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まだ試し書きの段階です。物語がきちんと結末を迎えない可能性もあります。ご注意ください。
それから、十分か、十五分の時間が過ぎた。僕はこれが夢であるという僅かな可能性にかけて、何度もきつく瞼を閉じたり、開いたりしてみたけれど、一行に効果は現れなかった。
そのうちに、足下では、僕にとってあまり喜ばしくない変化がおこり始めていた。足下の、頭がふたつある生物の仲間が、どこからともなく更に三匹集まってきたのだ。そして彼らはなんとか木に上ろうと挑戦をはじめていた。今のところ、彼らの試みは上手く行っていなかったけれど、そのうちに、ふとした拍子に、僕のところに辿り着いてしまうんじゃないかと、僕は非常に恐怖を感じた。彼等が口を開け閉めするたびに、その口のなかに収められているギサギサとした鋭角的な歯が垣間見えた。
「来るな!」
と、僕は叫び、辛うじて自由になる左右の足で、彼らを追い払おうとしたけれど、効果はなかった。彼等はよほど腹を空かせているのか、何度も木によし上ろうとしては失敗し、また挑戦するということを繰り返していた。僕は生きたまま、彼等に腹を食い破られるところを思わず想像してしまって、慌ててその想像を振り払おうとして大きく頭を振った。
ブーンという車のエンジン音のようなものが聞こえてきたのはそのときだった。足下の、グロテスクな容姿をした生物たちもその音が認識できるようで、その聞こえてくる音源を辿ろうとするように、木によじ上ろうとする行為を中断すると、背後を振り向いた。
車のエンジンの音のようものは徐々に大きくなってきていた。やがて、草原の遠くの方からこちら向かって、一台の、白いジープのようものが近づいてきているのが視界に入った。僕は助かった、と、一瞬心から安堵し、でも、待てよ、と、すぐに警戒した。まだジープでこちらに向かってきている人物が僕のことを助けてくれるとは限らないじゃないかと思った。あるいはジープでこちらに向かってきている人物が、僕をこの木の幹に縛り付けた張本人で、これから僕をゆっくりと血祭りにあげようと思ってやってきたのかもしれないと僕は最悪の事態も想像した。
程なくして、姿を表したのは、やはり一台の、白いジープだった。そのジープは使われてからかなり年月が経っているのか、素人目に見ても色んなところにガタがきているのがわかった。ヘッドライトは割れて壊れていたし、バンパーは何かに衝突したあとなのか、大きく凹んでいた。車のフロントガラスにはヒビが入っていた。車は茶色の土埃に全体的に覆われていて、そのことが実際以上に、車を老朽化したものに見せていた。
一台のジープは僕が縛り付けられている木の根元付近で停車した。それから、車のドアが開き、なかからひとりの女性が降りてきた。黒髪を背中のあたりまで伸ばした、細身の、なんだか涼しそうな顔立ちをした女性だった。よく見てみると、彼女は女性というよりは、また女の子といった、幼さの残る顔立ちをしていた。年の頃は恐らく、まだ十九歳か、二十歳くらいだろうと思われた。彼女はI Want youと書かれた白のTシャツを着ていて、その下は細身のぴったりとフィットするブルージンズを穿いていた。
突然、出現した少女に対して、僕の足下付近にいた生物がうなり声と涎を垂らしながら、一斉に飛びかかっていった。僕は少女が得たいの知れない生物に食われてしまう光景を見たくなくて思わず顔を背けたけれど、その瞬間、銃声のようなものが、連続して響いた。何が起こったのだろうと思って、背けていた顔をもとに戻すと、さっきの少女の足下に、ふたつの頭を持った四匹の生物が倒れて動かなくなっていた。
少女が銃を使って生物を殺したのだろうか思ったけれど、僕の位置からは彼女の手元に銃が握られているのかどうかは確認することができなかった。少女は猫に似た顔を持つ生物が完全に死んでしまっているかどうか確かめいるのか、足で倒れて動かなくなっている生物を軽く蹴って回っていた。そして生物が反応を示さないことを確認すると、今度は、背中背負っていた剣と思われるもので、止めを刺すように、一匹ずつ刺して回っていった。彼女が生物に剣を突き刺す度に、グシュっという不快な音がして、僕は思わず眉をひそめた。
「助けて欲しい?」
と、少女は、全ての生物に剣を突き刺し終えると、僕の方を見上げて言った。僕は咄嗟になんて言ったらいいのかわからなくて黙っていた。すると、
「助けて欲しくないの?だったら、わたし、あなたのことを置いて、さっきにいっちゃうけど?」
と、少女は僕の方を見上げたまま、突き放すように言った。
「ま、待って!」
と、僕は慌てて言った、
「助けて欲しい。助けてください!」
と、僕は必死で言った。こんなところに放置されて、またわけのわからない生物に襲われる危険にさらされるのはごめんだった。
僕の返答に、少女は一瞬面倒くさそうにむくれた表情を浮かべると、僕が縛り付けられている木のところまで近づいてきた。そしてそれから手と足を起用に使って僕が縛り付けられている木のところまで上ってくると、今度は背中の剣を使って、僕を縛り付けているロープを切った。ローブが切断された瞬間、僕はそのままダイレクトに木の根元付近に落下した。身体に激しい衝撃を感じて、一瞬呼吸ができなくなってしまったけれど、幸い、足下の地面が草に覆われていたおかげで怪我をすることはなかった。でも、同じ助けてくれるにしても、もうちょっとなんとかならなかったのか、と、あとから木の幹から降りてくる少女の姿を見つめながら僕はいくらかうらめしく思った。
「大丈夫?」
と、少女はうつぶせに倒れている僕のところまで歩いてくると訊ねてきた。でもそれは僕のことを心配して訊ねているというよりは、ただ一応形式的に訊ねているだけのように感じられた。
「……なんとか大丈夫だよ」
と、僕は身体を起こして立ち上がりながら少し不満そうに響く声で答えた。
「そう。なら良かった」
と、少女は僕の返答に素っ気なく言った。
少女の背の高さは僕の肩のあたりくらいまでだった。僕の身長が百七十五センチなので、彼女は百六十センチちょっとといったところだろうかと僕は思った。僕が彼女の方を見つめていると、彼女は僕の視線を感じたようで、
「何?」
と、横目で僕の顔を見ると、若干不機嫌そうな声で訊いた。
「いや、べつに」
と、僕は口籠った。それから、僕は目の前に広がっていく草原を見つめた。
「……あの、変なことを訊くようだけどさ、ここってどこなのかな?」
僕はいくらか自身のなさそうな声で訊ねた。というのは、自分がいる場所がどこなのかわからない等と言ったら、変な人間だと警戒されるんじゃないかと少し心配だったのだ。少女は僕の顔を少し見上げるようにしてじっと見つめた。まるで僕が何を言わんとしているのか確かめようとするように。
「……変に思われてしまうかもしれないけど、前後の記憶が全くないんだ。気がついたら、この木の幹に縛り付けられていて、ここがどこなのか、全くわからないという状況で……」
少女は僕の顔を探るように見つめたまま、黙っていた。
「自分でも、奇妙なことを言っているのはわかるんだけど」
と、僕は少女の顔から視線を逸らすと、心持ち小さな声で弁解するように言った。
「わたしにもわからないのよ」
少し沈黙のあとで、少女は答えた。僕は彼女の答えが意外なものだったので、驚いて彼女の顔を振り返った。
「……わたしにも、ここがどこなのか、さっぱりわからないの」
少女は軽く眉間に皺を寄せて答えた。
「とにかく、わかっているのは、この世界が、すっごく、変な世界だっていうことだけ」
少女は怒ったような声で続けた。