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the tower  作者: 上原直也
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6

 それから、鈴は静かな口調で語ってくれた。僕と出会う前に彼女が体験したことについて。


 鈴もまた僕と同じで、目を覚ますと、木の幹に縛り付けられている自分を発見することになったようだった。そしてそこから救い出してくれたのが、山口雅美さんという、三十代半ばくらいの女性だったということだった。引き締まった体つきをした、よく日焼けした、精悍な感じのする、優しい笑顔のひとだったと鈴は軽く目を細めるようにして僕に語った。


 雅美さんというその女性もまた突然この世界に迷い込んでしまったようで、鈴の説明によると、彼女は鈴と出会った時点で、既に、一年近くをこの世界で過ごしたあとだったらしい。だから当然、彼女はこの世界の法則やルールについて詳しく、鈴は彼女と一緒に旅を続けながら、この世界の基本的なルールや知識を彼女から教わることになったようだった。得体の知れない生物を撃退するための武器や、移動手段を得る方法について。チェックポイントの仕組み等について。


「全ての基点になってくるのが、今、わたしたちがいる、このチェックポイントなの」

 と、鈴は僕の顔を見ると言った。


「さっきも説明したと思うけど、等間隔に、わたしたが今いるみたいなチェックポイントが準備されていて、そのなかに、変な生き物と戦うために必要な武器とか、車が用意されていたりするの。それから、これはあとになってわかったことなんだけど、この世界に生息している生物を倒せば倒すほど、次のチェックポイントを訪れたときに得られる武器の量や、その質が向上することになるの」


「ほんとうにまるで何かのゲームみたいだね」

 僕は鈴の話に唖然として言った。


 鈴は僕の顔を見ると、無言で頷いた。

「もしかすると、わたしたちを観察している第三者みたいなものがいて、それでわたしたちがどうやってピンチを切り抜けていくのか、あるいは死んでしまうのか、見て楽しんでいるのかもしれない」

 と、鈴は真顔で言った。


「……気味が悪いな」

 僕は呟いた。自分たちが今こうやって話しているところを誰かに見られているんじゃないかと僕は落ち着かない気持ちになった。


「そして、定期的に、この世界には、あなたや、わたしみたいに、例の、木の幹に縛り付けられるという格好で、新しい人間が送り込まれてくることになるんだけど」

 と、鈴は話を続けた。僕は注意を鈴の顔に戻した。


「それで、その木の幹に縛り付けられる人間を救出すると、もらえるポイントが高いことも最近わかってきたのよ」

 と、鈴は言った。


「つまり、生物を殺す以外にも、誰かを救出したりすると、ポイントがもえるみたいなの。ポイントを得ることができれば、さっき話したみたいに、武器や移動手段のグレードが高まるし、また更に言うと、どうもそれはこの世界から脱出する方法と深く関わっているみたいなの」


 鈴が僕のことを救ってくれたのはポイント目当てだったのかと思って僕は少しがっかりしたけれど、そのことは口には出さなかった。それに多分、僕のことを救ってくれたのは、べつにポイント目当てだけではなかったはすだと思った。

というか、思いたかった。


「この施設にはNO66っていう番号が振られていたでしょ?」

 と、鈴は僕の思考の外で言葉を続けた。

「うん」

 と、僕は頷いた。確か入り口のドア付近に結構大きな数字でNO66と番号があったことを僕は思い出した。


「あれは、雅美さんの話だと、この世界の出口と関係があるみたいなの。つまり、数字が小さくなればなるほど、わたしたちは出口に近づいていっているということになるの。それで通常はひとつの番号ずつ出口に近づいていくことになるわけなんだけど……たとえば66の次が65で、次が64というような具合ね。


 でも、さっきわたしがあなたを救出したりするようなことがあると、本来であれば順番通り進まなきゃいけないところが、一気に、まあ、だいたい平均して10くらいの数字なんだけど、ジャンプして前に進むことができるの。つまり、わたしが前いた場所は76だったっていうわけ」


「…ふむ」

 僕は鈴の話に難しい顔で頷いた。


「でも、ミスをすると」

 と、鈴は言葉を継いだ。


「たとえば、わたしがさっきの状況であなたを助け損なったり、あるいはあなたの存在を無視して、先にチェックポイントに進むことを優先させたりすると、76という地点にいたはずが、大きく後退して100というところに戻されてしまうことになるの。……でも、まあ、これはケースバイケースで」

 と、鈴は言って、言葉を区切った。


「第三者を救うために負うリスクがあまりも高いと判断される場合は、たとえばさっきあなたを襲おうとしていた生物が、カマキリもどきとか、厄介な生物だった場合は、大きく減点されることになったとしても、自分の命を優先させた方が良いときもあるかもしれない」

 と、鈴は少し間をあけてから、考えながら話すようにゆっくりとした口調で述べた。


「カマキリもどき?」

 と、僕は怪訝に思って訊ねた。

 鈴は、僕が反芻した名前に、名前を耳にするだけでも忌まわしいというように顔をしかめた。


「……いるのよ。さっきの猫もどきなんとかは比べ物にならないくらい、恐ろしい生き物が」

 鈴は眼差し伏せると、少し小さな声で言った。僕は鈴が言ったカマキリもどきの姿を想像してみた。するとそれは人間と同じくらいの大きさのカマキリの姿になった。


「……そいつのせいで、雅美さんは……」

 と、鈴は言葉を続けようとして黙った。僕は鈴の言葉の続きを待って黙っていたけれど、続きはなかった。鈴は固く唇を結で、何か思い詰めた表情を浮かべていた。そんな鈴の表情を見ていると、僕としてはまだ訊ねたいことがたくさんあったけれど、それらの問いを飲み込むしかなかった。


 僕は頭のなかに浮かんだ疑問を口にするのを一旦諦めると、代わり窓の外に視線を向けてみた。すると、その僕の行為と連動するように、ウォーンという、まるで昔の映画とか聞いたことのある、空襲警報のようなサイレンが突然鳴り響いた。問うように鈴の顔に視線を戻すと、鈴はそれまで伏せていた顔をあげて、

「夜が来るわ」

 と、窓の外に視線を向けると、厳しい顔つきで言った。


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