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ゼットマン予想

ー朝のニュースです。

史上最年少で数学のゴーべル賞と呼ばれるファールズ賞を、日本人高校生の為近豪さんが受賞しました。為近さんが証明したゼットマン予想は、300年前にドイツの数学者アドルフ・ゼットマンが予想した問題で、その解決に数多くの数学者が挑みそして敗れたので、数学者の間では"身を滅ぼす証明"と呼ばれていました。ゼットマン予想は、ヤークリッド研究所によって100万ドルの懸賞金がかけられているミレニアム問題でした。若干18歳にして数学上の未解決問題であるゼットマン予想を証明した為近豪さん。

在学している仙台西六高校によると、現在は休学しており連絡がつかないとのことです。

それでは次のニュースです。鷹山大臣の・・・-



カフェ「セリシール」のテレビからそんなニュースが流れてきた。

田島さんと山内さんが「あっ」と驚いた顔を私に向ける。

廉太郎さんはコーヒーカップを置いてニヤリとした。





■1年前■


私は仙台西六(せいろく)高校の学生である。

高校まではいってほしいという同居していた祖母の願いを、私にしては珍しく素直に聞き入れ、とりあえず家から一番近いセイロクに入学した。というのも、10歳のときに両親を交通事故で亡くし、それからつい昨日まで祖母の家で暮らしていたからである。高校では文武両道などという二兎追うものは一兎をも得ず的校訓のもと、無意味な学生生活を送っていた。

叔母も同居しているが、ずんだ餅を考案しねずみの味噌汁飲んで死にかけた、伊達政宗公ですら興味を持たないであろうほどの怠惰かつ天の邪鬼であり、それが災いしてか40歳目前にして未婚である。

そしてそれは今後も大方変わらないであろうと私は推測する。


私は先日ある予想について完全な証明を出した。

それを東恭(とうきょう)大学のお偉い先生にメールを送ってみたところ、

「是非予想について解説してくれ。証明が認められれば世界中の数学者と会う機会も増えるだろう。」、と言われた。その後認定試験に合格し、高校卒業と同じ扱いになったので、それからしばらく高校には通っておらず、しかも株によって得た収入で生活費数年分の目処がついてしまったので、祖母と叔母を説得し、思い切って6月から上京したのである。



東京駅についた後、私は父の友人がやっているという、文京区役所横のビル1階にあるカフェ「セリシール」を訪ねた。店内は奥にカウンターがあり丸テーブルが並んでいる。テーブルはすべて埋まっており、私は一番奥のカウンター席に座った。見渡すとなるほど繁盛しているようであった。父の友人は店長をやっているはずなのだが、店内にそれらしき人はおらず、とりあえずハンバーガーセットを頼んだ。カフェと言いつつハンバーガーが看板メニューのようである。


少ししてハンバーガーとコーヒーが出てきたのと同時に、キッチンの奥から一人の男が出てきた。


「君が豪くんだろう?」

「そうですが・・・」

「なるほどねえ・・・。私は君のことを知っている。・・・名前だけね。」

「はあ・・・」

「おばあさんからさっき電話があってね。まあ食べなさい。」



食べ終わるとそれを見計らってその男が話しかけてきた。


「そうか君が毅の息子か・・・」

「もう住むところは決まっているのかね?」

「はい、でも引き渡しが来週なのでそれまでホテル住まいですね。」

「そうか・・・それじゃあまあここを机代わりに使ってくれて構わんよ。」

「それと良ければ君が証明したという”予想”も見せてほしい。」

「はあ・・・祖母から聞いたんですか?」

「君のおばあさんは昔からお喋り好きだが、それが良いか悪いかはこの際決めるのはよそう。」


どうやらこの男はセリシールの店長であり、父の友人のようであった。

名を「竹田廉太郎(たけだれんたろう)」といい、音楽家・瀧廉太郎と同じ名前であるのを気に入り、皆に「廉太郎さん」と呼ばせているようである。廉太郎さんは父と小学校から大学まで同級生で、友人というよりはむしろ幼なじみといったほうが良さそうだった。廉太郎さんは大学で数学を専攻していたようで、卒業後は特に決まった職につかず、ふらふらとしていたらしい。予備校講師から寿司職人まで様々な仕事を経験していたが、10年前からセリシールを創業し、今では都内10店舗のオーナーとなっていた。豊富な人生経験と深い教養に裏打ちされたと思われる廉太郎さんが発するオーラは、仙人のそれのようでもあったが、実はただの遊び人のおっさんだったかもしれなかった。



私が借りたマンションは、一人暮らしには十分すぎるほど広い部屋だが、私のこれからも増えていくであろう膨大な蔵書を置くことを考えるとそれでも狭かった。家賃もそれなり高かったが、私には株で食っていけるだけの技量と才能があり、心配はしていなかった。実家から送られてきた荷物とは別に、私の好物のロールケーキが送られてきた。仙台で有名な「やえば」のロールケーキであり、開店からわずか10分で売り切れるという幻のロールケーキである。これだけのロールケーキは誰かと一緒に食べたいものだ。


そう、例えば田島さん。






先日セリシールに行った時、廉太郎さんと朝から猥談で盛り上がっているところに彼女が話しかけてきた。



「店長の息子さんですか?」

「いやこの子は友人の息子だ。」

「そうなんですか、ごゆっくりどうぞ。」

「あ、田島さん、私にもコーヒー淹れてくれ。」



廉太郎さんに聞くところによると、田島さんはセリシールでアルバイトしている東恭大学工学部に所属する1回生であり、髪型は軽く梳いただけのショートカット。後片付けをしている彼女は、流行に流され、他人と差をつけようとしているのがむしろ没個性となっている量産型茶髪女子大生のそれでもないし、ゆるふわな服装でもない。彼女のその知的な目と整った容姿は、よく言えばボーイッシュ、それ以外の言葉で形容するならばいかにも”クールビューティー”である。

どうやら彼女目当てで来る常連客もそれなりにいるらしく、彼女が放つそのクールな印象が上は初老から、下は高校生と、飢えた猿達を惹きつけているらしかった。

それとなく彼女を見ていると目があった。するとそれまで飢えた猿たちのせいか、頑なであった彼女の表情がほころんで優しい笑顔になり、その笑顔は鋭い刃となってカウンターに座っている私を一刀両断した。以降、その時の印象的な彼女の笑顔が頭から離れなくなり、皆の予想通り平たく端的に言ってしまえば、私は彼女に惚れたのである。



それからというもの、セリシールにほぼ毎日のように通うようになっていた。

私もまた一匹の猿なのである。



高校1年生のころ同じクラスの女子から告白され、まあそういう経験も悪くないと思い、大して好きでもない相手と付き合った経験があるが、ちょうどその頃ゼットマン予想の証明の大詰めに入っていて、四六時中そのことばかり考えていた。その女子とゼットマン予想ではどちらに魅力があるかと言われれば、迷うことなく後者でありそれから間もなくして破局した。


一方で田島さんは、その言葉の端々から彼女が理知的であり機知に富んでいる人物であることが伺えた。また大学サークル、料理愛好会「かべす」に所属していて、その料理の腕はかなりのものであると、同じ大学に通っている店員の山内さんから聞いた。また帰国子女であり、高校に入るまでアメリカにいたらしい。頭脳明晰、容姿端麗、料理上手とはこの世はいかに不平等か。天は二物も三物も与え給うたようである。高1のときに出会っていたのが田島さんだったのならば、すぐさま私は証明を投げ出し、彼女と青春ラブコメのような淡い学生生活を精いっぱい謳歌していたかもしれない。


とにかく色々と散々御託を並べたが、単純に惚れたのである。

これはすぐさま行動に出なければならない。エロ猿共から田島さんを護らなくては。

そうだ、今から神田明神に行って縁結びのお守りをありったけ買おう。


そんなふうに考えていると、後片付けを終えた田島さんが話しかけてきた。


「為近くんは高校行ってないの?いつもいるけど」

「休学中なんですけど認定試験受かったので行ってないんですよ。」

「あー大検ってやつ?、普段何してるの?」


ここで

「数学のことしか考えていない」

など言えば以前クラスの面々に気味悪がられたように、今回もそうなるに違いない。

これはどう返答すべきか。


「普段は・・・まあ、遊んだりとか・・・」

「へえ~なにして遊んでるの?」


そのときとっさに、私はブックラックにあったバイク雑誌を見て答えた。


「バイクでツーリング・・・かな」

「バイク乗ってるんだ?何乗ってるの?」


これはまずい。バイクの名前など知らないし、その前にまずバイクに興味が無い。バイク雑誌をよく凝視すると”ハーレー特集”とある。そうかハーレーというバイクがあるのか・・・よし。


「・・・は、ハーレー。」

「うそーアレ高いんじゃない?」

「豪はもう一人暮らしできるほどちゃんとした収入があるんだよ。というかもしかしたら私より多いかもな。野田証券のトレーダーもびっくりの投資家だから。」

「アメリカにいたとき10歳で株やってる友だちがいたけど、そういう感じ?」

「うーん、まあそうですね・・・」

「へえ~そうなんだ、じゃあ今度乗せてよ。」

「えっ、えっと・・・いいですけど・・・」

「田島さん!俺もバイク乗ってる!」

「店長の運転怖いから嫌です。」



田島さんの可憐な顔を見るのが精いっぱいで、喋ってる内容にまで意識がいかなかった。

廉太郎さんのフォローがなかったら今ごろ私はどうなっていただろう。

彼にはあとで礼を言わねばならない。

とはいえ私はハーレーとかいうバイクに乗っていることになっていて、近々田島さんとツーリングするという。



田島さんが、「お疲れ様です」

と他の店員に言い、店を出たのを見て、


「ハーレーねえ・・・。まあ頑張れよ。」

と、にやにやしているいつもの廉太郎さんがいた。



そうして私は家に帰って、ハーレーについて調べた。

なんとそれは一番安くても軽自動車が買えるぐらいの値段であった。


「昨今のエコ風潮の逆を行くような乗り物だな・・・。」


そしてバイクという非常に趣味性の高い乗り物について調べ上げているうちに、だんだんとバイクの奥深さにのめり込んだ。そうして遂に私は、大型二輪免許を取得する決意をした。

そもそも人間が移動するのに一番エネルギー効率が良い乗り物は自転車であるため、私は高1のときに買ったロードバイク(二郎丸)を東京に持って来て、ずっと愛用していた。


「二郎丸すまん、これも私の恋路のためだ、許してくれ。」


私はそう呟くと、二郎丸は仕方ねえな、気をつけて行って来いよと言いたげにその洗練されたフレームを光らせた。


そして翌日私は、バイク屋にいきスポーツスターというバイクを購入した。田島さんを後ろに乗せるためにシートも二人乗り仕様にした。黄色のガソリンタンクに黒のボディが映えており、私は田島さんを乗せて走っているところを夢想したのである。


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