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セツエン  作者: 周防 夕
6/12

 オヤユの家を覗いてみたが誰もいなかった。それならば直ぐに(きびす)を返してカンムと山に行くはずだった。けれどセツエンは(ほう)けたように固まっている。

 久しぶりに見た他人の家は、人の家として正しい(たたず)まいを保っていた。掃除の行き届いた家の中に獣の毛や枯葉などはなく、あるべき所にあるべき道具が置かれ、食べ物の貯蓄さえある。それは、両親との暮らしを彼に思い出させた。

「うちに何のよう?」

 背後に人が来たことも彼は気づけなかった。振り返ると、同じ年ごろの少女が立っていた。

「おっとうを探してるの? 山まで釣りに行ったから、しばらく戻らないよ」

 この村の狩人は、春は山で冬眠あけの熊を、夏は渓谷で(いわ)()を、冬は羚羊(かもしか)や猿を仕留め、肉や毛皮を売りながら暮らしていた。村の皆がそうと言うわけではなく、モンのように畑を持ちながら狩りも兼業するという家もあった。

「味噌と米、着物があった。あいつか?」

「あんたの家にあったの? それなら、おっとうがやったと思う。味噌を分けてたし、昔の着物を出してた」

「いらん。返す」

 毛皮を渡してから数日後、セツエンが山から帰ると、味噌の入った器と着物が置かれていた。他人に借りを作るのが気持ち悪く、オヤユに見当をつけて家まで返しに来たのだった。

「……貰った毛皮が高かったからそのお返し言うてたよ。だから貸しじゃない。おっとうも貸しにしたくないだけだと思う」

「知らんし、いらん」

「そんなら、おっとうに話してよ。うちこそ知らん」

 少女はまっすぐ彼を見る。セツエンは目を合わせられない。言葉を交わすほど胸が苦しくなり、不安と恐れが青年の胸に広がっていく。ここに居てはならない。その思いが彼を動かす。彼女の横を通りぬけ、カンムの待つ場所へ帰ろうとした。

「セツエン」

 背中越しにかけられた声に、胸を殴られたような衝撃が走る。息がつまり、足を踏み外しかけた。青年が名を呼ばれるのは何年ぶりのことだろう。

「喋れたんだね。もう話し方を忘れたのかと思ってたよ」

 振り向いてセツエンは少女を眺める。目や鼻に見覚えがある。記憶の中では七歳ごろで止まったままの少女、人と暮らしていた頃、一緒に遊んだオヤユの娘、名前は……。

「姉ちゃんから離れろ! いぬおとこ!」

「こら、やめなさい」

 枯れ枝を刀のように構えて、八つごろの少年が彼の前に立ちふさがる。オヤユの息子ということは村のことを何も知らないセツエンでも分かった。その姿に在る日の自分を重ね見て、彼はその場から逃げ出した。

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