第12話:王都とギルド
アリアンヌが馬車に乗り込んで王城へと向かったことを確認した俺は、しばらく城壁外で時間を潰してから王都へと入ることにした。
再び並び出した列に紛れ、俺の順番が回ってくるまで大人しく待つ。ローブはアリアンヌに渡したままであるため、少しばかり落ち着かない。
「身分を証明するものはあるか?」
「いやぁ……それが旅の途中で盗まれてしまいまして。残っているのがこのバッグくらいなんですが、身分証は入ってなかったんですよね」
先ほど涙を流してアリアンヌの帰還を喜んでいた中年の門番さんに、参った参ったと笑いながら肩を竦めて嘘を吐く。
その反応にどこか疑うような目を向けてきた門番さんであったが、はぁ、とため息を吐くと手続きに移った。
「身分証がないなら、通常よりも金がかかる。持ち合わせは?」
「それなら少しは。いくらですか?」
「一〇〇〇〇Nだ」
門を通る際には身分証が必要だったらしいが、あいにくとそれを持ち合わせていなかった俺は通常よりも高いお金を支払う必要があるらしい。
俺の問いかけに返って来た聞き覚えのない金額。このNとやらがこの国での通貨の単位なのだろう。
当然それがどれほどの値段なのか知らない俺は、恐る恐る「これで足りますかね?」と手持ちのお金である銀貨を二枚差し出した。
「ん? なぜ二〇〇〇〇も出す。一〇〇〇〇だと言っただろ」
聞いてなかったのか? と差し出した俺の手から銀貨を一枚受け取った門番さん。どうやら一〇〇〇〇Nとやらは銀貨一枚に相当するようだ。
すみませんね、と押し返された一枚の銀貨をバッグにしまい込み、手続きを手づける。
途中名前や出身地を尋ねられたが、ここでは自分の名であるナオミチを名乗り、出身は敢えて日本と答えた。
「ニホン? どこだそれ?」
「まぁ、遠い田舎の村ですよ。もう、帰れないくらいには遠い場所ですが……ところで、手続きはこれで終わりですか?」
「あ、ああ。だが念のために、王都内で身分証を発行したらまたここに来るように。明日までに来ないと、怪しい人物として牢屋行きだからな」
門番さんからの忠告にお礼を言い、俺はようやく王都に入ることができた。
城門を抜けてすぐ、目の前に開けた道があった。馬車が三台並んでもなお余裕がありそうな程の道だ。
メインストリート、というやつだろうか。
「おぉ……すっげぇ……」
中世のヨーロッパを思わせるような街並み。その向こうには更に壁を隔てて巨大な王城が見える。
メインストリートに視線を移せば、車ではなく馬車が闊歩し、街行く人たちの服は俺が良く知る現代風のものではなく、もっと質素なものが多い。
また、露店では女性が店主を相手に値段交渉している姿も見行けられるし、さらに色々と見てみれば、先ほど見た猫耳とは別の犬のようなたれ耳を持つ男性や武器を売っているドワーフだと思われる髭面のずんぐりとした体躯の男性の姿もある。
「うんうん、これでこそ異世界って感じがするよな」
もう少し見て回ろうかとメインストリートを進んで行く。
途中途中で裏路地へと続く道を発見するが、たいていあのような場所には危険が付き物だったりする。近づかないに越したことは無い。
そうして前世の世界では見たこともない食べ物だったり、道具だったりを見ながら進んでいると、一際目立つ看板を吊り下げた建物が目に入った。
剣や盾が描かれたその看板が気になって近くに寄ってみると、丁度よくその建物から出てくる集団を見ることができた。
獣人の女の子が一人混ざった4人組。
ただその集団は俺がここまで来るのに見かけていた人とは違って、剣や巨大な盾、弓などで武装している。騎士、と言う感じはしない。恐らく冒険者なのだろう。
さらに観察していると、今度は武装した男だけの5人組がその建物の中へと入っていった。
その際に開いた扉からチラリと中を覗いてみれば、中には彼らと同じように武装している人たちが数多く見られた。あそこが、この世界における冒険者の組織なのだろうか。
「すみません。少しお尋ねしたいのですが、あの建物はなんの建物なのでしょうか? やけに武装している人が集まってますけど……」
「ん? あれかい? あれはギルドだよ。それを知らないってことはあんた、王都は初めてなのかい?」
「ええ。今日来たばかりです」
丁度通りがかった妙齢の女性に聞いてみると、予想通りの解答を得られた。ありがとうございますと女性にお礼を言い、俺は改めてその建物の前でギルドの建物を見上げた。
「……よしっ、ファンタジーでも定番のギルドだ。気合を入れて――」
『道の真ん中を空けろぉぉ!! 巻き込まれるぞぉぉぉ!!』
意気揚々とその中へと踏み出そうとした矢先、突然そんな大声が辺りに響き渡った。
何事かと思って声のした方向……城門へと目を向けてみれば、凄まじい速度でメインストリートを駆けてくる『何か』が目に入る。
悲鳴をあげながら道の脇へと逃れていく人々に倣い、俺も端っこに身を寄せれば、その『何か』は勢いそのままに俺の目の前を駆け抜けていった。
一瞬の出来事である。
しかし、魔法により動体視力を底上げした俺にはあの『何か』の正体がはっきりと見えた。
「お……女の子?」
前世で言えば高校生くらいだろうか。
俺よりも年下の女の子が、脇目も振らずに一直線で向こうの王城へと駆けていった。
やがて女の子が過ぎ去ったことを確認したのか、道の端に身を寄せていた人々が動き出す。
「あぁ、あれはエイリン様だな……あんなに慌ててどうされたんだ?」
「さぁ……何か大事な用でもあったんだろうさ」
すぐ傍で話をしていた男たちの話が耳に入る。
なるほど、あれがエイリン……アリアンヌの話によく出ていた騎士か。話によれば勇者であり、この王国最強の騎士。そして、俺の見立てでは風の魔法をも操る女性だ。
魔法で強化しているのかもしれないが、俺が強化した時よりも明らかに速度が出ている。なるほど、たしかに王国最強と言われるだけのことはある、ということか。
「……うん。できれば関わり合いにならないことを祈っておこう」
反応からして門番の中年さんは知っていたが、街の人たちはアリアンヌが攫われていたことを知らないようだ。情報規制でもされていたのだろう。まぁ、守りが強固なはずのお城からお姫様が攫われたとなれば大問題だもんな。そりゃ公表はできまいて。
まぁそんなことはさておいて、だ。
俺は「いざ、ギルド!」と気を取り直して歩を進める。
両開きする木の扉を押して中へ入れば、中には武装した数多くの人たちの姿があった。剣を携えた獣人もいれば、戦斧を担ぐドワーフに弓の手入れをしているエルフ。
その奥には受付のようなところがあり、何かの話し合いや素材と思われる植物の買い取りなどが行われていた。
さらに視線を巡らせてみれば、扉から入った左側は酒場になっているらしく、真昼間から酔いつぶれた男たちが何人も見られた。
まさしく、俺が想像している通りのギルドである。
「何か御用ですか?」
「うぉっ!? び、びっくりした……」
突然右隣から声を掛けられたことに驚きつつ見てみれば、そこにはきっちりとした制服姿の女性がいた。向こうで冒険者と思わしきグループと植物の買い取りについて話をしている受付嬢と同じ制服だ。
「すみません。入り口付近で立ち止まっていたので……」
「あ、あぁいえ。こちらこそ邪魔な位置にいて申し訳ない……実は冒険者の登録をしたいのですが、どこで出来るのかと思いまして」
「でしたら私が対応します。三番の受付へどうぞ」
そう言うと女性は、俺の返答を待つことなくすたすたと受付の方へ移動してしまった。
慌ててその後に続くと、物珍しいのかその途中で割と視線を向けられる。女性もいるが、そのほとんどは強面だったり筋骨隆々だったりする男性だ。威圧感がすごい。
しかしだ。この登録さえ済めば、俺も晴れて冒険者だ。
ファンタジーでお馴染みの冒険者にこれで俺も仲間入りするのだ。ここからは魔法を使っていい感じに活躍し、そしてそれなりに金を稼いで自由な生活を送ることになるだろう。
「では、お名前の記入をお願いします」
俺の異世界生活は、ここから始まるのだ!
「……あの、代筆ってお願いできます?」
……まず、魔法でもなんでもいいから、文字を覚えるところから始めた方が良いかもしれない。




