第30話:二度目のお別れを、一番の友達と
さて、騒動から一夜明けた翌日。
俺が使用していた部屋は、昨日のドラゴンの攻撃で見るも無残なものとなったため、アリアンヌを連れて帰ってから別の部屋に移動することとなった。食事が前にもまして豪勢になったのは、またアリアンヌを助けたことによるお礼なのだろう。
今回の騒動で忙しく動き回る国王様から、メイドさんを通じて感謝も伝えられている。
ともかく、特に不満に思うこともなく俺は翌日の朝を迎えたのだった。
「復旧、まだかかりそうだな……」
チラと部屋の窓から外を見れば、朝早くから城の修理のために大勢の人が駆り出されている。
王都の民家などにはそれほど大きい被害はなかったらしいが、王城そのものは一部が破壊されるという甚大な被害が出ているため、その復旧作業を急がなくてはならない。見たところエイリンら騎士も参加して作業を進めているようで、赤髪の軌跡を残しながらとてつもない速度で動いていた。
また、王都住民への説明に向かっているらしい。
まぁ騒動が起きたのは深夜、ほとんどの住民が寝静まった時間だ。曇天の中では、目を覚ましたところでほとんど見ることができないだろうし、起きていた住民は城の破壊音やドラゴンの咆哮に怯えるしかなかっただろう。そんなの怖いに決まっている。
しかし、これについてはエイリン……《勇者》の名声があったからこそ、そこまで問題視はされなかった。集まっていた住民の様子を【ズーム】で覗き見していたが、エイリンの話を聞けば、安堵を浮かべる者達がほとんどだった。
性格はあれだが、その実力についてはやはり、王都の住民からずいぶんと信頼されているらしい。
「さて、どうしたものか……」
皆が皆、何かしらの作業に追われる中で、俺は客室で一人ベッドに仰向けになりながら言葉を零した。
復旧作業は俺が魔法を使えば簡単に終えることができるだろうが、そこまでしたところで俺に益はない。というか、使えば多くの人に魔法の存在を知られることになる。
あの国王様やエイリンから、手伝ってほしいと言われるかもしれないと思っていたのだが……今のところその様子もないため、ゆっくりさせてもらっている。
「……ていうか、今がチャンスなんじゃないか?」
寝転がっていたベッドからバッと身を起こす。
そうじゃん。王城内は復旧作業に人員を割いているため、警備はも人手も足りていないのが明白。王都住民は昨日の騒動でいつもよりも騒がしいし、一番厄介なエイリンも身動きが取れないのがでかい。メイドさんだって、魔法を使えばどうとでもなる。
今このチャンスを逃せば、次にチャンスが来るのがいつになるのかわからないうえに、《勇者》という肩書を押し付けられる可能性ってある。未だに《勇者》が何をするのか、読んだ本にも詳細は書かれていなかったが、そんなのものになるのは御免被る。
「……準備でもするか」
ベッドから降り、国を出る準備を始める。だが準備とは言っても、そこまでの荷物が多いわけではない。薬草の納品に使用していたバッグの中身を確認してみれば、中に残っているのはいくつか残っている缶詰や寝袋、サバイバルナイフに食事用のスプーンとフォーク。そして、この世界の採取依頼で稼いだお金くらいなもの。
【アイテムルーム】が発見されることはないだろうから、あのまま放置していても問題はないだろう。育てている薬草だけ採取し、次の国での資金にでもすればいい。ベッドは……置いておこう。また、あの地下で寝泊まりするかもしれない。
荷物の確認を終えた俺は、最後にローブを羽織って窓へと向かった。
まだ陽は出ているが、【ステルス】で姿を消して飛べばバレることは無いだろう。
「っと、忘れるところだった」
壊された部屋から回収してきた手紙を荷物から取り出し、備えづけのテーブルに置いておく。宛名は書いているため、きっと部屋からの反応がないと気づいたメイドさんが届けてくれるだろう。
最後の準備を整えた俺は、一度窓の外に様子を覗き見る。
風向きは上々。これなら、王都の外にでるのにそう時間はかからないはずだ。いくらエイリンの身体能力が化物じみていたとしても、そこまで逃げれば追ってこれないはず。
窓枠に片足をかける。がしかし、ちょうどそんなタイミングで、扉の向こう側に人の反応があることに気づいた。
見られてはまずい。そう思って、俺はとっさに【ステルス】の魔法で姿を隠す。
「ミッチー、いるのですか?」
ゆっくりと開かれたドアの隙間から顔を覗かせる少女は、そう言って部屋の中を見回していた。
なぜか足音を立てないように入ってきた少女は、そこでもう一度小さな声で「ミッチー……」と名前を呼んだ。
「……あれ? ミッチーがいないのです」
「俺がどうかしたのか?」
「うひゃぁっ!?」
アリアンヌであることに安堵して、彼女の死角で魔法を解いて呼びかけてみれば、彼女は酷くびっくりしたようでその場で小さく飛び跳ねた。
そして俺の顔を見た彼女は、頬をプくりと膨らませながら腰に手を当てると、そのままプリプリと怒りだした。
「も、もう! びっくりしたのですよ!? 私がもう一人増えちゃうところでした」
「それは……エイリンが喜びそうだなぁ」
「そうなのですか?」
絶対喜ぶと思う。両手に二人のアリアンヌを抱きかかえてキャラ崩壊している姿が容易に目に浮かんだ。
「ところで、アリアンヌ。何か俺に用でもあったのか?」
「そうなのです! 皆忙しくて遊んでくれないから、私が遊びに来たのですよ!」
また人形劇が見たいのです! と元気よくリクエストしてくるアリアンヌ。だが、俺はそんなアリアンヌに対して、ばつの悪い顔を浮かべることしかできなかった。
たぶん、今ここで彼女の要望に応えると機を逃す。それは俺にとっていいことではない。
今ここには彼女と俺の二人だけ。
だからこそ、ここで話をつけておくのがベストだと、そう俺が判断した。
「アリアンヌ」
「どうしたのですか、ミッチー? なんだか、お顔が暗いのですよ?」
「……よくわかるな」
アリアンヌと目線が合うように片膝をつき、ポンと彼女の肩を叩く。
そして一言、「ごめんな」とだけ告げた。
「ミッチー……? 何で謝るのですか?」
「……今から、俺はこの国を出る予定なんだ。だから、一緒に遊べそうになくてな」
「……えっと、どういうことなのです?」
手紙を渡すことを考えていたが、それはやめよう。テーブルの上に乗せていた手紙を魔法で発火させて消しておく。
伝えるべき相手が目の前にいるのだ。なら、ちゃんと俺の言葉で伝えるべきだろう。
首を傾げながらも、アリアンヌは俺の様子を不思議そうに見ていた。そこで彼女は俺の格好に気づいたのだろう。ローブを纏い、荷物も背負った格好は、あの日彼女と出会った時の物と同じだ。
何かを察したアリアンヌだが、彼女は何も言わずに俺のローブの裾をぎゅっと握りしめる。
「そのままの意味だよ、アリアンヌ。俺はこの王都を、国を出て、旅を続けるつもりなんだ」
「……嫌、なのですよ」
「ごめんな。でも、俺はこの世界をもっと見たいと思っていたんだ。いろんな国を見て回って、いろんなことを経験して、いろんな出会いをしてみたい」
「なら、私が……私が一緒に見せてあげるのですよ。私は王女なのです。それくらいは、できるのです……」
顔を伏せたアリアンヌは、俺のローブをグイと引っ張った。
「冒険もしてみたいんだ。危険もあるし、一緒には行けないよ」
「私も行きたいのですよ……! ミッチーが守ってくれれば、大丈夫なのです!」
「絶対、とは言い切れないんだ。それに、アリアンヌはこの国の王女様だ。アリアンヌの意志だけではそれは無理だし、そもそも俺も連れて行くつもりはないよ」
物語の主人公であれば、ここで王女様を連れだして、なんて事もできるのだろう。しかし、それはあくまでも物語の話だ。実際にはそう簡単にはいかない。
魔法という便利な力はあっても、エイリンたち《勇者》のような存在がいる以上は、絶対の安全を保障できない。
それに、この王城でいくらかの時間を過ごして、あの国王様や王妃様。そしてエイリンが、本当にアリアンヌの事を大切に思っていることがよくわかった。
であれば、彼女はここに残り、そしていろんなことを学ぶ方が良いに決まっている。まだ小さい子供なんだ。無理して、俺についてくる必要もない。
俯き、そして何かをこらえる様子のアリアンヌの肩を優しく叩く。
「それに、だ。別に会えなくなるわけではないんだって。またこの国にも顔を出すし、その時は必ずアリアンヌに会いに来るよ」
「……本当なのです?」
呟いたその言葉に、俺は「必ず」と言葉を返し、言葉を続けた。
「なぁ、アリアンヌ。森で出会った時のこと、覚えてるか?」
「……もちろんなのです。寒くて、怖くて、寂しかったのが、ミッチーのおかげで全部なくなったのです。お空を飛んだのも、怖いのに追いかけられたのも、楽しかったのですよ」
「そうだったな。そして、あれが俺の旅の始まりの日だったんだ」
その言葉に顔を上げたアリアンヌは、「そうなのですか?」と目尻に涙をためた顔のまま首を傾げていた。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、俺は「そうそう」と頷く。
「だからな、アリアンヌ。俺にとって、旅を始めて一番最初に出会って仲良くなったのが君なんだ。特別も特別。ベストオブ特別ってもんよ!」
「……言ってる意味が、よくわからないのです」
「一番のお友達って意味だよ。ほら、ちょっと手を出してみな」
両手を器にするような形で前に出すアリアンヌ。俺はそんな彼女の両手に片手をかざし魔法を使用する。
使用したのは【クリエイト】。材料を元にして、俺のイメージしたものを作り出す魔法だ。
【アイテムルーム】内に買ったままため込んでいた金属類を取り出し、その魔法でアイテムを作る。凝ったものはイメージできないため簡素な物しか作れないのだが、それでも良いものができただろう。
「これは……?」
「チャームってやつで、まぁ要は魔よけとかお守りみたいなもんなんだが……友情の証にってことで、これをプレゼントだ。お揃いだぜ?」
ほれ、と星型のチャームをアリアンヌの手に置いてやり、もう一つ作った同じデザインの物を見せる。
それを見て、アリアンヌはチャームを大切に握りしめる。そして彼女は、泣きそうになるのを我慢しながら笑った。
「……だったら、寂しいけど許してあげるのですよ。私は、ミッチーの一番の友達で、いい子なのです」
ゴシゴシと目元を袖で強引に拭ったアリアンヌは、少し腫れてしまった目でしっかりと俺を見据えると、次にはこちらへと飛びこんで抱き着いてきた。
「その代わり、次に会った時には、いっぱい! い~っぱい! ミッチーの旅の話を聞くのですよ! もちろん、人形劇なのです! あ、約束の王都の案内もちゃんとやるのですよ!」
「ああ、了解だ。一番の友達との約束、必ず守るよ」
無理矢理の笑顔を向けてくれるアリアンヌを見て、少しばかり心が痛む。
だからこそ、だ。またいつか、絶対にアリアンヌに会いに来ようと、そう思ったのだった。




