第13話:王女帰還
「アリアンヌ! よく、よく無事に帰ってきてくれた……!」
「あぁ……! 私の愛しい子……もう二度と! あなたを離さないわ!」
アルファ王国王城。
現在そこでは、無事に帰還して湯浴みと着替えを済ませたアリアンヌを思い切り抱きしめる二人の親の姿があった。
父をヘーデルバッハ・アル・アルファ。母をナタリー・アル・アルファ。
国王とその王妃である二人は、決して臣下には見せられないような顔で我が子の期間を祝っていた。
「ち、父上! 母上! 苦しいのですよ!」
しかし、そんな二人の愛情表現はいささか彼女には辛かったようだ。
ぐぬぬと二人による拘束から抜け出そうとするアリアンヌであったがそれは叶わず、ついには母ナタリーの胸部装甲に顔を埋め込まれてしまう。
ぬー! ぬー! と抗議の声をあげるも、喜びが天元突破している二人は気づいていない。
やがてもがいていた両手足が力なく垂れ下がりそうになる頃に、父ヘーデルバッハが慌ててナタリーの拘束を解除した。
「ふー……ふー……ふぅ……し、死ぬかと思ったのですよ……」
「ご、ごめんなさい……嬉しくてつい……」
肩で息をするアリアンヌを見て悪いと思ったのか、ナタリーは申し訳なさそうに謝った。
「だ、大丈夫なのですよ……怖いのに追いかけられるのよりもマシなのです……」
思い出すのは、ミッチーことナオミチに背負われた山の中。後ろから大きな怪物が襲い掛かってくる光景を思い出してぶるりと体を震わせた。
「本当に、よくぞ生きて帰ってくれました! 怖かったでしょう? ここは安全です。安心していいのよ」
「大丈夫なのですよ! ミッチーがいてくれたのです!」
「ミ、ミッチー?」
聞きなれない名前に首を傾げるようにして言うと、「そうなのです!」とアリアンヌは嬉しそうな表情を浮かべた。
そしてその名前を聞き、ヘーデルバッハは「ふむ……」と息を零した。アリアンヌが帰還した際、アリアンヌが口にした名前だ。おそらくは、アリアンヌを助けてくれたであろう人物。
彼女がミッチーと呼ぶ存在を探して城門前に留まろうとしていたという報告を受けていた彼は、一度アリアンヌ自身から話を聞く必要があると考えていた。
「アリアンヌ。よければ私たちに、そのミッチーという者について教えてくれないか?」
「っ! はいなのです父上!」
◇
「――そうして、私とミッチーはここに戻ってきたのですよ!」
これまでの一部始終を話し終えたアリアンヌは、どうだ凄いだろうと言わんばかりの笑顔を浮かべていた。
誘拐という犯罪の対象とされてしまった彼女であったが、ナオミチと出会ってからはこれまでにない初めての大冒険を経験したのだ。
お城にいたままでは決して叶わないその話は、話している本人が楽しそうであることも相まって、聞かされている者達にもその熱が十分に伝わっていた。
「ふむぅ、そんなことが……俄かには信じがたいがなぁ」
「むぅぅ! 本当なのですよ! 私は嘘なんてついていないのですよ!」
「あなた、信じてあげても良いのではなくて?」
頬を膨らませ、いかにも不機嫌ですと主張するアリアンヌ。ナタリーはそんな娘を信じてあげては? と言うが、ヘーデルバッハには納得しきれない部分が多数あったのだ。
「信じてやりたいのは私も同じだ。ただ……空を飛んだ、指から火が出た何て言われてもな」
聞かされた話はどこの御伽噺だ、と言いたくなるようなものばかり。
特に空を自由に飛ぶなんてことは、怪物にはできても人にはできないことの一つだ。あの規格外の存在でもある勇者であっても、空高くへ跳ぶことはできても、自由に空を飛べる者なんていない。
「いや、そんな常識を覆してくるのが勇者ではあるが……しかしなぁ」
十人しかいない、危険度五の怪物を単独で討伐できる超人。それが勇者だ。
彼らは、常識では計れない力を持つが故に勇者と呼ばれるのだ。だからこそ、彼らの内の誰かがそのうち空を飛んだとしても驚くことは無いだろう。
せいぜい、これが勇者か、と考えることをやめる程度だ。
となると、そのミッチーなる人物は勇者のうちの誰かが偽名でも名乗ったのかも知れない、とヘーデルバッハは考えるのだが、すぐにそれはないという結論に達した。
何せ勇者はまだ学生である《英雄》を除き、我が道を行くような者達ばかり。
決してアリアンヌが語ったように世話なんてやかないだろう。それに《英雄》も今この時期はデルタ王国の学院にいるはずだ。
となると、本当に勇者のような常識はずれが現れたか、アリアンヌの勘違いかという話になるのだが……
「本当なのです! ミッチーはいたのです! このローブだってミッチーのものなのですよ!?」
てててて、と部屋の隅に吊るしていたローブを手にして叫ぶアリアンヌ。
「むぅ……となると、本当に勇者が――」
現れたのか、そう言いかけたヘーデルバッハであったが言葉を最後まで紡ぐことができなかった。
現在、ヘーデルバッハらがいるのはプライベートルーム。そこは国王ではなく娘の父親としての顔を出せる唯一の空間なのだが、そんな彼にとっての楽園を破壊する破壊神が現れた。
ドガンッ、という音をたてて勢いよく扉が開かれる。
「アリアンヌ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
かなりの勢いがあったのか、開け放たれた扉には罅が入った。
しかし犯人であるその存在は、まったくそれを気にすることなくアリアンヌへと突撃。ぶつかると思われたが、それはアリアンヌの目の前でピタリと静止すると騎士らしく片膝をついて頭を下げ、優しくアリアンヌの手を取った。
「無事で……無事で何よりです! アリアンヌ様!!」
「はいなのです! エイリン、私はすごく元気なのですよ!」
王国最強であり、勇者の肩書を持つ騎士エイリン・アル・コーデロス。
同じ騎士たちからも恐れられる彼女の顔は……恐らく彼女を恐れる者達には到底想像できない顔をしているだろう。
涙や何やらでぐしゃぐしゃにしているエイリンに、ヘーデルバッハは少しだけ引いていた。
あと、扉の修繕費はエイリンの給与から引いておくことも決めた。
「このエイリン・アル・コーデロス、一生の不覚でございました……! 死んで詫びるのなら、せめてアリアンヌ様を見つけた後にと決めておりました……もう、思い残すことはありません……!」
「そういうのはいいのですよ! それより、エイリンは私の話を信じてくれるのです?」
「信じましょう!」
「……エイリン。少しは話を聞いてから言ってくれ」
即答したエイリンにヘーデルバッハは頭を押さえながらいうのだが、当の本人はこれを無視してアリアンヌの話を聞いていた。
これに対して、国王に対して何たる態度か!? とはならない。それが勇者と言う存在なのだ。むしろ、エイリンのこれはまだましな方ともいえる。
《狂戦士》や《怪力》であればその一言で殺しにかかるとも言われ、実際にそういうことがあったと耳にするほど。
もっとも、エイリンがアルファ王国の軍属となっているのは、第一王女であるマリアンヌやその妹のアリアンヌによるところが大きいのだが。
「ふむふむ、なるほど。では、アリアンヌ様はそのミッチーという男を探したいというのですね?」
「そうなのです! 急にいなくなったミッチーには文句を言ってやるのですよ!」
「でしたらこのエイリンにお任せください! 必ずやそのミッチーなる人物を見つけ出し、必ずやアリアンヌ様の前に連れてきましょう! ……個人的に、聞きたいことも山ほどありますからね」
最後の言葉はよく聞き取れなかったアリアンヌであったが、エイリンが味方してくれたことにたいへん満足げな様子を見せる。
一方でエイリンは、旅の途中でそのミッチーなる男が、自身が愛するアリアンヌと触れ合ったことに内心で嫉妬の炎を燃え上がらせていた。
(羨まし……ゲフンゲフンッ、どこの馬の骨とも知れぬ輩が、アリアンヌ様の玉の肌に触れるとは……連れてくる前に、少々話をしなければなぁ?)
ふふふ、とアリアンヌには見えない位置で不気味な笑顔を見せるエイリンを見て、ヘーデルバッハはろくなことにならなければいいが、と不安を募らせる。
そして、そんな様子をただ一人見ていたナタリーはこう言うのだった。
「あらあら、いつも通りで安心したわ」
今日も、アルファ王国は平和である。




