第27話:王女救出
【フィジカルアシスト】による身体強化をかけて飛び出した王城の外は、空を分厚い雲が覆い隠してしまっているため、かなり視界が悪い。しかし、そんな真っ暗闇でも普通に見えるようにできるのが魔法という力だ。
明かりなんてなくても、今の俺には周囲の様子がはっきりと目に見えている。【ナイトヴィジョン】という暗視の魔法を創ってみたが、なるほど、これはなかなか便利だ。
「っと、アリアンヌが連れていかれたのは……あっちか」
アリアンヌの反応を頼りに、俺は王都の家の屋根伝いを思い切り駆け抜ける。
どうやら俺が追う連中は、王都の裏路地を通っているらしい。迷いのないその動きに、逃走のルートはあらかじめ決めていたことが窺い知れる。かなり前から下調べなどを行っていたのだろう。
「いや、そもそも王城内にまで内通者がいたんだ。そのくらいは当たり前か」
それに危険度五に分類されるドラゴンまで用意していたんだ。この計画に対する気合の入れようは相当なもののように感じる。ただドラゴンを投入できるということは、そのドラゴンを捕獲して連れてくる必要があるはずだが……どうやってこんな作戦を実行したのだろうか。
養殖されたものなのか、あるいは野生のものを捕らえた天然ものなのかど……どちらにせよ敵勢力はそれが可能な戦力があると考えてもいいだろう。場合によっては、エイリン以外の《勇者》が出張ってくる可能性も考慮しなければならない。国同士のいざこざなどに関わらず、怪物だけ狩っていろと言いたいもんだ。
空を見上げてみれば、まだドラゴンとエイリンの戦いは続いている。しかし、一目見てエイリンが優勢なのが見て取れた。
滞空できる時間に制限のあるエイリンが不利だと思っていたが、なんとあの女騎士、無理やりにでもドラゴンの背中に乗り込むとめちゃくちゃに斬りまくっている。
反撃しようにも、エイリンの速さに対応できず、更には振り落とそうと激しく体を動かしても剣を突き刺して耐えられる。危険な怪物だという知識があるだけに、あのやられっぷりを見ていると哀れにすら思えてきた。
「……いた、見つけたっ!」
すぐそこにまで迫った反応に視線を戻してみれば、黒づくめの二人組が子供を担いで走っている姿が目に入った。
俺は彼らが一本道に入ったタイミングで屋根から飛び降り、誘拐犯の前方で着地する。
黒づくめの二人はローブを身に纏い、目深にフードを被っているため顔はわからない。ただ、そのうちの一人が肩に担いでいた子供はアリアンヌであることがすぐに分かった。
手足を縛られ、目隠しまでされた状態で誘拐されていたらしい。
「なっ!? いったいどこから……っ!?」
驚く男たちに返事を返さず、【フィジカルアシスト】で強化された状態で一気に踏み込んだ。
ダンッ、とアリアンヌを担いでいた男の鳩尾に手をかざす。
「【エアブラスト】」
「ガハッ!?」
手のひらに固めた風の塊を爆発させ、男の体を遥か彼方へと弾き飛ばす。その際、アリアンヌは【マジックハンド】で回収しているため、彼女への被害は皆無だ。
白目を剥きながら一本道を抜け、そしてちょうどその先にあった木に叩きつけられた黒づくめの男は、そのまま倒れて動かなくなった。
うん、死んではいないはずだ。
「ンーッ!! ンンッ! ン!!」
「待て待て。今解いてやるから」
アリアンヌを担いだ俺は、そのままもう一人の男から距離を取る。どうやら相手も、急な俺の襲撃に困惑しているようでまだ動く様子はない。しかし、いつ攻勢に出てくるかわからないため、男の動きに注意しつつ俺とアリアンヌの周囲に【サークルプロテクト】で結界を張り、アリアンヌの拘束を外した。
「ぷはぁっ! もう訳が分からないのですよ!」
「開口一番にその言葉が出るアリアンヌもすごいな……肝が据わってやがるぜ。一応、誘拐されてたと思うんだけど」
「だって二度目なのです! それに、またミッチーが助けてくれるって思ってたのですよ!」
そこは気にしてくれよ、と呆れたものの本人は本当に何とも思っていないのか俺に笑顔を向けてくる。まだ子供だというのに、メンタル最強なのかねこの娘は。
「いやはや……まさか、もう追いつかれるとは思ってもいませんでした。さすがは、あの《瞬閃》を相手に戦った傑物ですね」
その声に目を向けてみれば、残っていたもう一人の男がやれやれとでも言いたげな様子で話しかけてきた。
念のため、俺の背後にアリアンヌを移動させて対峙する。
「あんなんで抑え込めると思われたのは、少し舐めすぐだったと思うがな」
「いやぁ、勇者とも渡り合える人物を完全に押さえられるとは、我々も最初から考えていませんよ。だからこそ、出てきたときの時間稼ぎのために戦闘ができる者たちに任せていましたが……」
予定ではもう少し時間を稼いでもらうつもりだったのですが、と残念そうにため息を吐く男。彼が言っているのは、王城を出る直前に襲い掛かって来たメイドさんと複数人の覆面ローブのことだろうか。なるほど、やはりこいつらの仲間……内通者だったということか。
「《勇者》にはなれないものの、《勇者》の候補として名前が挙がるくらいには強かったはずなんですが」
「あっそう」
彼女らの話を今ここでしても、あまり意味のないことだろう。そういう話がしたいのであれば、大人しくこいつをとっ捕まえてあの女騎士の前に差し出してからだ。
まぁ、アリアンヌを狙ったんだ。自白する前に斬り殺されかねないが……そこはあの国王様に止めてもらおう。
「あなた、別にアルファ王国の人間ではないのでしょう? どうですか、ここは一つ取引でも。そこの王女様を渡してくれるのなら、こちらからあなたへのお礼を約束させていただきますよ?」
「お礼、ねぇ」
フードでその顔はよく見えないが、口元が笑っていることがよくわかる。
この男の言うお礼とやらが何なのかは見当がつかないが、一国の王女を誘拐するような作戦だ。恐らく国絡みとみてもいいだろう。
男の言葉に思考を巡らせていると、不意に服の裾を掴まれた。
後ろを振り返ってみれば、そこには不安な顔で俺を見上げているアリアンヌの姿。
「ミッチー……」
「そんな不安そうな顔をするなって。あんな怪しい奴の誘いに乗るわけないだろ?」
ワシワシとアリアンヌの頭を少し乱暴に撫でつけてやれば、アリアンヌは目を瞑り、ワーワーと嬉しそうな声をあげていた。
そうだ、まだ子供なのだ。
王女という立場であるがためにこんな事件に巻き込まれてはいるが、それでも彼女はまだ子供。そんな不安気な顔は、彼女には似つかわしくないだろう。
これまでどおり子供らしく、ワーキャーと笑ってはしゃぐくらいがちょうどいい。
少し強めに頭を撫でてやれば、アリアンヌの頭も手に合わせてグラグラと揺れる。そんな状況さえ楽しんでいる様子に苦笑しながらも、俺は手を止めポンと彼女の頭に手を乗せた。
「ミッチー?」
「アリアンヌ。悪いけど、俺の後ろで待っていてくれるか?」
アリアンヌを後ろに下がらせると、万が一のことを考えて彼女の周りに何重にも【サークルプロテクト】で結界を展開する。
「おや、話し合いですか?」
「ああ、そうだな。もちろん、とっ捕まえた後での話だけど!」
【フィジカルアシスト】で強化された足を使い、一足で相手の眼前へと飛び込んだ。
そして先ほどの男と同じようにその鳩尾に一撃をかまそうとしたのだが、寸前で男は片足を半歩後ろへ。その結果、【エアブラスト】は相手の体をかすめるだけにとどまった。
それでもかすめた魔法はかなりの威力だったか。男は痛みに耐えるようなくぐもった声を零すと、俺が鳩尾へと添えていた手を掴みとる。
「イッ!?」
まるで万力にでも絞められたような力。想定外の痛みに思わず顔を顰めた俺は、腕を掴んだままの男の足を払い、宙に浮いた男の身体を力づくで地面に叩きつける。
しかしそれを悟ったのか、男は宙に浮いた瞬間に俺の腕を放し、俺が腕を振るった勢いを利用して飛ぶと距離を取った。
「いってぇな……なんつー馬鹿力だおい」
骨が軋む……いや、下手すれば握り潰されていたかもしれないほどの力だ。【フィジカルアシスト】のによる耐久力の強化がなければ、骨と筋肉が使い物にならなくなっていたことだろう。
いちおう、怪我をした時用に治癒の魔法である【ヒール】は作っているが……それでも、怪我をしないに越したことはない。
「危ない危ない。ずいぶんと思い切ったことをしますね」
ヒラヒラと手を振り余裕そうな様子を見せる男。
先ほどのやり取りでわかったのは、あの男が相当な手練れであるということだろうか。接近戦での勝率は大きく落ちるに違いない。
となると、ヒットアンドアウェイを繰り返して、油断したところにでかい一撃を……
「待て待て待て。なに真面目に同じ土俵で戦おうとしてるんだ俺は」
そうだ、そうだよ。俺のメインは魔法を使った遠距離攻撃だ。決して魔法で身体を強化して殴りかかる脳筋戦法ではない。この世界でのまともに行った戦闘が対エイリン戦しかなかったため、頭から飛んでいた。そもそもの話、魔法使いってのは後衛職だっての。
周りを見回してみれば、真夜中の裏路地であるからなのか人の目は全くない。まぁ、この男たちはそれを見越してこの場所を通っていたのだから当然と言えば当然だが……だからこそ、それは俺にとっても有利に働く。
ならば、ここから俺がとるべき手段は一つだ。
「アリアンヌ!」
「はいなのです!」
後ろに下がり、展開していた【サークルプロテクト】を解いた俺は、返事を返すアリアンヌを片腕に抱き上げる。
「おや、逃がすつもりはありませんよ?」
俺たちが逃亡すると考えたのか男は数本のナイフを指で挟み込むように構えると、俺たちに向かって勢いよく投げつけてくる。
まっすぐに投擲されたナイフは、俺の脚を正確に狙うが……突き刺さるよりも前に、俺は高く飛びあがった。
「それも読んでいますよ!」
しかし、俺の逃げ道を予測していた男は、さらに短剣を構えて跳び上がった。
彼もまた、勇者とまではいかずともかなりの力を持った人物なのだろう。たったの一足で数メートルもの高さまで跳び上がった彼は、そのまま俺が跳び上がるであろう位置に先回りし、そこに来るであろう俺に備えて短剣を構えた。
「【フライ】」
「……は?」
俺が短剣に貫かれるその直前。フワリと俺の体は空中で急停止し、そして軌道を変えてさらに高く飛ぶ。
アリアンヌを連れたまま、周囲の建物よりも高い場所から下を見下ろせば、フードが外れて見えた若い男の顔が、唖然とした表情でこちらを見上げている。
「高いのです! またお空なのです!」
「ちょ、アリアンヌ。今真剣だから静かにな?」
久しぶりに外を飛んだからなのか、大変嬉しそうに首にしがみつくアリアンヌ。そんな彼女を落ち着けさせながら、俺は眼下の男に視線を向け、【ハイドドーム】を展開。
未だ曇天の夜で視界は悪いが、念のためだ。これで周りから見られても、この魔法の中で何が起きているのかは確認できないはずだ。
さて、準備は整った。
俺が男に指を突きつけると、それを真似るようにアリアンヌも小さな指を男に突き付ける。
「こっからが魔法使いの真骨頂ってな。的になる準備はできてるか?」
「できてるか! なのです!」




