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プレイする気はありません  作者: 五十鈴スミレ
夏、花ほころぶか
20/48

20:頼もしいサポートキャラ



 話し終えると、私は季人の反応を待つ。

 季人はあごに手を当てたまま、うーんとうなったあと、困ったような笑みをこぼした。


「生徒会長とのイベント二つを無理やり混ぜたような感じだね」

「そうだね。そんなのどうでもいいけど」


 私はやさぐれた気持ちでそう返す。

 出会いイベントと生徒会勧誘イベント、両方が同時に起きた。それはやっぱりゲームではありえなかったことのようだ。

 まあ、そうだよね。生徒会勧誘イベントが起きるくらいにパラメーターが上がっているなら、生徒会長の出会いイベントが起きないはずがない。


「生徒会に入るか入らないか、それ自体は生徒会長の好感度には関わりがない。生徒会に入らないと見られないイベントがあるってだけ。だから今回の出会いイベントでは好感度の変化はなし。ただ、顔見知りになっちゃったね」


 苦笑する季人に、私はこみ上げてきたため息を我慢できなかった。

 結局、生徒会長は名乗る前から私の名前を知っていたし、生徒会に誘うくらいには目をつけられていた。

 重要パラメーターのこともあるし、遅かれ早かれ彼とは出会うことになっていたような気がする。

 だからって、しょうがないとあきらめるには少々事が大きい。

 あのときああしていれば、このときこうしていれば、出会わなかったかもしれないのに。と、もしもの可能性を考えてしまう。

 後悔先に立たず。起こってしまったことはどうにもできない。

 それでもやっぱり、攻略対象には出会いたくなかった。


「不幸中の幸いは、誰にも見られてなかったことかなぁ。よかった放課後で」


 放課後だったからみんな部活に行っていたし、帰宅部の人はすでに帰っていたし、場所的なものもあってか廊下には誰もいなかった。

 目撃者がいなかったということは、「生徒会長と知り合いだったの!?」的な質問攻撃からは逃れられるということだ。

 もちろん、今後の生徒会長の動向次第では、ただ先送りされただけ、なのだけれど。


「相手が生徒会長だったのも、よかったんじゃないかな。王子サマや蓮見蛍と比べれば、彼を好きな女子は良識がありそうだし」

「たぶんね。女の醜さを見せられるようなことにはならないと思いたい」


 女の争いは醜いし、面倒くさいし、しんどい。

 巻き込まれたことはないけれど、小中学校や前の学校で、散々見てきた。

 どの学校でも必ず人気な男子というものはいるものだからね。


「俺が、高校生だったらよかったのにな」


 唐突に、季人がそんなことを言い出した。


「どうして?」


 意味がわからなくて、私は首をかしげる。

 隣に座っている季人と目を合わせると、緑混じりの焦がれ色の瞳が揺れた、ような気がした。


「そうしたら、近くで咲姫を守ることができたでしょ?」


 ベッドの上に投げ出していた私の手に、季人の手が重なる。

 私よりも大きくて、私よりもあたたかい手のひら。

 壊れ物に触れるように、そっと手の甲を指でなぞられた。

 まるで、高価で繊細な宝物になった気分だ。

 季人はいつもそんなふうに私を扱ってくれる。

 大切に大切に、何にも傷つけられることがないように。傷つけられたなら、その傷が癒えるように。

 私がイケメンを嫌って避ける理由も、季人はすべて知っている。

 だから、こうして本気で守ろうとしてくれるんだろう。

 私には、返せるものなんて何もないというのに。


「……充分、季人は守ってくれてるよ」


 素直になるのは難しくて、私はうつむきがちにそう言った。

 二ヶ月以上、強制で出会う以外の攻略対象と会わなかったのは、季人の情報のおかげだ。

 情報がなかったら確実に図書室で萩満月とは出会ってしまっていただろうし、文芸部に入っていた可能性も高い。

 生徒会長とだってもっと早くに出会ってしまっていたかもしれないし、他のキャラもどうなっていたかわからない。

 私はすでに、何度となく季人に守られている。

 これ以上ないくらい頼もしいサポート役だ。


「それに、私は季人が四つ年上でよかったって思うけどな」


 顔を上げて、季人の顔を覗き込む。

 不思議そうな表情を浮かべている季人に、私はニヤリと笑った。


「同じ高校生でこんなに頼もしかったら、私の立つ瀬がないじゃん」


 前世を覚えているとはいえ、こんな落ち着いた高校生は嫌だ。

 季人が同い年だったなら、そもそも今ほど頼ることなんてできなかった。どうしても対抗心のようなものを覚えてしまっただろうから。

 年上だからこそ、遠慮なく甘えられるところもある。

 甘えても、大丈夫だ、と安心していられる。


「もっと頼りにしていいよ」


 人のよさそうな笑みをたたえて、季人は言う。

 また、そうやって甘やかすんだから、まったく。

 季人は私に甘すぎる。

 それに甘えてしまう私も私なんだって、わかってはいるけれど。


「はいはい、頼りにしてますよ、季人お兄ちゃん」

「それ、懐かしいね」


 揶揄するようにわざとそう呼ぶと、季人はぷっと噴き出した。

 笑いを取れたようで何より。

 ここだけの話、私は中学一年生だか二年生まで、季人のことを『季人お兄ちゃん』と呼んでいた。

 親戚間で兄や姉と呼ぶのはそうめずらしいことでもないと思うけれど、私がそう呼んでいたのは季人だけだった。

 それを、今みたいに呼び捨てで呼ぶようになったきっかけは、なんでだったか。

 反抗期みたいなものだったのかもしれない。


「何、もしかしてお兄ちゃんって呼ばれたい?」


 楽しそうな笑顔を見せる季人に、もしやと思って聞いてみる。

 そういう趣味でもあったんだろうか。いや、もちろん冗談だけれど。

 従兄なんだからお兄ちゃんで間違っていないし、そっちのほうがしっくり来ると言うなら呼べないこともない。


「ううん、今のほうがいいな。お兄ちゃんも、たまにならいいけど」


 やわらかな笑みで、季人は言う。

 重ねられたままの手に、少し力がこもった。

 弱い力で心臓を握られたような、そんな感覚を覚えた。


「いつもは、名前だけで呼ばれたい」


 穏やかな声で、けれどはっきりと、言葉が紡がれた。

 季人の目は三日月のように細められていて、とても機嫌がよさそうだ。

 その表情にも、まなざしにも、おかしなところはないはずなのに、なぜか落ち着かない気持ちにさせられる。

 きっと、そう。じっと、かすかな動作も見逃さないとばかりに強い視線を向けられているせいだ。

 視線に温度があったら、私は今、季人のせいで焦げていたかもしれない。


「……ま、私ももうそれに慣れちゃったしね」


 季人、とこれからもそう呼ぶことに異存はない。

 お兄ちゃんなんて、からかい混じりならいいけれど、普段から呼ぶにはしばらく訓練が必要だろうから。


「季人」

「何、咲姫?」


 ためしにいつもどおり呼んでみると、すぐに返される。

 いつもと同じように。……同じ、はずだ。

 季人も、私も。何かが違うような気がするのは、きっと私の気のせいだ。


「……なんでもない」


 居心地の悪さに、私は顔をそむける。

 くすりと季人が笑ったような気配がしたけど、知らないふりをした。



 いつもと同じはずの、いつもと少しだけ違う、六月のある日。

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