第23話:逃げるが勝ちのその準備
『近いうちに、私はミッチーくんを《勇者》として認めることにしよう。彼には折を見て、私の方から話をしてみるよ』
「……けっこうでぇす」
食事をしながら国王とあの女騎士の会話を盗み聞いていたが、国王からとんでもない言葉が飛び出してきたことで思わず顔を顰めて言葉が零れてしまった。
温かいスープを一気に流し込み、酒を煽る。ベルを鳴らせば、食事を運んできてくれたメイドさんが皿を引いて部屋を出て行く。再び部屋に一人となった俺は、フワッフワの柔らかいベッドの上で胡坐をかき、膝に肩肘を置いて頬杖をつく。
「はぁ……食事している間に何を話してるか気にしてみればこれか」
俺のことを話すのなら、きっと俺がいない間にやるはずだ。そう考えて【サーチ】で先ほどの場所を確認し、新たに作り出した盗聴の魔法、【バギング】を仕掛けておいた。そして盗み聞きできたのは、俺を勇者にするとかなんとか。意味の分からない話だった。
あの会話を聞くにエイリン以外にも勇者はいるのだろう。しかし正直なところ、その役割や勇者というくくりで分けられている意味、そしてその基準についてなどよくわかっていないことが多すぎる。アリアンヌに聞いた時は、よくある物語の中での肩書のようなものだと思ってそこまで深く考えていなかったが、どうにも想像以上の意味がありそうだ。
(今のところ、異常に強い奴が《勇者》って呼ばれてる……くらいのイメージしかないんだが)
ベッドの上で腕組をして考える。思い出すのは、あの女騎士エイリンとの街中での戦闘だ。
少なくとも、あの女騎士レベルで戦えるような奴が限られていることは、先ほどの二人の会話からして明白だろう。強さと人格。この二つが揃っていれば、国か国王が勇者として認定する……という形だろうか? 《勇者》認定することによる勇者本人の利益や義務、または認定を出す国家や王族の利益など、まだまだ不明な部分は多いが、現状ではこれが限度であるためしかたない。
「あのレベルが、まだ他にもいるのか……」
一人であれば俺も魔法で対応できるかもしれないが、勇者複数人によって囲まれれば、さすがに魔法があっても対応しきれないように思える。【フィジカルアシスト】で身体能力を強化しても、エイリン一人相手にあれだったのだ。魔法がないのに、素の身体能力で魔法の強化を上回るとか人類の神秘通り越してバグか何かだろ。
まぁここ異世界なんだけど。
「はぁ……この世界で生きていくのなら、勇者に目を付けられないようにするのが最善か」
となると、必要以上に俺の事が出回るようなことは避けるべきか? 勇者だけに限った話ではないが、存在が知られてしまうことで被る不利益はたくさんあるだろう。
……あれ? もう目を付けられてるんですが?
頭に思い浮かんだ凶悪な女騎士の顔を思い出し、思わずブルリと身を震わせた。
「逃げきれる、かなぁ……」
元々考えていたことだが、一番手っ取り早いのはこの国から出ることだろう。そして逃げるのであれば、折角登録した冒険者としての身分も捨てる必要がある。これは冒険者ギルドという存在が中立であり、他国のギルドとも繋がっていることが挙げられるからだ。これにより、冒険者は国を越えて依頼を受けることも可能となっている。
そのため、俺が他の国で依頼を受けると、このアルファ王国のギルドもその情報を入手することが可能となるのだ。なんて面倒くさいんだコンチクショウ。
故に、冒険者をやるのであればまた最初から登録しなければならない。
もっとも、採集依頼ばかりでろくに等級をあげていない為、名前が面倒なくらいで最初からやり直すのはそこまで痛手ではないだろう。
「そうなるとどこに逃げるかだが……残念なことに、まだこの世界のことはよくわかってないんだよなぁ……」
何せ、この国が転生してから初めて来た国だ。周辺国家の位置や名前くらいは把握しているが、各国の詳細な情勢やどういう国なのかは調べられていない。もう少し馴染んでから、他の冒険者に聞こうと思っていたが……その前に捜索隊が出されてしまってはお手上げだ。
「むむむ……いっそのこと、ここで調べるか? 王城なら、それなりに詳しい本なり資料なりがあるはず」
情報収集をするには最適ともいえる場所だ。となると、勇者認定受ける直前まではここで情報収集、時が来たら即逃亡も可能だろう。それに普通なら俺のような身元がはっきりしない男には見せてくれないだろうが、幸いにも俺はアリアンヌを助けた恩人。それを理由に、ある程度の許可を貰える……かもしれない。
そして情報を集めたら速攻でさよならバイバイだ。【アイテムルーム】の魔法を使えば、この王城からすぐに王都外の地下室へ避難することができる。一つ問題点を挙げるのなら、【アイテムルーム】への出入り口がこの王城内に固定されてしまう点だが……そもそも地下室だ。魔法でも使ってそのまま地上へ出てしまえば王都の外だ。
「【カメラ】と【フォト】の魔法があるから、情報そのものの入手は容易だろうし……よしよし、何とかなりそうだな」
そうと決まれば、と早速俺はベルを鳴らしてメイドを呼び、書庫への入室と資料の閲覧が可能か確認を取ってもらうようにお願いする。
まぁ、できたとしてもそれは明日からになるだろうから、今日一日くらいは柔らかいベッドでも堪能させてもらうことにしよう。
◇
「そうですか……計画は失敗しましたか」
「はっ。何でもロックバードが現れ、アリアンヌ王女が奪われたとのこと」
「信じがたい話ですねぇ……そこで死んでいたのならまだしも、王女はあの通り戻ってきましたから」
とある一室。一本の蝋燭によって照らされたその場所には、二人の男。
目深に被ったフードによってその顔を見ることは叶わないが、そのうちの一人はもう片方の男から報告を受けると、「困りましたね」と手紙の内容に言葉を零した。
「それは…?」
「計画の失敗を伝えた、その返事の手紙です。読んでみますか?」
手渡された手紙を手にした男は、恐る恐るといった様子で文字を目で追った。
そこに書かれていたのは、件の王女誘拐についての叱責と、再び王女を誘拐するようにと言う命令。
なぜそこまであの王女に固執するのか、と疑問を覚えた男は帝国の《勇者》のことを思い出し顔を顰めた。
きっとあの男がそう望んだからなのだろう、と。
「これは……」
「計画のための戦力と物資については、追加で届けられるようです。王国の王女には気の毒ですが、帝国のための人柱になっていただきます」
「《怪力》のために、ですよね? その、なぜあの勇者は王国の王女を……?」
「あまり気分の良い話ではありませんが、あの方は小さい弱いものを壊すことが大好きなようでね……ただ、その辺で拾ってくるものには飽きた、と」
その言葉に「それは……」と男は言葉を失うのだが、もう一人の男は黙って首を横に振った。その感情を表に出すなという警告だ。
聞いていて気持ちの良い話ではない。しかし、その相手が《勇者》であれば黙り込むしかない。
力の象徴であり、己が欲のために動くことを許される法や常識に縛られない超人。単一で国家戦力に相当する力の持ち主。それが《勇者》であり、故に彼らは《勇者》と呼ばれるのだ。
国が《勇者》という肩書を授けるのは、その国が彼らを支援をすることで、せめて自身の国では暴れないようにしてもらおうという意図があってこそ。あってないような枷であるが、それでも無いよりは遥かにマシなのだ。
「失礼します」
ちょうどそんなとき、部屋に入ってきたのは二人と同じくフードを目深に被った男。
「追加報告の資料です。ご確認を」
「ご苦労様です。追加戦力が到着し次第、作戦行動に移ります。準備をしておくように」
「御意」
見事な敬礼を見せて部屋を去っていく男を見送り、持ち込まれた資料に目を通す。
そこに書かれていたのは、早朝の王都にて《瞬閃》エイリンと何者かが街中で戦闘を行ったこと。さらに、その人物が《瞬閃》と目的の人物である第二王女らとともに、馬車で王城へ向かったことが記載されているのだった。




