アヤさんとユイさん
次の日の朝、キクヨさんがやってきました。ボクを散歩に連れていこうとしてくれます。でもボクは、その日だけはダダをこねてみました。だって散歩している間にシマさんが帰ってくるかもしれないし。キクヨさんはしゃがんでボクを抱きしめてくれました。泣いているみたいです。なんで?
「ゴルコちゃん。シマちゃんは、星になっちゃったのよ?」
ボクは犬なので言っていることがよくわかりません。でもキクヨさんが泣いていてかわいそうだったので、いっしょに散歩に行ってあげることにしました。
キクヨさんは方向音痴です。ボクが自分の家に帰ろうとすると、違う方向にボクを引っ張っていきます。ボクはこっちだよ、って何度も教えてあげましたが、キクヨさんが泣いて引っ張るのでついて行ってあげることにしました。ある建物に入るとそこにはトラキチがいました。「シャー」トラキチは怒ってました。昔いっしょに眠ったことわすれちゃったんだね。キクヨさんはもう一度ボクを抱きしめてくれました。
「これからしばらくはここがお家よ」
ボクには意味がよくわかりません。キクヨさんはきっと自分ちとシマさんのウチを間違えたんだね。
キクヨさんは毎朝かかさず散歩してくれました。おいしいドッグフードもくれました。ぼくはなんだかお腹がすかなかったけど、キクヨさんが心配するので少しだけたべてみました。どうもありがとう。好きですよ。キクヨさんのこと。でもシマさんが戻って来ているかもしれなかったので、こっそり抜け出して、家にもどってみました。でもやっぱり家にはシマさんはいませんでした。庭に一本だけあるサクラの木が咲いていました。まだ少し冷たい風に吹かれてその木からピンクの花びらがヒラヒラと舞うのをじっとみてました。
そのうちキクヨさんが走ってやってきました。
「やっぱりここだったのね」
キクヨさんはそういうとぼくをぎゅーと抱きしめました。そしてキクヨさんはボクをキクヨさんの家まで連れていきました。
はい、トラキチとはうまくやっています。トラキチはいつも夜中こっそりとボクで暖をとっていきます。少し温かくなってきましたが、夜はまだ寒いですから。
ある日、キクヨさんの家に大人と小さなふたりのお客さんがきました。シマさんより小さいです。これは子どもです。子どもって怖いです。ボクはいきなり尻尾を摑まれます。つぎは別の子どもが耳をひっぱります。「ヒー、助けて」
「これ、アヤ。ユイ、ちゃんと優しくしなきゃだめでしょ」
大人はどうやらこの子どもたちのお母さんみたいです。ふう、助かりました。ありがとうございます。人の子どもはトラキチより凶暴です。あれ、トラキチは?さすがトラキチ、事態を察知してどこかに避難しているようです。
(あっー痛い!)
また耳を引っ張られた。
「ママー、この子うちの子?」
「うーん、どうしようかなぁ。アヤ、ユイちゃんとお世話できる?」
「できるー」
「するー」
「ホントに?」
「ホント、ホント、ホンマでんがなー」
「なにそれ?」
ボクは黄色い車に乗せられました。後ろの座席の真ん中です。顔側には妹のアヤちゃん、尻尾の方にはおねえちゃんのユイちゃんがいます。アヤちゃんには鼻の穴に指をつっこまれています。ユイちゃんには尻尾で三三七拍子をされています。あまりつよく引っ張らないでくださいね。
新しい家での生活は、それはもう筆舌に尽くしがたいものがあります。犬なので筆で書いたりしませんけどね。アヤちゃんはボクを見つけると空中を飛んで捕まえに来ます。ボクは基本的に逃げませんから普通に寄ってきていただければ大丈夫です。横になって休んでいるとスライディングしてきます。寝ていると突然耳を引っ張られます。とくに小さい方のアヤさんはやんちゃで無茶をします。こないだなんか、ボクの口をこじ開けてそこに自分の頭をつっこんできました。
「食べられる!ママ見て!アヤ、ゴルコにたべられちゃうよう。」
(ボク、人食べないし、そんなに口の中に頭をいれると吐くよ。)
でもアヤちゃんは一通り遊び終わるとすぐに寝てしまいます。まだアヤちゃんは小さくて弱いです。子どもなんですね。どうぞぼくの横で寝てください。こんな気弱なボクですが、できるだけ守ってあげますよ。
シマさんとのしずかな生活が懐かしいです。ここでの生活は大変で気がぬけませんが、一人でいるよりずっと楽しいです。シマさん。しばらくここでお世話になってもいいですか?