第20話:アリアンヌに手を引かれてドナドナ
「やめなさい! なのです!」
突如響いた少女の声に、俺もエイリンもハッとしてそちらへと視線を向けた。
視線の先……そこにいたのは、一台の馬車だった。パッと見ただけでもかなりしっかりした造り馬車で、外装も金の装飾が施された豪華なもの。
そんな装飾が施されている立派な扉を開け放ち、馬車の中からめちゃくちゃ怒ってます! という顔でふんぞり返るのは、俺がこの世界に来て初めて会った異世界の住人。
「げっ、アリアンヌ!?」
「アリアンヌ様!?……貴様ぁ! アリアンヌ様を呼び捨てしたうえに、その言葉はなんだ!? 不敬だぞ殺されたいか!?」
「エイリン! やめるのですよ! じゃないと、泣くのです!」
「御意!!」
今にも剣で襲い掛かってきそうだったエイリンであったが、アリアンヌの一言で先ほどまでの態度が嘘だったかのように静まって……いや、訂正。めっちゃ睨みつけてるわ、こいつ。
今すぐにでも殺してやるぞ、とでも言いたそうな目で俺を睨むエイリンからそっと眼を反らし、俺は土塊の巨大ゴーレムを土に戻す。ドバリと土の山が崩れるようにメインストリートへ土が溢れるが、それらの土を魔法で均しておく。
そんな作業の傍ら、アリアンヌは馬車から降り、護衛と思われる男性を伴ってこちらまで歩いてくる。
そして……
「ミッチー!」
「っ!? な、なんて羨ましい……!!」
「お、おう……久しぶりだな、アリアンヌ……様」
俺が偽名として名乗ったあだ名を呼びながら、アリアンヌは満面の笑みを浮かべて突撃をかましてくる。
怪我をしないように注意を払って受け止めてやるのだが、少し視線をずらすと、その隣で顔を般若の様にしてひざまづくエイリンが見えた。
血涙でも流しそうなほど、目が血走っているような気がする。はっきり言ってものすごく怖い。
「むぅ……私の事は、様付けしなくてもいいのですよ!」
「いやぁ……ここでそれをやっちゃ、ダメな気がするんだよなぁ……」
腰のあたりに抱き着きながら俺を見上げるアリアンヌにそう返すと、彼女はむすっと頬を膨らませて如何にも不機嫌なのですと主張してくる。
「なら、ミッチーは特別なのですよ! あ! それからミッチー! 私はとてもとても怒っているのですよ!? 様を付けたら許してあげないのです!」
「……それについては、いろいろと事情があったんだよ。悪かったとは思っているさ」
当然のことながら、彼女が怒っているのは城門で勝手にいなくなったことだろう。
しかし、理由が理由である。権力者に俺の事を知られたくなかったなんて言い訳、目の前でぷりぷり怒っている彼女には聞いてもらえないだろう。
どうしたものかなと考えていると、ふいに手を掴まれる。
見ると、抱き着いていたアリアンヌが俺の手を取ってぐいぐいと引っ張っていた。彼女が引っ張るその方向には、ここまで乗ってきたであろう馬車が一台停めてあるのだが……
「ア、アリアンヌ……? えっと、なんで引っ張っているのかな?」
「ミッチーは今から私とお城に行くのですよ! 命の恩人なのです! 父上も母上も会いたいと言ってたのですよ!」
「いや、それはちょっと勘べ――」
「殺すぞ貴様」
「んっ!?」
俺の丁度真後ろ。今のアリアンヌからは決して見えない位置で、先ほどまでひざまづいていたはずのエイリンが剣の切っ先を俺の背中に付きつけていた。
彼女はそのまま、アリアンヌに聞こえないよう小声で続ける。
「アリアンヌ様のご命令とはいえ、本来であれば貴様はすぐに首をはねられても仕方のない不敬を働いているのだ。貴様が今生きていられるのは、アリアンヌ様のおかげと言ってもいい。そんなアリアンヌ様の願いを聞けないなどと言ってみろ。私は、アリアンヌ様に嫌われてでも貴様を殺す……!!」
怖い怖い怖い怖い怖い!!
え、なにこいつめっちゃ怖いんだけど!? よく見たら目のハイライトとか消えてるんですけど!?
防御結界は常に起動させているとはいえ、ゴーレムも解除してしまった今俺にできることは逃走くらいなものだ。
しかし、その手段もアリアンヌに手を掴まれていては実行に移せない。
「……ま、まぁ、着いて行くだけならな」
「はいなのです!」
俺のその言葉に、心底嬉しそうな笑みを浮かべるアリアンヌ。
そんな彼女の笑顔を見せられては、とてもじゃないが文句を言うこともできやしない。
「はぁ……やってしまった」
誰にも聞こえないよう小さく呟く。
現状考えられる限りでは、最悪のパターンが進行していると言っても過言ではない。この世界に魔法がないことを知ってからは、その力を知られないように行動していたつもりだったが……アリアンヌの話を信じるのかどうかの賭けは、俺が負けた感じだなこりゃ。
それに、まだ見つかっただけであったなら、魔法なんて知らぬ存ぜぬを突き通せた。しかし、逃亡のためとはいえエイリンを相手に魔法を晒し、結局逃げることもできず……こうして、言い逃れができない状況になってしまった、と。
(まずいな……このまま城に連れていかれれば、間違いなく俺の魔法について聞かれることになる)
意図して隠すこともできるだろうが……それをした場合、完全に国を敵に回す、なんてこともあるかもしれない。というか、あの女騎士が不敬罪だ! とか言いながら嬉々として斬りかかってこないだろうな?
「はぁ……」
アリアンヌに気付かれないよう、ため息を吐いて馬車の窓から外の景色を見る。
既にメインストリートでは、ちらほらと市民が活動している様子が見て取れた。
そしてそのほとんどが俺が乗る馬車を見て何かひそひそと内緒話をしているようだった。
「……これから、どうしようか」
しかし、その問いに答えるものは誰もいないし、何かがいい考えが思いつくわけでもない。俺は憂鬱な気持ちが晴れないまま、アルファ王国の王城までドナドナされることになるのだった。




