第15話:この先の見通し
この世界には魔法が存在しない。
あの武器屋でのやり取りから数時間が経ったころ、俺は王都散策中に見つけた噴水広場でそう結論付けた。
情報を集める際はできるだけフードを被り、できるだけ顔を隠して行動した。傍から見れば怪しいことこの上ないのだが、そうも言っていられない。
もしかしたら魔法と言う名前ではない違う名前でもついているのかと思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。要はこの世界、攻撃手段は武器を使うか手足を用いた格闘技で戦うかの二択だ。
「まずい……非常にまっずい……」
今の俺の状態を言い表すのなら、まさにその一言が的確だろう。
何せ知らないとはいえ、俺はこの国のお姫様と言う最上に近い身分の子供にためらうことなく魔法を見せている。これをまずいとは言わず、いったい何をまずいと言えばいいのだろうか。
もし彼女から俺の事が伝えられたりすれば、間違いなくその上の立場……この国の国王なんかに目をつけられてしまう可能性がある。
この世界にはない力を扱える存在がいると知れば、権力者であればまず間違いなく囲い込もうと動くだろう。
自惚れ? そうかもしれない。
だが可能性があることも確かだ。注意、警戒は怠るべきではないだろう。
俺自身この未知の世界を心行くまで冒険したいという、酷く曖昧な人生目標を掲げはしたが、こんな早々に権力者の影響を受けて行動を縛られるは勘弁願いたい。
だが二点ほど、俺のことがバレないという希望もある。
まず一点、大人が子供であるアリアンヌの話を信じるかどうかということだ。もしアリアンヌが俺と行動を共にした際に見聞きしたことをそのまま伝えているとして、正常な大人の思考であれば何もないところから火をつけたことや空を飛んだことなど、到底信じることはないはず。
そして二点目、俺自身がアリアンヌにミッチーという偽名を名乗っていること。
前者は、いわば前の前世で話を置き換えればいい。己の身一つで空を飛んだとか言い出す子供の話をいったい誰が信じるのかということだ。普通なら、子供の戯言程度に話を聞くだけで終わるだろう。
そう考えれば少しは安心できる。仮にそれを真に受けたとしても調査そのものは軽く行われる程度に違いない。そうなれば、ミッチーを探す捜索部隊に俺がひっかかる可能性は低いはずだ。
「……なんだ。考えてみれば、案外余裕か?」
そこまで思考を巡らせれば、さきほどよりも落ち着いてこれからのことを考えることができた。子供の与太話を本気にして、本気で捜査網を敷こうとするおバカさんがいるわけがない。
別段目立つような行動をしなければ、この王都でも案外問題なく過ごせるだろう。
「なら、まずは金を稼ぐか。先立つものがなければ、何も始まらないからな」
先ほど購入した中古の皮鎧とナイフで、俺の神様からの餞別であるお金は雀の涙にも等しいくらいだ。
であれば、ギルドで依頼をこなす必要がある。だが、魔法を使用する姿を見られないようにするためにはソロで行動しなければならないだろう。また、どこで誰が俺を見ているかわからない以上、魔法を使用する必要がある討伐系の依頼を受けることも避けた方が良い。
そして街中を出歩くことも、極力控えた方が良いかもしれない。もし出歩くのであれば、魔法で誰にも見られないように行動する必要があるだろう。
いや、捜索されている可能性を考えてできる限りこの王都から外に出ている方が良いかもしれない。
「となると、採取の依頼が妥当か」
戦闘する必要はほとんどなく、王都の外への依頼。更には、薬草などの知識も覚えるにはもってこいともいえる依頼だ。
さっさと採取して、城門が閉じるギリギリまで外で過ごすことも可能だろう。
「金を稼ぎつつ、この世界での情報を集める。しばらくは、これを目的として動くことにしよう」
そしてある程度の金と知識を身に着けたら、この王都、ひいてはこの国から出て旅を始めるのだ。旅の必需品は何がいるのかも調べないとだな。そう考えれば、少しだけ未来での旅に思いを馳せ、子供のようにワクワクしている自分がいた。
大丈夫、見つかるわけがないんだ。とりあえずは、王都の観光と、他の街巡り。そしてそれが終われば、他の国へ行くことも計画しよう。
「楽しみだな。さて、そうと決まれば今夜の宿を……手持ちの残りで泊まれる宿屋、どこかにあるかなぁ……」
◇
なんとか手持ちで一泊できる宿を見つけた俺は宿で一夜を過ごし、朝日が昇る前に目が覚めてしまった。二度寝する気分にはなれなかったため、そのまま朝ご飯を食べることにした。宿泊費には食事代を含んでいないため、カバンに残っていた缶詰が朝ご飯だ。
ただ、この王都に来るまでの間にアリアンヌと二人で消費していたからか、既に缶の総数は数個、乾パンの数も数枚ほどに減っていた。育ち盛りだったのだろう、よく食べたものだ。
一つ取り出して床に燃え移らないよう魔法で宙に浮かばせると、慎重に炎で炙っていく。しばらくそのままにしておけば、少し熱いくらいにまで熱されたコーンスープの完成だ。部屋が寒かったのか、少し飲んだだけでも体に熱が入るのがよくわかる。
特に準備することもなかったため、朝ご飯を澄ましてそのままギルドへと向かった。
ギルドから少し離れている宿であったため少し歩く必要があるが、朝の街並みを見ながらのんびりと歩くのも悪くはない。道中では開店準備をする店や朝一番で城門を抜けてきた商人などの姿が多く見受けられた。
まだ陽が昇ってすぐだからか、外は少しだけ暗い。
どうやら、世間一般的にはまだ早朝の時間らしい。あれほどまでに賑わっていたメインストリートが全くの別物に思える程静かだった。時計がないのでわからなかったが、ここ最近森で日の出とともに起床する生活を送っていたせいかもしれない。
静かなメインストリートを歩き、昨日も訪れたギルドへと足を踏み入れる。
意外なことにギルドの中にはメインストリートのような静けさは無く、そこそこの冒険者が集まっていた。少し驚きながらギルぢの壁際へと寄り、周りの冒険者たちの様子を観察する。
すると、受付の奥の扉から俺よりも年下だろうか? 年若いギルドの職員が数多くの羊皮紙をもって現れた。
「ただいまより、依頼の張り出しを行いまーす!」
そう大きな声を張り上げると、集まっていた冒険者たちが騒ぎ出す。どんな依頼があるのか、こんな依頼を受けたい、できるだけ報酬がいい奴を……などなど、口にする内容は様々だ。
わらわらと張り出されていく羊皮紙の依頼書に群がっていく冒険者たち。時折「それは俺がとろうとしたやつだ!」などという声も聞こえてくる。どうやら、依頼は早い者勝ちらしい。
流石に魔法もなく、ゴリゴリのマッチョの集団の中に突撃する勇気はないので、依頼書の張り出された掲示板の前が空くまで待つことにした。
やがて、張り出されていた依頼書のうち半分がなくなったところで、集まっていた冒険者のほとんどがギルドから姿を消した。残っているのは、こんな朝から酒場で飲んだくれている冒険者くらいなもの。
ようやくかとギルドの壁際で待機していた俺は、早速残った依頼書を吟味する。
字が読めない者への配慮なのだろうか、羊皮紙には討伐系なのか採取系なのかハッキリとわかる絵と簡素な説明文、受注可能なランクや報酬が記述されている。
討伐系は人気なのだろうか。残っている依頼書のほとんどは採取だったり、街での手伝いといったものだ。
まぁ、討伐系の依頼は受ける予定はないし、まだ木である俺では受けられる討伐の依頼も少ないだろう。
「ただまぁ、字は早急に学ばなきゃならんな……」
いっそのこと翻訳の魔法でも考えるか? などと思案しながら、木でも受注が可能な依頼の中でいくつかの採取依頼の羊皮紙を手にして受付へと提出した。
聞けばレッドハーブ、ブルーマリン、グリンという聞きなれないはずなのに妙になじみ深い字面の薬草の採取依頼だ。
「承りました。依頼の期限は明後日の正午までとなっていますので、それまでに納品をお願いします」
「わかりました。ただ、できればどんな植物なのか教えてもらってもよろしいでしょうか?」
「では図鑑をお貸しします。ギルドの中であれば閲覧が可能ですので、読み終わったら受付に返却をお願いします。くれぐれも、持ち出しなどなさらぬよう」
「……ちなみに、それをするとどうなるんでしょうか?」
受付嬢はにっこりと笑うだけだった。不気味なので、早く読み終わるようにしよう。




