第6話:魔法使いミッチーとアリアンヌ
「ん……ここ、は……」
少女が目を覚ましたのはそれから数時間ほど経った頃だった。
すでに食事を終えていた俺は、少女が眠る傍らで危険な魔法は控えようとしばらく土人形を動かしていたのだが、その土人形を急いで元の土に戻して少女の側に駆け寄った。
「ここ、どこ……?」
「こんばんは。目が覚めたかい?」
「ヒッ!?」
目をしょぼしょぼとさせた少女が辺りを見渡しながら呟く中、俺は驚かせないように話しかける。
しかし俺の意図とは異なり、少女はビクリと肩を震わせて驚くと、立ち上がって俺から距離を取る。そして近くの木に身を隠すと、少しだけ木から顔を覗かせてこちらを見ていた。
起きたばかり、それも数時間前までは死にかけだったというのにえらく元気な様子だ。どうやら、寒さはもう大丈夫らしい。あの様子からすると、もう死ぬことは無いだろう。
内心でほっとため息を吐きながら、未だに警戒態勢を解かない少女を見る。
焚火の炎でわかりづらいが、ウェーブのかかった肩まである金髪と、こちらを見つめる綺麗な碧眼。将来きっと美人になるであろう容姿だ。
「……」
「そんなに警戒しなくても、何もしないから安心してくれ。な?」
「……あ、怪しい人は、みんなそう言うって母上から聞きましたっ」
「うーん、正論だなぁ……」
なんと教育の行き届いたお母さんなのだろうか。そして、その怪しい人認定されている事実に涙が出そうだ。
まぁ、目が覚めたら見知らぬ男と一緒なんだ。警戒するな、という方が無理な話に違いない。
「どうやってここに来たのかは覚えてる?」
「……覚えてないです。お庭で眠くなって、目が覚めたらここなのです……はっ! まさかあなたが……なのですっ!?」
「おおっと……誘拐犯の犯人にされそうだぁ。だけど、それは勘違いだから安心してほしい」
なかなか変わった語尾の女の子だが、いきなり誘拐犯認定されそうになったため否定し、焚火に枯れ木をくべる。
しかし、言葉で否定しただけでは彼女の誤解が解けないのは当然のこと。ならばここは、人類共通のコミュニケーションツールである食事の出番だ。同じ釜の飯……まぁ缶詰だが、話くらいはできるようになるかもしれない。
「とりあえず、お腹はすいてないかな? 温かいスープを準備してあるから、遠慮なく食べてくれ」
「あ、怪しい人からものを受けとってはいけませんって、母上が――」
そう言うがいなや、木の後ろに隠れてしまう少女。
しかしそんな彼女の意思は関係なかったのか、お腹の虫の方は偉く正直なだったらしい。
少女が話しているその途中で、くぅ~という可愛らしい鳴き声が木の裏側から響き渡った。
「……お、お腹はすいていない、なのです」
「いや、無理があるでしょそれは……」
結界内の温風や焚火で、ある程度体温も戻っているのだろう。だからこそ、彼女の腹の虫が鳴っていると考えるべきか。まぁ、体が食事が必要だと訴えているのだから、いい傾向だともいえる。
俺は事前に温めていたコーンスープのスープ缶とスプーンを手に取り立ち上がると、そのまま木の裏側へと隠れている少女の下へと近づいた。
急に近づかれたことが怖かったのか、少女は身を守るように体を小さくして木の裏側で縮こまる。
(怖がらせるつもりは、なかったんだけどなぁ……)
ごめんねと内心で謝りつつ、熱くないようタオルを巻いておいたスープ缶にスプーンを挿し、それを少女が隠れる木の傍へと置いて離れる。【サークルプロテクト】で安全な結界の中であるため、距離をとっても彼女が危険に陥ることはないはずだ。
「……あれ?」
何もしてこないことに疑問でも感じたのか、少女は木の影からこっそりと顔を出してこちらの様子を覗き見ていた。
不思議そうに首を傾げている少女の様子に苦笑しながら、俺は声をかける。
「大丈夫。君に対して、どうこうするつもりはないんだ。ただここは温かいとはいえ、まだ心配だし、お腹もすいているだろう? 温かいスープが冷える前に、少しでもいいから食べてくれないかな」
距離を取ってもなお、訝し気に俺とスープを交互に見ていた少女。
しかしそのうち空腹に耐えられなくなったのか、恐る恐るといった様子でスープ缶を手にした。
タオル越しに両手を温めるように缶を持つと、コーンのほのかに甘い香りに一瞬顔をほころばせた彼女はゆっくりとスープに口をつけた。
「ほぁ~っ!」
何語なのかと言いたくなる、しかし嬉しそうなその声によかったと俺も息を吐く。
そしてよほどおいしかったのか、彼女は時折その熱さにアチチと声を零しながらも、夢中になってスプーンでスープを掬っては口に運んでいく。
まだスープ缶は残っているが、もう一つくらい用意しておいた方が良いかもしれないと思って温め始めた。
やがて最後のコーンの粒を口にして幸せそうな笑顔を浮かべている少女は、その視線を俺が温めているスープ缶へと向けていた。
かなり期待の込められた視線である。
「もうひとつあるけど、食べる?」
「いいのですか!?」
子供らしく嬉しそうな笑顔を浮かべる少女に、俺は温めた缶にタオルを巻きつけて差し出した。
すると彼女はいそいそと木の影から身を出してこちらに歩み寄ると、受け取ったそれを、今度は大切なものを扱うようにゆっくりと食し始める。
今度は具材たっぷりのクラムチャウダーだ。
「そのままでいいから、少し話を聞きたいんだけど……いいかな?」
「むぅ……怪しい人ですが、おいしいもののお礼なのです。いいのですよ」
食事中に話しかけられたことが不満だったのか顔をしかめる少女だったが、仕方ないと肩を竦めるとそう言った。
「ありがとう。さっきの質問なんだけど、まず名前から教えてもらってもいいかな?」
「名前を聞くなら、まずは自分から名乗るのですよ? 父上からそう教えてもらったのです」
ずっと少女だと不便だと思って名前を聞こうと思ったのだが、当然のことを返されてしまった。
確かにその通りだなと思い名を名乗ろうとしたのだが、ふとここで思い至る。
この少女は身なりからして身分の高い家の娘である、と。
物語において、身分の高い人達というのは恩恵が大きい分、それに絡む面倒ごとなども増えるのが一般的だ。恩恵が受けられるかさえわからない現状、あまり深くこの少女と関わるべきではないのかもしれない。
個人的にはこの少女を送り届けた後は自由に過ごしたいため、ここで本名を名乗るのは悪手……のようにも思えてくる。
となると、ここで俺が名乗るのであれば……
「俺はミッチーだ。君の名は?」
少女には内心で悪いと思いつつ、俺はよく友人から呼ばれていたあだ名を名乗ることにした。
「……アリアンヌ、なのです」
数秒黙っていた少女は、やがて小さく自分の名前を口にしたのだった。




