第29話:騒動の終わり
「おい、状況を説明しろ。私はトカゲの相手で忙しかったんだ。五秒待ってやる」
「ラピ〇タ王よりせっかちかよお前」
あれでも三分は待っていたというのに……ラピ〇タ王どころか、空賊のママさんの四十秒よりも短いとは驚いた。
俺は特に時間を気にすることなく、ここまでの経緯をエイリンに話した。再びアリアンヌが攫われたことは彼女自身も相当気にしているのか、話を聞いている間の彼女はどこか悔しそうな様子だった。
「まぁそう気にするなって。あんたはあのドラゴンの相手をしてたんだ。それに、アリアンヌはこうして無事に助けられたんだし、全部良しだろ」
「よしなのです!」
「くっ……あんなトカゲごときに時間を使わなければ……! 今頃は、私がアリアンヌ様を助けて抱っこしていたというのに……!!」
「悔しがるところはそこかよ……」
相変わらずのエイリンの反応に呆れてため息を吐きながら続きを話す。状況としては、アリアンヌを助けてその誘拐犯を捕まえようとしたところ、その誘拐犯が何かを食べて化物のような姿に変貌したのだ。
未だ切断された腕を抑えて呻くその様子に、彼女はなるほど、と小さく頷く。
「だいたいの状況は理解した。トカゲの次が木偶の棒とは、少々落胆せざるを得ないが……私が相手をしよう。業腹だが、貴様はそこでアリアンヌ様を守っておけ」
「それは構わないが……加勢しなくてもいいのか? あのドラゴンから連戦なら疲れてたり……」
「ふん、あの程度の相手で疲弊するわけないだろ。加勢も必要ない。五秒で戻る」
それだけ告げたエイリンは、ゆっくりとした足取りで怪物へと変貌した男の下へと向かう。その足音に、怪物となった男は腕を抑えながら恨みがましい目でエイリンへと視線を向けた。
「貴様ァ……! 《勇者》とはいえ、今の私の力なら――」
「黙れ。その汚い声で、アリアンヌ様のかわいい耳が汚れたらどうする」
その言葉と同時に、彼女の腰に携えられた剣からチンッ、という音が鳴った。いやな予感を感じ取った俺は、その光景を見せないよう顔を埋めさせる形でアリアンヌを抱き寄せ耳を塞いだ。
「……ア?」
「ちょうど五秒。どんな切り札かと思ったが……トカゲ以下なら興ざめだな」
いくつの剣閃が奔ったのか、正直なところ俺にはわからなかった。
しかし、数本や数十本には収まらない数の剣閃が瞬きの間に叩き込まれ、そして斬り終えて剣を鞘に納めた音のみが残ったのだ。
エイリンが踵を返したのと同時に、怪物となった男の体にいくつもの線が走ったかと思えば、ズルリとその体がバラバラに地に落ちる。
「お、お……!?」
俺の時間稼ぎ要員んんんんんんん!?!? なんで殺しちゃってるんですかねこいつぅ!? 嘘だろ捕まえてからの事情徴収とかするつもりがさらさらないのか!?
「えっと、生け捕りとかには……」
「は? アリアンヌ様を攫ったんだぞ? なぜ生かす必要がある」
「どこの国が仕掛けてきたのか、どんな目的があったのかを聞き出したりしないのかよ……」
ため息とともに零れた文句には答える気がないらしく、エイリンは俺からアリアンヌを奪い取るように抱きしめる。
しきりに、「ご無事でしたか!? お怪我は!?」とアリアンヌに聞く姿を横目にしながら、俺はその場を離れた。
アリアンヌを誘拐したのは二人組だった。そのうちの一人であるさっきの男は、怪物になってしまった末にエイリンに細切れにされてしまった。
しかし、まだ一人。俺が【エアブラスト】でぶっ飛ばして縛った奴がいる。そちらをエイリン以外の騎士にでも渡せば、まだ事情徴収による時間稼ぎは可能なはずだ。
「お、いたいた。まだ息は……ないかぁー」
魔力の縄で縛られたまま、壁を背にして息絶えた男がそこにいた。
手足は縛っていたはずだが、おそらくさっきの男のように口に毒か何かを仕込んでいたのだろう。死人に口なしとは、ずいぶんと用意周到なことで。
はぁ~、と大きなため息を吐く。きっとこの様子だと、城内で襲い掛かってきた奴らも同じように自害している可能性が高い。
「うまくいかないもんだな……」
はたして脱出は上手くいくのか。この調子だと、うまくいく気がまったくしない。どうしたものかと考えながらアリアンヌたちの下へと戻ると、調子を戻したエイリンが「何かあったのか」と聞いてくる。
「もう一人誘拐犯がいてな。縛って置いておいたのを確認しに行ってたんだが、すでにダメだったよ」
「そうか。なら、城内も同様だろうな」
「だろうねぇ」
「何のお話なのです?」
話についていけていないアリアンヌが首を傾げるが、俺は「何でもないよ」と首を横に振る。そんな中、エイリンが息を吐いてこちらへと視線を向けた。
「貴様に、言わなければならないことがある。ナオミチ……だったな」
「ん? なんだ、急に」
「アリアンヌ様の件、感謝する。きさっ……お前が気づかなければ、間に合わなかった可能性もあった」
そう言って、静かに、そして小さく礼をするエイリン。そんな彼女の姿に、こいつって人に頭を下げられるのか……と驚き戸惑いながら、その礼を受け取った。
「むむ! エイリンがお礼を言うところ、初めて見たのですよ! 父上にも下げたことないのですよ!」
「アリアンヌ様。私は、必要のない相手には下げないだけです」
「国王様に対して言うことじゃねぇ……」
まあ関係ないからいいか、と諦め半分に肩をすくめた俺は、アリアンヌをおんぶ……しようと屈んだところで、エイリンの視線に気づいて慌てて立ち上がった。
今確実に、人を殺す目をしてたぞこいつ。さっきお礼を言って頭を下げた相手に、どんな思考回路してるんだ。頭勇者かよ。
「姫様、そろそろ城に帰りましょう。さぁ、こちらに。私がおぶって差し上げますので」
「私、ミッチーとお空を飛んで帰るのです! ミッチー、おんぶするです!」
「……」
いや、そんな親の仇を見るような目で見られても困るんだけど。
殺意と嫉妬と憎しみを内包した、先ほどよりも意志の強そうな目は、それだけで人を殺しそうなくらいだ。
そんな視線を向けてくるエイリンと、空を飛ぶのが楽しみなのか、とてもキラキラした目を向けてくるアリアンヌ。両者の視線の温度差に風邪を引きそうになる。
しかし、アリアンヌのお願いを俺もエイリンも断ることができず、結局俺はアリアンヌをおぶって空へと飛ぶのだった。
アリアンヌが背中ではしゃぎ、そんな俺たちを追って眼下の家の屋根伝いを走るエイリンの姿を見ながら考える。
本当であれば、今日にでもこの国から出て行こうと考えていたのだが、こんな騒動があったのだ。少し難しくなるかもしれない。今ここで逃げるという選択肢は、下にいる女騎士のせいで選択不可。つまり、今はこいつの言う通り王城まで付いて行くしかないわけだ。
どれくらいの時間稼ぎができるのかはわからないが……明日にでも、逃げられるようにしておかないといけないな。
「ミッチー!」
「ん? どうした、アリアンヌ」
「助けてくれて、ありがとうなのです! お礼に今度、いっぱい王都を案内してあげるのですよ!」
約束なのです! と、背中にしがみ付きながら嬉しそうにはしゃぐアリアンヌ。
そんな彼女の言葉に返事をすることができず、誤魔化す様に空を飛ぶ速度を上げるのだった。




