第25話:逃げようとした挙句の襲撃
「ふぅ……疲れたな」
【カメラ】と【フォト】の魔法を使用した二日後。
幸いなことに、まだ国王様から勇者云々の話がされる様子はない。【バギング】で盗聴は続けているが、だいたいは小難しい政治の話がほとんどだ。どうやら、忙しくてその暇が取れていないらしい。
話を聞く限りだと、アリアンヌがいなくなった間の仕事が手に着かなかったそうだ。今はその滞っていた遅れを取り戻しているんだろう。まだまだ、俺に話を持ってくる様子は見られない。
こんなことなら、あんなに急いで本の情報を魔法で写す必要はなかったかとため息を吐く。しかし、もう集めてしまったものは仕方ないため、俺は用意された自室で写してきた本の内容に目を通していた。
まだすべてに目を通せたわけではない。そもそもあんな量の本だ。流し読みするだけならともかく、理解して読もうと思えば相当な時間がかかるだろう。ある程度まで内容を読み進めたところで、俺は部屋のベッドに大の字で寝転びながら息を吐いた。
「ちょっとこれは……すぐには終わらなさそうだ」
いったいどれくらいの時間がかかるのか予想がつかない。しばらくの間は、これを読み込むことになるだろう。
チラと窓の外を見てみれば、すっかり陽は暮れていた。おもむろに起き上がって街の方へと目をやると、王都の大通りには街灯のように火が焚かれているのだろう。人が行き来している様子がうっすらと分かる。
前世の世界と比べれば街が暗いため、いつもはもっとはっきりと月や星がはっきりと見えるのだが、本日はあいにくの曇り空。王都を囲う壁も今日は真っ黒い塊にしか見えない。
「うーむ……改めてみても、異世界だよなぁ」
書物の情報によれば、この世界には俺が森で出会ったような怪物モンスターと呼ばれる存在が数多く存在しているらしい。そしてギルドの等級があったように、怪物にも危険度と言うのがあるようで、一~五という形で分けられている。
危険度一であれば、特に鍛えていない人でも数人での対処が可能なレベル。目安で言えば、単体のゴブリンやスライムがこれに当たるんだとか。
ただ、二からはかなり危険になるらしい。素人は当然のことだが、冒険者である木の等級数人でも危険な可能性があり、最低でも鉄相当の実力が必要となる。そして危険度が三になれば、最低でも銀が複数人必要となり、四なら真銀や神金が動くレベルなのだとか。そして五ともなれば、国が総力を持って対処する天災とも呼ばれる。
国家の軍や神金級の冒険者が束となり、ようやく退治ができるかもしれない。そんな、規格外の化け物である危険度五の怪物。
そしてそんな化け物を、たった一人で討伐できるのが、現在世界に十人存在するとされる《勇者》として認められた超人たちであった。
《救国》、《拳聖》、《不明》、《狂戦士》、《必中》、《瞬閃》、《金剛》、《怪力》、《魅了》、《英雄》
どいつもこいつも、その規格外の化物を一人で討伐したヤバい奴らしい。なんとなく、彼らの異名からどんな人物、攻撃をしてくるのかは予測できるが……《救国》と《不明》。それと《英雄》はまじで何にもわからない。
そしてこの十名の中に名前を連ねているのが、あのアリアンヌと一緒にいた女騎士であるエイリン。正確には、エイリン・アル・コーデロス。勇者として付けられた異名は《瞬閃》。
普通なら異名とかちょっと恥ずかしいとか思うのだが、彼女の実力の片鱗を見ているだけに笑えない話である。
「次があったら、まじで殺されそうだ……」
お行儀よく距離をとり、「はいスタート」で始まるわけではないんだ。
突然何の前触れもなく戦闘が始まったと仮定する。となれば、俺に待ち受けているのは、瞬く間に距離を詰められたうえでの死だ。【アイテムルーム】を使ったその場からの一時撤退さえ、させてもらえるか怪しいだろう。
だからこそ、彼女から如何に逃げ切るかがカギとなる。
片目を閉じ、【セカンドアイ】を発動。その効果は千里眼、つまり特定の位置を見る魔法である。この魔法であの女騎士の場所を把握しているのだが、今は訓練所で部下らしき騎士たちの教官を務めているらしい。どうやら四六時中アリアンヌと一緒、というわけではなさそうだ。
「もしかして、今日が絶好の脱走日和なのでは……?」
運が良いのか、今夜は曇り空。姿を隠すにはちょうど良い天候だろう。
ふと部屋の隅に置かれた机に目をやれば、そこには簡素な封筒と手紙が一枚。前回は突然いなくなったが、今回もまた何も言わずに姿を消すのは流石に悪いと思い、アリアンヌに書き残す手紙を事前に用意しておいたのだ。
この城を出る直前に、手紙がアリアンヌのもとに届けられるように魔法を使う予定なんだが……今すぐにでも、送った方がいいだろうか?
「……もっとも、手紙を出したところでまた怒られそうだがな」
またふくれっ面して怒るのか、それともギャン泣きするのか。
一生の別れ、なんてことは言うつもりはない。ある程度この世界を見て回ったらまたアリアンヌに会いに来ようとは思っているし、その時には旅のいろんな話をするつもりだ。
「旅はどうするか……旅芸人みたいなことでもするか?」
土人形で子供たち相手に人形劇をして世界を巡る、なんていいかもしれない。魔法なんて知らない人ばかりなのだから、人形にはそれっぽく糸でもつけておけば俺が操っているように見えるだろう。
……いや、糸繋ぐなら木製の方が無難かもしれない。旅の途中で作ることにしよう。
心の中の罪悪感を誤魔化すようにこれからの旅の事を考える。
王都を出たらまずは近くの街で道具や物資の調達だなと、先ほど【カメラ】で撮影した王国の地図を【フォト】で思い起こしながら書庫を出た。
たしかここから東へ向かった先に、王都ほどではないがリムというそこそこ大きな街がある。国境にも近いため、最初はそこに向かってそこから一気に国外に出ることにする。
完璧な作戦だ。つい笑みが零れそうになるが、まだ油断はできない。焦らず、王都の街が寝静まるのをじっと待とうじゃないか。
そうと決まれば、と時間が来るまで再び【フォト】を使って【カメラ】で写した情報を読み込んでおく。腹もすいたため、外に待機しているメイドさんに食事を頼んでおいた。
そんな静かな時間を過ごしている時だった。
突然、凄まじい轟音が城中に響き渡った。
「……っ!?」
何かが爆発したような破砕音。そして同時に、大量の瓦礫が俺に向かって飛んでくる。予想していなかった出来事に回避ができず、飛んできた瓦礫は【ボディプロテクト】の結界によって阻まれるのだが、積もった瓦礫によって体が埋まってしまった。
魔法による身体の強化で一気にのしかかっていた瓦礫から抜け出してみれば、先ほどまであった客室の壁はきれいさっぱりなくなり、代わりに厚い雲がかかった夜空が目の前に広がっていた。
「……は?」
いや、本当に。いきなり、何が起きたんだ?
訳のわからない状況に、とりあえず王城内の様子を魔法も使用して探ってみれば、当然のように城内は騒然としていた。
幸いなことに、ここの部屋の外で待機していたメイドは俺の食事を取りに行っていたために無事だと思われるが、何が起きたのかを探ろうにも王城内がパニックであるため把握することが難しい。
「ミッチー様! ご無事ですか!?」
すると、すでに扉の機能を果たしていない扉をぶっ壊しながら、食事の準備を頼んでいたメイドが俺の安否の確認の為に息を切らせながらすっ飛んできた。
「だ、大丈夫です。でも、いったい何が起きたんですか?」
「すぐに避難を。どうやら、危険度五の怪物がこの城を襲ったようです。エイリン様がすぐに討伐してくれると思われますので、今の間だけでも避難をお願いします」
「危険度五の怪物が……?」
開放的になった部屋の外に目をやると、確かに何か黒い巨大なものが城の上空を飛んでいる。
さぁお早く、と急かすメイドに先導されながらも、俺は空を泳ぐ巨大な影に向けて【ズーム】を使い、そしてはっきりとその姿を見た。
黒い鱗に、鋭い牙と爪。爬虫類的なフォルムから巨大な翼を生やして王城を標的にしているそいつの瞳孔は縦に開いている。
「黒い……ドラゴン?」
そこにいたのは、ファンタジーの定番にして生物の頂点。
ドラゴンの姿がそこにあった。




