレーションができたいい日だ。
希望が見えた、気がする!
偽乳もお洒落として使うなら良いと思うのに、無いとわかったときの殿方の態度や表情には、配慮を求めたい……と思うのは我がままでしょうか?