第7話:誘拐されたお姫様
「し、知らない! ほ、本当にそれ以外の事は知らないんだっ!! 嘘じゃない信じてくれよ!?」
「うるさい。聞かれたことだけに答えろ。お前の命は、その答えで決まる」
「さっきから答えてるだろ!?」
アルファ王国郊外。
とある盗賊団のアジトが拠点にしていたその洞窟は、王国が誇る騎士団の活躍によって壊滅した。残っているのは、手足を縛られて身動きの取れなくなった男一人のみ。
その男……盗賊団の頭目以外、百人近くいた部下は全て、現在頭目の首筋に剣を突き付けた女の手によって首をはねられてしまった。
だが、それは相手を考えれば当たり前の事だろう。むしろ、生きていること自体が奇跡のようなものなのだ。
「聞くに耐えん声で騒ぐな、鬱陶しい。首が落とされた他の仲間のように、お前も首を落とされたいのか?」
言われて頭目の男は周囲に視線を巡らせた。
後処理のためか、騎士たちが一か所にまとめている部下の死体。そのどれもに頭はなく、綺麗な断面から血を流しているのがわかる。
(チクショウ……! 噂でしか聞いたことはなかったが、ここまでだと!? 化物じゃねぇか!?)
頭目が視線を目の前の女騎士へと戻せば、紅髪の女騎士が変わらずゴミを見るような目を向けている。
《瞬閃》エイリン・アル・コーデロス
この国に関わる者であれば、まず間違いなくその名を耳にしたことがあるだろう。
存在が災害とも呼べる危険度五の怪物。それを単独で狩ることのできる、世界に一〇名のみ存在する勇者の内の一人。
おまけに彼女の場合、自由気ままにソロで行動することが多い勇者とは違い、アルファ王国の騎士団に所属する軍人でもある。
故に、『王国最強』とも呼ばれる女騎士。
その最強たる彼女が、騎士を引き連れて攻めてきた。
壊滅するには十分すぎる程の理由だ。
「もう一度聞くぞ。アリアンヌ様をどこへやった?」
「だ、だからっ! 運んでいる最中にロックバードに襲われたと、そう何度も言っているだろうが!?」
「そしてロックバードがアリアンヌ様を攫ったと? 馬鹿らしい。だいたい、危険度三のロックバードがこんな王都に近い街道に出てくるものか。大方、どこかで別の仲介者に渡したのだろう?」
まったく取り合ってくれないエイリンに、泣きそうになりながらも首を横に振る頭目。
そんな彼は間近に迫った死の恐怖に怯える傍らで、どうしてこんな依頼を受けたのだろうかと考える。
元々はとある《モノ》を指定の場所まで送り届けて欲しい、という依頼であった。
当然、盗賊団である頭目たちに依頼するくらいだ。後ろ暗い依頼内容であることは明白である。しかし成功報酬は破格でなうえ、隣国のベータ帝国との繋がりを持てる可能性を考えれば多少のリスクを負う価値はある、とこの依頼を引き受けたのが運の尽きだった。
どうやら指示された《モノ》と言うのは王国の王都から運ばれるらしく、頭目ら盗賊団の仕事は王国から帝国までの輸送。
仲間の半数を連れて受け取りの場所に向かえば、そこで待っていたのは肌の露出がないフードで完全に顔を隠した人物の姿。そして受け取った《モノ》というのが、何らかの手段で眠らされたアルファ王国第二王女。アリアンヌ・アル・アルファであった。
この時点で自身の予想以上にヤバイ依頼であったことに気づいた頭目であったが、もう後に引けない状況でもあったため指示どおり帝国へ向けて第二王女を輸送した。
こんな依頼、さっさと済ましてずらかろう。
しかし、そんな頭目を嘲笑うようにアクシデントが起きた。
なんと第二王女の輸送中、危険度三に分類されるロックバードが襲来。奇襲される形で襲われた彼ら山賊団はかなりの被害を被ってしまった。おまけに、ロックバードは飛翔する怪物。飛ばれてしまっては奪還も追跡もできず、結果的に届ける《モノ》であったアリアンヌをその巨大な趾で掴み取り、そのまま去られてしまったのだ。
そう、この頭目、先ほどから本当の事しか言っていないのである。
しかし盗賊団であるうえ、エイリンが言うように街道に危険度三の怪物が出現すること自体が稀な出来事。信用されないのは当然の事だろう。
(クッソ……!! だいたい、何が勇者については大丈夫、だ……!! 今は第一王女の護衛でデルタ王国に出向いてたんじゃなかったのかよ……!!)
事前に聞いていた話と違う、と内心で怒りを吐露する頭目。
例え王女を取り返そうとする追手がいたとしても、この女以外であれば対抗することは十分に可能なほどの戦力はあった。
しかし前提として勇者を省いていた以上、その勇者が来てしまえば勝ち目なんてあるはずがなかった。
「……ふん、もう話すことは無いか。なら用済みだ、死ね」
「っ!? まっ――」
一閃
《瞬閃》と二つ名がつけられたエイリンの代名詞とも呼べる抜剣。
その速度は、常人には捉えることは不可能なほど。たとえ彼女と同じ勇者であったとしても、その一瞬の抜剣を見切るのは至難の技だ。
当然ながら、それほどまでの速度をただの盗賊の頭目に過ぎない男が捉えられるはずもなく。
何かが光ったと思った次の瞬間には、頭目の視界がズルリとずれた。
そして彼が最期に目にしたのは、断面から血の吹き出す、首のない己の体であった。
◇
「……ふん」
最後の一人であった頭目の首をはねたエイリンは、不機嫌そうに剣を鞘に戻す。
「死体の処理を頼んだ」
「わかりました」
付き添っていた部下に指示を出し、自らは洞窟の内部へと向かた。
盗賊団が根城としていたこの場所では現在、エイリンの部下の中でも耳や鼻の利く獣人族の部下が捜索を行っていた。
その捜索部隊の一人に話しかける。
「何か見つかったか?」
「は。盗品と思われるものは数点程。しかし、肝心のアリアンヌ様に繋がる証拠品は未だに……申し訳ありません」
「わかった、引き続き捜索を続けてくれ。何かわかれば、すぐに私に連絡するように」
「はっ!」
見事な敬礼とともに再び洞窟の奥へと戻っていく部下を見送り、エイリンは洞窟の外へと出る。
そして誰にも見られていないことを確認すると、「……クソ」と苛立ちをぶつけるように、固く握りしめた拳で自身の軽鎧を何度か殴りつけた。
思い起こすのはつい先日、第一王女であるマリアンヌに届けられた緊急の連絡。
第二王女であるアリアンヌが、厳重な警戒態勢の敷かれた城内から攫われたというその一報を知ったエイリンと第一王女マリアンヌ。
マリアンヌの指示で護衛の任を解かれたエイリンは、馬車も使わずに馬車よりも早くデルタ王国から帰還。すぐさま捜索部隊を編成し、アリアンヌを攫ったであろう盗賊団を見つたのだった。
しかし、アリアンヌの奪還に来てみればその姿はどこにもなく空振り。おまけに盗賊団の頭目であった男からも有益な情報が何も得られなかった。
「何が勇者だ。守れないのであればこのような肩書、何の役にもたたないじゃないか……!」
空を見上げればどんよりとした曇天が頭上を覆っていた。もうすぐ雨が降るのだろう。
愛するアリアンヌ様が雨に濡れることなど、あってはならない。早急に見つけ出し、保護しなければならない。
「……そういえば、ロックバードだったか?」
死ぬ間際に、あの頭目が言っていた言葉を思い出す。
苦し紛れの嘘か何かだろうと無視したが、あの言葉しか証言がない以上は、念のために調べておく必要があるだろう。
そうしてエイリンは部下の何名かに、ロックバードの目撃情報を集めさせることにするのだった。




