表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

魔法が使えない第三王子、原因は音痴でした。メイドの私が矯正した結果―

作者: 唯野丈
掲載日:2026/01/30

 最初に思ったのは――

(うわ、この人ほんとに音痴だな)

という、どうでもいい感想だった。


 第三王子レオンハルト殿下が魔法の詠唱を失敗した瞬間、訓練場の空気がまた一段冷えた。

 火球が出るはずの呪文は、ぱしゅ、と情けない音を立てて霧散する。


「……またか」

「今日はここまでにしておこう」


 魔法教師は帳簿を閉じ、最初から期待していなかった顔で立ち去る。

 誰も怒らない。叱らない。慰めもしない。


 それが一番残酷だと、私は思った。


 私は王城の片隅で働く下働き――いや、表向きは「第三王子専属メイド」ということになっている。

 名はリリア。年は15歳。

 そしてつい三か月前まで、日本で平凡に生きていた元・現代人だ。


 トラックも神様も出てこなかった。

 ある日、目が覚めたらこの世界にいて、なぜか「魔法が使えない王子の世話係」をやっている。


 意味が分からない?

 私も分からない。



 レオンハルト殿下は、今年10歳。

 王位継承権は形式上残っているが、実質は“外された”存在だ。


 理由は単純。

 この国では魔法がすべてで、王族は例外なく高位魔法を扱える――はず、だから。


 殿下は魔力はある。

 理論も理解している。

 呪文も暗記している。


 それでも、魔法が発動しない。


 私は最初、それを「才能の問題」だと思っていた。



 違和感を覚えたのは、厨房だった。


 若い魔法兵が、皿洗いをしながら適当な調子で呪文を口ずさんでいた。

 言葉はめちゃくちゃ。発音も雑。


 それなのに、火はちゃんと点いた。


(……あれ?)


 呪文って、そんなに適当でいいんだっけ。


 その夜、私は城の廊下で別の魔導師が詠唱を噛むのを見た。

 言葉は間違えている。

 でも、魔法は正確だった。


(言葉、関係なくない?)


 そこまで考えて、昼間の殿下の詠唱が脳裏に浮かんだ。


 正確な文法。

 完璧な発音。

 ――致命的なほど、音がズレている。


 私は元々、ピアノを少しだけやっていた。

 音感が特別良いわけじゃない。

 でも「外れてる音」は、嫌でも分かる。


 殿下の詠唱は、所々、半音ズレていた。



「殿下」


 次の訓練の日、私は思い切って口を挟んだ。


「呪文、少し変えてみませんか」


「……は?」


 魔法教師がいない時間帯を狙った。

 殿下は露骨に不機嫌そうな顔をする。


「私は専門家じゃありませんが……その、歌うように、というか」


「馬鹿にしているのか」


 声が低くなる。

 8歳の少年とは思えない、王族の声だ。


 私は一歩も引かなかった。


「じゃあ、見ててください」


 私は、あえて無茶苦茶な言葉で呪文を唱える。音だけ合わせて。


 次の瞬間。


 ――火が、出た。


 小さく。

 でも、はっきりと。


 殿下は固まった。


「……今の、何だ」


「たぶん、魔法は“言葉”じゃなくて、“音”です」


 沈黙が落ちる。


「殿下、正直に言いますね」


「……何だ」


「音痴です」


 殿下は、人生で初めて聞いた顔をした。



 それから始まったのが、音痴矯正のための地獄の特訓だった。


「違う! 今のは合っている!」


「合ってません。半音下です」


「分からない!」


「分からないなら、分かるまでやります」


 発声練習。

 音階練習。

 リズム取り。


 魔法訓練場で、王子が「ドレミ」をやらされている光景は異様だった。


「なぜこんな屈辱を……」


「殿下、屈辱は今まで散々味わってきたでしょう」


 言った瞬間、しまったと思った。

 でも殿下は怒らなかった。


「……確かに」


 声が、少しだけ低くなった。


 上手くなるのに、二週間かかった。

 三日で治るほど、現実は甘くない。


 音が合った日も、魔法は出なかった。

 声が出る日も、リズムが崩れた。


 それでも、殿下は逃げなかった。


 逃げられなかったのかもしれない。

 初めて「可能性」を見せられてしまったから。



 二週間後、模擬戦。


 相手は第二王子の側近候補。

 誰も期待していない。


 殿下は深く息を吸い――

 歌うように、詠唱した。


 炎が、正確に、狙った位置に着弾した。


 場が凍る。


 私は、なぜか笑っていた。


(ああ、これだ)


 才能がなかったんじゃない。

 世界の説明が、間違っていただけだ。





――あれから、二十年が経った。


 王都の音楽堂は、昔と変わらず天井が高い。

 石造りの壁に反響する音を聞きながら、私は端の席に腰を下ろしていた。


 招待状には、ただ一行。


『新魔法体系の完成披露に立ち会ってほしい』


 差出人の名前を見たとき、胸が一度だけ跳ねたが、すぐに平静を装った。

 今さらだ。もう、私はあの城の人間ではない。


 やがて、拍手が起きる。


 壇上に立った男は、背が伸び、声も低くなっていた。

 だが――音だけは、昔と同じだ。


 よく通る、澄んだ声。

 音程を一切外さない、安定した響き。


 彼は詠唱を始める。

 呪文ではない。歌だ。


 旋律が広がり、魔力が共鳴する。

 空間そのものが、ひとつの和音になる。


 歴代最強。

 誰かがそう囁いた。


 演奏――いや、魔法が終わると、彼は一度、深く息を吸った。


 そして、視線がこちらに向く。


 逃げ場はなかった。


 彼は壇を降り、人混みをかき分け、まっすぐ私の前に立った。


「……やっと見つけた」


 昔と違い、声は落ち着いている。

 けれど、その目だけが、子どもの頃のままだ。


「約束はしていなかったな」


 そう言って、彼は小さく笑う。


「だから、確認しに来た」


 片膝をつく。

 どよめきが起きるが、彼は気にしない。


「俺はもう、一人で歌える」

「誰の指示もいらない」

「誰の声に合わせなくても、魔法は完成する」


 一拍置いて。


「それでも」


 視線が、私を離さない。


「最初に、俺の音を信じた人と一緒に生きたい」


 静まり返る音楽堂で、私は息を吐いた。


「……遅すぎますよ、殿下」


「そうだな」


 即答だった。


「二十年分、謝る時間はある」


 その言葉に、思わず笑ってしまう。


「では、まずは――」

「ええ」


 私は手を差し出す。


「もう一度、発声練習からですね」


 彼は、昔と同じように困った顔をしてから、

 それでも、迷いなく私の手を取った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ