乳神様、現る!
「ちちがみさまと、わたし」
日本には八百万の神様がいる。
小さなころ「米粒には七人の神様がいるんだよ」と、婆ちゃんに教えられた時なんか、米を咀嚼するたびに大量の悲鳴が聞こえてきそうで「お口の中で神様たちをジェノサイド!」とか「神様ごめん! けどその命めっちゃうまいっ、うまいで!」などと半泣きで思ったものです。
……話を戻しましょう。
日本には八百万の神様がいる。
八百万とは「非常に多く」という意味だけれど、漢字の通り八百万として考えてみるとしよう。
日本の総人口をざっくり数えると約1億2千700万人……私が数えたわけじゃないから、これはもちろん某検索サイト調べ。
これまたざっくり比較すると、だいたい人間12人に対して神様が一人。
私の通う学校は1クラス平均40人体制だから、その中に神様を混ぜ込むと、少なくとも三人はいらっしゃるという計算になる。
つまりは、一般の生徒がクラス委員・副クラス委員・書記係に選ばれるくらいの確率なんだろうか――いや、勿論、クラスに在席してるのは皆人間だと思うけれど。
つまり、何が言いたいかというと、存在するアレコレには全て、空気中に大量に飛散する花粉のように、きっと何かしらの神様がいらっしゃるわけです。
だからつまり、私が数年間愛用し続けてよれよれしている「女児用『初めてのブラ』」にも、知らぬ間に神様が宿っていて、さらにそれが何らかの力によってうっかり見えてしまったとしても、なんら不思議なことではないのです。
「梨緒、状況確認とやらは終わったのか?」
十六年間男っ気が無かった私の部屋に、涅槃仏のような体勢で転がっている男がいる。その横に、お気に入りのSDが置いてあるのだけれど、並んで違和感を感じない大きさ……ということは、身長はおよそ60センチくらいだろう。
ううむ、小さい。
その寝姿を聞くと袈裟的な姿と誤解されるかもしれないが、神社にいる宮司さんのコスプレイヤーに見えないことも無い。
サイズはともかく、貌だけ見れば整っている。女性関係になんの不自由もなく暮らしていそうなその男性は、転がりながら、ぱたりぱたりと優雅に扇子を扇いでいる。
その極小男性レイヤー(仮)はなおも「梨緒」と呼び捨てにしてきた。
「いい加減現実をみて、まずはこの胡散臭いクリームを捨てるがよい」
そういいながら扇子を畳み、まるで卓球でもするかのように、手にしたクリームを容器ごとゴミ箱へ打ち入れた。
「ちょっと、それまだ使い始めて三日目なのに」
「寝る前に板のような乳に塗りたくって『これ、朝もブラの中ががべたべたするんだよね』と愚痴を言っていたのはどこの誰だ?」
初対面の異性に乙女の秘密をアッサリ暴かれると、恥ずかしさが突き抜けて怒りにかわりそうになる。
無残にもゴミ箱の中に埋もれたそれは『豊胸クリーム』。
名前の通り、全世界の貧乳にとって一度は気にしてしまう魅惑のアイテムだ。
男性が家族や恋人にアダルティなグッズを見られると恥ずかしいように、私もコレは恥ずかしい。
そして、片手サイズの容器に入った乳白色のクリームの価格は、メーカーにもよるが正直割とお高い。だからこそ期待に(精神的な)胸を膨らませながら使い始めてまだ三日。容器の底がみえてくる頃には、きっと胸には憧れのエベレスト……とはいかずとも、幼児が小さなおててで作った砂のお山くらいには膨らんでいる、かもしれないのに。
ちなみに使い方は、入浴後に使用する。500円玉程度の量のクリームを手に取り、乳周辺にあるリンパの流れに沿って塗り込むべし! 塗り揉むべし! 塗り込むべしっ!!
……そうすると、早い人で数か月ほどで張りを感じるらしい。
「感じたか? 変化は」
心が読めるのか、小さなメンズは残念なものを見るような表情で見つめてくる。
ええい、見るな。まだ三日目だというに。
「仕方ない。梨緒よ、これからはそちの胸を豊かにするため、微力ながら私も協力してやろう」 そしてその人は続けて「これから世話になる」と言った。
突然現れてこの強引さ。……と小ささ。間違っても「人間」ではないだろう。
「ねえ、私の胸はともかく、名前や説明くらいしてもらえないかな」
というと、その男は私の前まで歩いてきた。
「我が名は乳神、使い込まれた女児用運動乳あての付喪神だ」
本人はドヤ顔で胸を張っているが、その説明で有り難さも激減だ。
ともかく、なぜかドールハウスに住み着くことになった「ちちがみ」と私の「目指せ! 巨乳ライフ」が幕をあけたのだった。