第21話:魔法使いは国王陛下に謁見する
女騎士に睨まれながら馬車に揺られること一時間。
王都の入り口からずいぶんと時間がかかるんだなと感じながら、俺は嬉しそうに話しかけてくるアリアンヌと話をして到着を待っていた。
まぁ内容は予想通りと言うべきか、なぜ何も言わずにいなくなったんだという文句である。「王都を案内する約束をしていたのに、酷いのですよ!」と頬をパンパンに膨らませた彼女に怒られていた。
さすがにアリアンヌに事実を告げることも憚られたため、曖昧な返事をして煙に巻き続けていると、俺たちを乗せた馬車は王城の門を二つくぐって中へと入っていった。
外から見た限りでは、城を覆う壁と王城の天辺部分くらいしか見えていなかったが、いざ中へと入ってみればそこには白と青で統一された素晴らしい建造物が聳え立っている。
まさに俺がイメージするお城そのままだ。
中庭へと止まった馬車から一早く下りたアリアンヌは、こちらを振り向くと「ミッチー、一緒に行くのですよ!」とおいでおいでと俺を手招いてた。
そんなアリアンヌに案内されるがままに付いて王城の中へと入れば、とてつもなく大きなホールが出迎えてくれた。天井は高く、二階へ続く階段もかなり大きい。
また、ホールを飾り付ける装飾品はどれもこれもきっとお高い代物なのだろう。
「さすが王族……」と誰にも聞かれないように小さく呟く俺を差し置いて、こっちなのです! と俺の手を掴んで先を行くアリアンヌ。そして俺の後ろで、何かに堪えるように腰に携えた剣の柄を握る手を抑えているエイリン。ものすっごく怖い。
アリアンヌに気付かれないよう、内心でビクつきながらアリアンヌについて行く。階段を上り、これまた天井の高い廊下をへーんほーんとあちこちを見回しながら歩いていると、「着いたのです!」とアリアンヌが足を止めた。
俺も足を止め、アリアンヌが立ち止まった場所を見る。そこにあったのは、木目調の高そうな……つい最近修理したような跡が見受けられる扉だった。
「ここで父上と母上が待っているのです!」
「……え、ここで?」
「はいなのです!」
それだけ言って扉を開けようとするアリアンヌ。しかし、俺はそんな彼女に「ちょ、ちょっと待った!」と呼び止める。
「アリアンヌの父上ってことは、この国の王様……なんだよな?」
「……? そうなのですよ?」
「何を言っているんだ貴様は。当たり前だろう」
首を傾げるアリアンヌに対して、エイリンは呆れたような物言いで俺を見る。
確かにアリアンヌによって城まで来てしまった時点でそうなることは予想していた。
でも待ってほしい。本当に。
だって城に到着したの、ついさっきなんだぞ? この国の最高権力者に会うにしては、いくらなんでも展開が速すぎるのではなかろうか。
「いや……もっとこう、どっかの部屋で待たされてから謁見の許可を得る、みたいなものを想像していたんだが……。アリアンヌはいいとしても、どこの誰とも知れない余所者であることには変わりないだろ?」
「ミッチーは私の恩人でお客様なのですよ? 待たせたりはしないのです!」
だから行くのですよ! と改めて手を引くアリアンヌ。
俺はそんな彼女の言葉に、何とも言えない顔をしながらその修理したての扉へと招かれるのだった。
◇
「おお……来たか」
アリアンヌに連れられて中へ入ると、そこにいたのは二人の男女。
一人は短い金髪を後ろに撫でつけた四〇代ぐらいの男性。もう一人の女性は、どこかアリアンヌに似た雰囲気の、優し気な女性。そんな彼らは俺の姿を見て何かを呟くと、ゆっくりとした仕草でソファーから立ち上がった。
「君がアリアンヌの言っていた……ミッチー君、でいいかな?」
「は、はい……ミッチー、といいます」
となりでエイリンが跪くのが見える。どうやらこの人がアリアンヌの父親……つまり、この国の王様とみてよさそうだ。
「失礼しました!」と慌てて俺もエイリンを真似て跪こうとしたのだが、その直前に「構わない。楽にしてくれ」と王様に止められたため、そのまま直立で姿勢を正す。
「立ち話も疲れるだろう? まずはそこに座るといい」
「ミッチー! こっちなのです!」
王様の言葉に反応したアリアンヌは、俺の手を再度引いた。手を引かれた先にあったのは、二人の対面に設けられた何とも座り心地の良さそうなソファー。
王様に座るように促されたので腰を下ろすと、笑みを浮かべたアリアンヌが嬉しそうにその隣に飛び乗るようにして座った。
「改めて、名乗らせてもらおう。私はこのアルファ王国第一三代国王。ヘーデルバッハ・アル・アルファ。アリアンヌから話は聞いているよ。娘を助けてくれたこと、感謝している」
「アリアンヌの母、ナタリー・アル・アルファです。ミッチーさん、改めて私たちの娘を助けていただき、ありがとうございます」
「……恐れ入ります、陛下。お力になれて光栄でございます」
国王と王妃。
つまり、このアルファ王国における最高権力者。そんな存在が今、俺の目の前にいる。
一応、アリアンヌの恩人と言うことで歓迎されてはいるようだが、いつ機嫌を損ねられるかわかったものではない。会話は、十分に注意する必要があるだろう。
ただ、王族とどうやって会話すればいいのかなんて俺にはわからないため、できるだけかしこまった言い方をするしかない。そもそも、会社の上司くらいの目上の相手ならばともかく、王族とかどんな対応すればいいんだよ……! 俺の言葉遣い、間違ってないよな? 不敬罪で首ちょんぱとかないよな?
後ろのエイリンがいつ剣を抜くかわかったもんじゃない、と背後を警戒しながら頭を下げる。
しかし意外なことに、そんな俺に対して王様は顔を上げるように言った。
「そんなに固くならなくても良い。君は私たちの娘の命の恩人。多少砕けたところで、ここは私たちのプライベートな空間だ。公の場ではないから、不敬に扱うこともないよ」
「……ご配慮、感謝いたします」
「固いなぁ……」
少なくとも、相手からそう言ってもらえたのはありがたいことだ。
ただそれでも安心はできない。何せ相手は国王だ。いつ機嫌を損ねて意見を変えるか分かったものではない。
いや、いい人なんだろうなとは思うんだが……それでも現状においては、礼を失していいわけじゃない。
「陛下、恐縮ではございますが、私のようなただの旅人にとって、陛下はまさに雲の上の存在でございます。仰せの通り、遠慮せずにお話しさせていただくことに感謝しますが、それでも畏れ多く感じる次第でございます」
「そういうことであるなら……まぁいいだろう。さて、こうして君をこの場所に呼んだのはアリアンヌの件でお礼を言いたかった件もあるが……実は君に尋ねたいことがあるんだ」
その言葉を聞いたとき、俺は内心で来たか、と緊張で身を固くする。
「アリアンヌから聞いたのだが、君は……『マホウ』というのを使えるんだってね?」
予想していた質問。
子供の戯言と思って信じていないことも考えてはいたが、どうやらこの二人はその戯言を信じたようだった。
いい親ではある。が、俺からすればいい迷惑だ。何を世迷言を、と信じないほうが都合が良かった。
だが、そんなことを思っても後の祭りであることに変わりはない。
「……ええ、陛下。それは、私の故郷に伝わる秘術のことです。何かご懸念がございましたでしょうか?」
「なに、アリアンヌから聞いて少し興味があったんだ。話によれば、土の人形を動かしたり、空を飛んだりできるんだろう? そんなもの、私は今まで聞いたことがなくてね。よかったら、是非見せてほしい」
どこか期待に満ちた目で俺を見る国王ヘーデルバッハ。
よかったら、などと言ってはいるが実際は見せろという強制に等しい。内心で盛大にため息を吐いた俺はチラと背後に目をやるのだが、相変わらずエイリンは跪いて頭を下げたままそこにいる。
……断れば、あの女騎士が剣を抜くのだろうか。
「では、陛下。軽いものでございますが、少しお見せいたしましょう」
断ることも、嘘を吐くこともできない現状、俺にできるのは最低限の魔法をここで披露することくらいだ。
隣のアリアンヌが期待に満ちた目で俺を見つめる中、その日俺はアルファ王国の最高権力者に向けて秘匿していた魔法を披露することになってしまったのだった。




