動物管理事務所
(あっ、あれ?もう着いたんですね。今日は海ではないんですね。いやいや、いいんですよ。またタカシさんといっしょに新しいところに行けるんだから。ここはなんですね。なんというか犬の鳴き声と強烈な犬の匂いがしますね。いや、私こうみえてもタカシさんよりもずっと鼻がききますから、においにはちょっとだけ敏感なんです。それにほら、生まれてから他の犬とあまり接したことがないでしょ。だから犬をみるとちょっとだけ緊張しちゃうんです。だってほら、ときどき噛むイヌっているじゃないですか。)
建物の入り口でタカシさんは作業着をきたおじさんと話しています。ぼくはタカシさんを見上げています。
「わかりました。ではそこにイヌをつないでください。あっ、ここにお名前をお願いします。」
「ゴルコですね。ゴールデンレトリーバーの雌、3歳ですね、いろいろお話しをお伺いするので中へお入りください。」
タカシさんは、作業着を着たおじさんと部屋の中へいっちゃいました。ぼくは廊下でひとりになっちゃった。つまんない。心細い。あっ、知らないおじさんが来た。こんにちは。えっ、リードをはずしてくれるんですね。いっしょにどこか行くんですか?いいですよ。ボク、愛想はいいんです。だれとでも仲よくなれますよ。でも、今あの部屋からタカシさんが出てくるのを待たなくちゃ。いや、そんなに離れるのはちょっと困ります。そっちに行くんですか。さっきもいいましたがボクはあの部屋の中の人を待っているところなので、勝手にどこかに行っちゃいけないんです。ちょ、ちょっと連れていかないでください。
「だして、だして、だして、タカシさん、ここだよ」
「こんなケージの中で騒いでも無駄だよ」雑種犬のお姉さんが話しかけてきたよ。回りにはちょっと濡れた感じのたくさんの犬がいます。
「ここのケージはめったなことでは開かないよ。一日に2回のごはんのときと、だれかが死んじゃった時だけ空くんだ。だから呼んでも無駄さ。うるさいからだまってておくれ」
「はい、すいません。」ぼくは静かにすることにしました。
まわりをみるとボクの他の犬たちは伏せをして遠いところを見ているか、目を閉じて眠っています。だれも騒いでません。なんかみんな寂しそう。つまんない。仕方ないのでぼくも少し伏せてねることにしたよ。時間をつぶすのは得意なんです。(早くこないかなぁ。タカシさん。)
みんなが騒ぐ声で眼をさましたよ。みんなドアの方へ向かって吠えている。あっ、部屋の外でだれかが作業をしてるんだ。ここだよ。ボクもいっしょに吠えようと思ったけど、やっぱりやめた。吠えるとタカシさんに怒られるからね。外から作業服のおじさんが入ってきたよ。おっ、ごはんの入った器を持ってる。みんなさらに大きな声で吠えている。
(まあ、落ち着きなさい。ごはんは逃げはしないよ。)
部屋の中に入ってきたおじさんがごはんを置くや否や、いやまだおじさんが器をもっているのに、みんなおじさんの足下にむらがって無言でしかも凄い勢いでごはんを食べ始めたや。早っ!そんなに急がなくてもいいのに。ボクはおじさんの足もとできちんとお座りして見上げてみたよ。ここはつまらないので別のところへ連れてってくれませんか?って。それにそろそろタカシさんが来ると思うんですよね。おじさんはにっこりと笑ってやさしくボクを撫でてくれたよ。(ヘヘっ)てボクは笑ってみせた。ボクはうれしいことがあると笑うんだ。おじさんが出て行こうとしたのでボクはおじさんについて出ていこうとする。おじさんは、ボクに気づいて、手袋でもう一度ボクをなでてくれたけど、出口のところでグッと中へ押し返されちゃった。
仕方がない、ごはんでも食べよ。ぼくはごはんのところへ行ったよ。あれっ、ごはんがもうない。ねえ、ごはんくれませんか。となりのおばちゃんに聞いてみたよ。おばさんは眉間にシワをつくって怒ってるよ。ヒー、そんなにおこんないでよ。すいません。こうしている間にもごはんがなくなっちゃったよ。あーあ、お腹減ったなぁ。ボクは部屋の隅の方でこまった顔をして眠ることにしたよ。ボクは困った顔もできるんだよ。ここのみんなは冷たいなぁ。つまんない。
何回か寝て何回か起きたよ。いくつか発見があったよ。ここでは、お部屋でトイレをしてもいいんだって。最初、がまんできなくてもらしちゃった時におじさんに怒られるかと思ってびくびくしたけどおじさんはぜんぜん気にしなかったよ。きっとおじさんもここでトイレしてるんだね。それからごはんはここでは早いモノ勝ちみたい。おじさんが入ってきたらさっさと食べなきゃ。ごはんなくなっちゃうんだ。
もうここに来て、何回も寝たけど、タカシさん、なかなかこないなぁ。
あれ、みんなが騒いでる。ん、いつものおじさんとは違う足音だな。ごはんの時間でもないし。ひょっとしてタカシさん?いや、タカシさんの足音とは違うな。
扉があいたよ。いつものおじさんと小さな女のおばさんが立ってる。ちいさいおばさん。おばあさんかな?ちょっとかわった匂いがするよ。きれいな格好してる。眼になんかつけてるな。メガネっていうんだっけ。知ってるよ。タカシさんの友達もつけていたもの。あっ、ひょっとして、タカシさんのお使いでボクを迎えに来てくれたのかな。おじさんと何か話してる。へへっ。ボクはちょっとうれしくなって尻尾を振っちゃった。
「ここには、捨てられたり拾われたりした犬や猫が集められているんです。しばらくここで預かって、里親になってくれる方を探します。」
「あの、あの、里親さんが見つからなかった子はどうなるんですか?」
「きびしい運命がまっています。私たちも人間の身勝手で犬が捨てられることがないように努力しているのですが、ずっとここで飼ってあげることもできないんです。」
「そうなんですか、かわいそう」
「すいませんが、どうして犬を飼いたいのか教えていただけますか?犬をもらいうけて虐待する人もいるのでその方に犬を預けていいか、決めなくてはならない規則なんです」
「そうなんですね。私はずっと犬をかっていたんです。5年くらい前にシェトランドを飼っていたんですが、病気で亡くしてしまって。もうすぐわたしも70でしたし、もう犬は飼わない、と決めていたんです。でも子ども達も、もう独立していますし、3年前主人も亡くなってしまって寂しくて。東京にいる子どもも、私にもし何かあっても、犬のことはなんとかするからって、いってくれたんです。」
「そうなんですね、ご事情はわかりました」
「あの、奥にいるゴールデンの子はどうしたんですか?」
「あの子ですか。2週間くらい前に飼い主さんが引っ越すというのでおいていっちゃたんです。引っ越しというのが本当かわかりませんが・・あまり犬に愛情がないみたいでした。人間の事情でかわいそうですよ。すごくおとなしい子なのですが、ちょっと恐がりです。少しいぢめられていたかもしれません。でもすごく聞き分けがいいんですよ」
「なんかずっと、こっちみてるわね。あーどうしよう。しっぽ振ってるし。でも大きい子だし。私もう、そんな力もないし、お世話できないわよねぇ。あー、でも、あーまだじっとみてる、あっ、どうしましょう!」
「あの子は、散歩に行っても引っ張ることもないですよ。だいじょうぶだと思います。」
「でも、やっぱり大きい子は無理かしらねぇ」
また、何回か寝ておきたよ。ごはんの時間でもないのにおじさんが入ってきて、ボクを撫でてくれた。ありがとう。ボクはヘヘって笑ってみた。おじさんはボクにリードをつけてどこかへ連れて行くみたい。きっとタカシさんが来たんだ!
「あんた、死ぬよ」
雑種のお姉さんがあきらめたような眼で小さな声で言ったよ。