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the tower  作者: 上原直也
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7

 それから、突然夜はやってきた。


 それまで明るかった外の世界が、一転して漆黒の暗闇に包まれた。まるでパチンと電気のスイッチを消したみたいに。窓の外には星の明かりにも何も見えなかった。窓の外の世界は漆黒の暗闇に塗りつぶされて、ただの黒い絵のようになってしまった。当然、部屋のなかも真っ暗になってしまったけれど、少し間をあけてから、部屋のなかに電灯の明かりが灯った。気になって見てみると、いつの間にか移動したのか、鈴は浴室のドア付近にいて立っていて、部屋の電灯の方に視線を向けていた。どうやら鈴が電灯のスイッチをいれてくれたようだった。鈴は歩いて戻ってくると、またベッドに腰掛けた。


「……夜が来るって、まさかこんないきり夜になるなんて」

 僕は鈴の顔を見ると、信じられない気持ちで言った。

「普通、夜っていうのは、夕暮れがあって、少しずつなっていくものだと思うけど……」


「だから言ったでしょ?ここは地球とは違うんだって」

 鈴は僕の顔をどこか冷ややかな眼差しで見つめると言った。

「……どうやらそのようだね」 

 僕は軽く眼差しを伏せると、認めた。


 少しの沈黙があり、その沈黙のなかに、どこから遠くから何か酷く重たいものが移動するような音と振動が伝わって来た。ドスン、ドスンという足音のような音。鈴の顔に視線を向けてみると、鈴は緊張しているような面持ちで、じっと窓の外に視線を向けていた。僕は一体何が起こっているのか尋ねようと口を開きかけたけれど、鈴がそれを表情で静止した。何も喋るな、と、というような顔つきだった。それで僕は開きかけた口を慌てて閉じた。

 

どれくらいあいだ僕たちは無言だったのか、恐らく、時間にして、五分か十分程度のものだったと思うけれど、


「……もう大丈夫よ」

 と、鈴は僕の顔を見ると、いくらか疲弊した表情で言った。さっきの足音のような音はもうほとんど聞こえなくなっていた。


「あいつは音に反応するのよ」

 と、鈴は言った。

「音に?」


 鈴は僕の問いに、無言で顎を縦に動かした。

「あいつには目といった器官がないの。音だけを頼りに活動しているの。だから、わたしたちの話声がうっかり聞こえたりすると、あいつに襲われて一巻の終わりっていうことになってしまうの。あの足音でだいたい想像つくと思うけど、あいつの大きさは巨大恐竜なみなのよ。この建物はある程度頑丈に作られているけど、あいつにかかれば、この建物なんてひとたまりもないし、建物のなかから引っぱり出されて食べられてしまうの。たとえていうと、人間が貝を食べるのと同じ。貝殻から中身を引っ張りだして、ちゅるちゅるって中身を吸い出すような」


 僕は鈴の話に耳を傾けながら、カマキリの頭をした、でも、体は裸の人間のような巨大生物が、体を折り曲げるようにしてこの建物のなかに頭を突っ込み、そこにいる僕たちを飲み込もうとしている場面を想像した。


「……つまりそれが、さっき言ってた、カマキリもどきのこと?」

 鈴は僕の問いに、違うというように頭を振った。


「違うわ。カマキリもどきはあんなに大きくないの。そうね、体格はわたしたちとあんまり変わらないかな。でも、俊敏だし、ある程度知恵も働くし、かなりしつこいの……さっきの巨大生物みたいに簡単にやり過ごすことなんてまずできないから……」


「……つまり、さっきのクリーチャーよりも、カマキリもどきの方が、出くわしたとき、危険度が高いということ?」


 僕の問いに、鈴は僕の顔を見ると、真顔で首肯した。僕の想像のなかで、そのカマキリもどきは、すらりとした細身の、緑色の皮膚を持った、二本足で歩行する、人間に近いカマキリの姿になった。二本の両手は鎌のような鋭角的な構造になっている。それはあらゆるものを簡単に切り裂くことができる。残忍そうな複眼が僕のことを捕らえ、耳元まで大きくさけた口は笑みを浮かべているようにも見える。


「……できるだけ、そんなやつとは出くわしたくないな」

 僕は呟くような声で言った。

「……それはわたしだって同じだけど」

 鈴は残念ながらあなたの期待には応えられそうにないというような顔で僕を見た。


「とりあえず、ご飯にしましょう」

 と、鈴は改まった口調で言うと、それまで腰掛けていたベッドから立ち上がった。それから部屋の奥のキッチンの方へと歩いていく。


「ご飯?」

 僕は鈴の口から出た言葉を聞いて、それまで固く強張っていた自分の気持ちが少し解れるのを感じた。


「といっても大したものはないんだけどね」

 鈴は僕の方は振り返らずに言った。


鈴はキッチンに辿り着くと、何があるのか確認するようにキッチンの戸棚を開けたりしめたりしていた。僕も腰掛けていたベッドから立ち上がると、キッチンの方へと歩いていった。今、鈴が開けている戸棚のなかにはインスタントラーメンと思われるものと缶詰が入っているのが見て取れた。そのインスタントラーメンは日本のスーパーとかで普通に販売されているものと変わらないものに見えた。それで僕はわけがわからなくなってしまった。どうしてこんな奇妙な世界にそういったものが存在するのかと首を傾げた。この世界はあきらかに日本ではないのに、誰がいつどのようにしてこれらのものを運んでくるのが疑問に思えた。あるいはここは日本のどこかなのだろうか?


「……色々疑問に思ってるんだろうけど、それをわたしに訊かないでね」

 鈴は僕の方を振り向くと、僕の思考を読み取ったように言った。


「わたしにもそれはわからないの。ここがどこなのか、どこからこれらの商品が運ばれてくるのか、誰が準備しているのか、それはわからないのよ。わたしにわかるのは、ただこれらのものがいつもなぜか準備されていて、利用することができるっていうことだけなの」


「……なるほどね」

 と、僕はいまひとつ腑に落ちなかったけれど、とりあえず頷いた。


「面倒だから、インスタントのラーメンでいいでしょ?」

 僕が配給される食料品のことについて思いを巡らせていると、鈴は言った。僕は軽く驚いて曖昧に頷いた。鈴の僕に対する受け答えからして、自分の分は自分で作ってよねと言われると思っていたのだけれど、彼女は僕の分まで食事を作ろうしてくれているのだと思ってつい嬉しくなった。


 実に不思議なことに、水道の蛇口を捻ると、普通に水が出た。鈴は冷蔵庫のなかに入っていたネギを包丁を使って刻み、鍋に二袋分のインスタントラーメンを入れて茹でた。そしてラーメンが出来上がると、鍋からどんぶりにそれを移し、そこにさっき刻んだネギと、これもまた冷蔵庫のなかに入っていたチャーシューを入れた。驚いたことに冷蔵庫のなかにはペットボトルのお茶も入っていた。鈴の作ってくれたメーメンを僕たちは小さなダイニングテーブルに向かい合わせて腰掛けて口数少なく食べた。食べたラーメンはお腹が空いていたということもあってとても美味しく感じられた。


「コーヒーもあるけど、飲む?」

 鈴はラーメンを食べ終えると言った。

「コーヒーなんてものもあるの?」

 僕は軽く愕然として言った。外の世界に一歩踏み出せば、すぐに命を失いかねない危険な状態にあるというのに、この建物のなかの快適さといったらどうだろうと僕は不思議な気持ちになった。


「あるわよ。大抵のものは揃ってるけど。良かったら紅茶もあるけど?」

「鈴と同じものでいいよ。ありがとう」

 僕は思った以上に、鈴が僕に対して親切してくれるので軽く戸惑いながら言った。


「じゃあ、コーヒーにするわね」

 と、鈴は言うと、キッチンに歩いていった。鈴はキッチンに立つと、早速コーヒーを入れる準備をはじめた。信じられないことに、この施設のなかにはコーヒーメーカーという贅沢なものまであった。そのおかげで僕は数分後には喫茶店で飲むような香ばしいコーヒーを堪能することができた。


「……でも、すごいな、こんなところでこんな美味しいコーヒーが飲めるなんてね」

 僕はマグカップのなかに入っているコーヒーに眼差しを落としながら独白するように言った。

「残酷なんだか、親切なんだかよくわからない世界なのよ」

 鈴はコーヒーを一口啜ると、面白くなさそうな顔で答えた。


「もしかしてテレビなんかもあったりするのかな?」

 僕は鈴の顔を見ると、冗談めかした口調で言った。すると、鈴は僕の顔を見ると、苦笑するように口元を綻ばせて、

「残念ながら、さすがにそれはないわね」

 と、言った。僕は鈴の笑った顔をはじめて見たように思った。鈴はもしかすると、少しずつ僕という存在に慣れつつあるのかなと嬉しくなった。最初話したときはつんつんとしていて、取っ付きにくい印象があったけれど。


「この世界での娯楽といえば、こうやって誰かと会話をすることと、あとは」

 と、言って、鈴は言葉を区切ると、ズボンのポケットのなかからiPhoneを取り出した。

「これで音楽を聴くことくらいね」

「なるほど」

 と、僕は頷いてから、少し気になった。


「でも、充電は?すぐになくなっちゃうでしょ?あるいは充電器も持っているとか?」

 鈴は僕の問いになんだか眠たそうな顔で軽く首を振った。

「それが不思議なことにいくら使っても充電か減るっていうことがないの。これもこの世界のミステリーのひとつね」


 僕は鈴の言葉を受けて、自分のスーツの上着の内ポケットから、最近機種変更して買ったばかりのXperiaを取り出した。見てみると、充電は一目盛りも減っていなかった。インターネットに接続できるかどうか試してみたけれど、案の定、エラー表示が出た。携帯電話の電波ももちろん圏外で、電話をかけることはできなかった。


「電池が減らないといっても、電話としての機能は全く使えないみたいだね」

 僕は鈴の顔を見ると、微笑みかけて言った。

「そりゃあ、そうよ。だって、ここは明らかに日本じゃないし、そもそも地球でもないわけなんだし」

 鈴は可笑しそう少し口元を綻ばせて言った。でも、それからすぐ彼女は真顔に戻ると、

「でも、奇妙なことに」

 と、言葉を続けた。僕は鈴の言葉の続きを待って黙っていた。

「なぜかGPSの機能は使えて、それで位置検索をすると、ここは一応日本っていうことになるの」


「ほんとうに!?」

 僕は驚いて言った。慌ててXperiaのマップで自分の位置を調べてみると、信じられない事に、今自分が居るのは、静岡の浜松の近くということになっていた。でも、どう考えてもここは静岡ではないし。


「……ほんとだ、静岡っていう表示がでる」

 僕はスマホの画面をじっと見つめながら愕然として言った。この謎を解くことができれば、あるいはこの世界から脱出する方法も見つかるんじゃないかと思った。僕は興奮してそのことを鈴に伝えようとしたけれど、鈴は、

「でしょ?」

 と、言って、鈴にとっては当たり前過ぎる事実なのか、寝たそうに大きな欠伸をひとつした。僕は鈴のリアクションにひまひとつ満足することができなくて、自分が発見した事実について述べた。GPS機能で日本と表示されるということは、意外と簡単にもとの世界に戻ることが可能なんじゃないかと。


「わたしも最初そう思ったんだけどね」

 と、鈴はかわいそうにというような目で僕の顔を見ると言った。

「でも、結果としては駄目だった。GPSでここが日本って表示される以外は特にこれといった発見もないし、いくらか頭を悩ませてみたところでそれが何かの解決に繋がっていくということもなかったの。残念ながら。わたしから言い出しといてあれなんだけど」

 鈴は気を使うように言った。


「……そうか」

 と、僕は自分が発見した事実が何の解決の糸口にも繋がらないとわかってすっかり打ち飲めたされた気分になった。


「とりあえず、わたしたちにできることは、ポイントを貯めて、どこかにある出口に向かうことなのよ」

 鈴は僕に向かって宥めるように少し優しい声で言った。それから、鈴はちょっとシャワーを浴びて来ると言って浴室に入っていった。しばらくすると、鈴がシャワーを使う音が聞こえてきた。


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